ネイマールがパリで王様になっても、ロナウジーニョほど愛されない理由。

ネイマールがパリで王様になっても、ロナウジーニョほど愛されない理由。

 2005年5月1日、アルバセーテ戦のアディショナルタイムだった。

 バルセロナのリオネル・メッシが、記念すべきプロ初ゴールを挙げたその瞬間のカンプ・ノウが、まるで新たな王子の誕生を祝うかのように、とても幸福で温かな空気に包まれていたことを覚えている。

 カンプ・ノウという大きな母体から産み落とされた王子がメッシなら、さしずめロナウジーニョはそれを優しく取り上げた産婆さんだろう。心憎いばかりのループパスでゴールをお膳立てしたロナウジーニョが、背番号30のユニホームを産着がわりにしたメッシを抱きかかえるのではなく、ひょいとおんぶして祝福したシーンが強く印象に残っている。

ロナウジーニョと同じマジシャンだが。

 この時、ロナウジーニョは25歳。超人的なテクニックと天真爛漫な笑顔で、在籍2シーズン目にしてすっかりバルセロニスタを虜にしていた極上のエンターテイナーは、それから半年後のクラシコで、宿敵レアル・マドリーのサポーターをも感服させる。

 意のままに左サイドを切り裂き、衝撃的な2ゴール。セルヒオ・ラモスをぶっちぎり、イケル・カシージャスの壁をやすやすと破ったロナウジーニョを、敵地サンティアゴ・ベルナベウの観衆がスタンディングオベーションで称えた光景は、あまりにも有名だ。

 では、同じブラジル人で、負けずとも劣らない稀代のボールマジシャンでありながら、現在26歳のネイマールが、当時のロナウジーニョが集めていたような称賛と敬意を勝ち取れないのはなぜだろう。

 ノールックパスに股抜き、つま先でボールを蹴り上げて相手をかわすシャペウに、外から内へ急激にボールの方向を変えるエラスチコ。

 同じ技を繰り出しているのに、ロナウジーニョが拍手喝采を浴び、ネイマールが「相手チームを愚弄している」と批判の対象となるのはなぜだろう。

メッシという王様がいた不幸。

 ネイマールにとって不幸だったのは、メッシという王様が先に生まれていたことだ。

 この5歳年上のスーパースターが君臨しているかぎり、バルサでは永遠に自分の時代は訪れない。王位を継ぐ資格が十分過ぎるほどあると自覚しながら、忠実な家臣を演じなければならない苦悩は、「メッシを取り上げた」ロナウジーニョにはなかったはずだ。

 昨年の夏、2億2200万ユーロ(約288億円)というビッグマネーでバルサからパリSGに移籍し、ネイマールは望み通り王様になった。しかし、それまでの抑圧された時間の反動か、あるいは目的のためなら手段を選ばない、代理人でもある父に毒されたからだろうか。パリでのネイマールは、傍若無人でエゴイスティックな暴君と化してしまう。

「世界ナンバーワンのプレーヤーになる」

 その想いが、あまりにも強すぎるのかもしれない。チームメイトとPKキッカーを巡って揉めるのも、技巧をひけらかしてマーカーを必要以上に挑発するのも、相手のラフプレーにカッとなって報復行為に走るのも、きっとナンバーワンの証──すなわちバロンドールだ──を手にしたい、その一心からなのだろう。

メッシ、ロナウドを超えたい焦燥感。

 PSGに移籍後のネイマールを突き動かしているものは、ある種の強迫観念に近い。一日でも、いや1分1秒でも早く、メッシを、あるいはクリスティアーノ・ロナウドを超える存在にならなくてはいけない。だから、ちょっとしたことにも神経過敏になって、不満を募らせるのだ。華麗なフェイントや強烈なシュートの向こうに焦燥感がちらついて見えるのは、おそらく気のせいではない。

 一方、ロナウジーニョを突き動かしていたものは、プレーする喜び、ただそれだけだった。

 当時のバルサの監督、フランク・ライカールトはこう話している。

「ロナウジーニョのプレーを見ていると、自然と喜びが湧いてくる。だから、世界中の誰もが彼を好きになるんだ」

 フットボールを楽しめるなら、自分が主役にならなくても構わなかったし、もしかしたら試合の勝敗さえも、彼にとっては二の次だったのかもしれない。

カバーニやムバッペの得点を喜べるか?

