森重真人はW杯にギラついている。「俺なんて」が口癖だった男の変貌。

森重真人はW杯にギラついている。「俺なんて」が口癖だった男の変貌。

 あの日から諦めることをやめにした――。

 もう6年以上前の話になる。FC東京が、J1再昇格した2012年。気の置けない仲間たちが集まり、森重真人を囲んでいた。そこで日本代表の話になると、友人たちは矢継ぎ早に口を開いた。

「モリゲが何で代表に呼ばれないのか不思議だよね」

「確かに、何でなんですかね」

「必ず、真人が必要になるでしょ」

 話題の中心にいた男は、1人黙ったまま、少しバツが悪そうにしていた。それまで、日の丸への思いをひた隠しにしてきた。周りから日本代表の話を振られても、決まって首を傾けて「まだまだそんなレベルの選手じゃない」と言い続けてきた。

 あの日も、例のごとくお決まりのフレーズで話をそらそうとした。

「そう言ってもらえるのはうれしいんですけど、俺なんて……」

 そう言いかけた瞬間、また一斉に声が重なりあう。

「いやいや、ワールドカップに出なきゃいけない選手でしょ!」

無理やり言った言葉が、目標に。

 もう、その場を収めるためには、言わざるを得なかった。照れ笑い、いや苦笑いだった。

「俺、代表に入ります」

 その宣誓に、周りは「ついに言ったぞ」、「聞いたからな」、「言質を取った」と声を上げた。

 ブラジルワールドカップ(W杯)を目前に控えた4年前、その当時の話を彼はこう振り返っている。

「正直に言えば、当時は代表に入りたいという