 まだ19歳だったメッシが、ハットトリックの大活躍を演じた'07年3月のクラシコ。その2点目のゴールが決まった時、激しく何度も拳を振り下ろし、まるで我がことのように喜びを爆発させていたロナウジーニョの姿を思い出す。

 今のネイマールは、例えばエディンソン・カバーニやキリアン・ムバッペのゴールを、こんな風に心の底から喜べるだろうか──。

 今年2月に右足の第5中足骨を骨折し、ブラジルで手術に踏み切ったネイマールが、ようやく5月4日にパリへと戻ってきた。

 しかし、リオ郊外の豪華な別荘で、昼はリハビリ、夜は友人たちとポーカーゲームに興じる日々のなかで、ネイマールはPSGでプレーすることへの興味をすっかり失ってしまったようだ。

PSGでの戦線復帰よりもW杯を重視。

 自分のいないチームがチャンピオンズリーグから姿を消しても、4月15日に5節を残してリーグ・アン優勝を決めても、それから約2週間後にウナイ・エメリ監督が今シーズン限りでの退任を表明しても、まるで他人事のように反応は鈍かった。PSG側の見立てでは、シーズン中の復帰も十分に可能だったが、しかしネイマールにその意思は微塵もない。彼の頭にあるのは、ロシア・ワールドカップに向けて万全のコンディションを整えること、それだけなのだ。

「レベルの低いリーグ・アンでどれだけゴールを重ねても評価はされない。バロンドールを手にするには、もはやワールドカップでセレソンを世界チャンピオンに導くしか方法はない」

 そんな心の声が聞こえてきそうだ。

 20試合で19ゴールを挙げ、今シーズンのリーグ・アン最優秀選手に選ばれたネイマールだが、その栄誉も一顧だにしないのだろう。

 1年でパリを去り、来シーズンはレアル・マドリーかマンチェスター・ユナイテッドでプレーするという噂も、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばせない。飽きたオモチャを簡単に放り出してしまうようなネイマール自身の幼児性と、欲にまみれた取り巻き連中の存在が、信憑性をかさ増しするからだ。

「かわいげ」こそが最強の性分では。

「夜遊びの達人」とも言われたロナウジーニョは、決して模範的なフットボーラーではなかった。摂生に努めていれば、全盛期も現役生活も、もう少し引き延ばせたという声もある。

 それでも彼が、その奇想天外なプレーでフットボールというスポーツの面白さを分かりやすく伝え、世界中の人々を笑顔にしたことだけは間違いない。

『才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてをひっくるめたところで、ただ可愛気があるという奴には叶わない』

 文芸評論家の谷沢永一さんの著書から引用させていただいた。無邪気で、心のどこかに遊び心を持っている。そんな「かわいげ」こそが、人のあらゆる側面の中で最強の性分だと氏は言う。

 もしかすると、それがロナウジーニョにあって、現在のネイマールにないものなのかもしれない。

 いつも無邪気にボールと戯れ、そしてフットボールだけでなく、人生そのものを楽しんだロナウジーニョ。「かわいげ」という天与の才能の持ち主は、だから多くの人に愛された。

 しかし、ネイマールは──。

 傲岸不遜な王様は、おそらくどこへ行こうと、人々の愛も称賛も敬意も勝ち取れない。

 だからこそ思うのだ。かつては彼にもあったはずの「かわいげ」を、がむしゃらにナンバーワンを目指す過程でクローゼットの奥にしまい込んでしまったそれを、ひとつまみでもいいから取り出せないものかと。

文=吉田治良

photograph by Getty Images


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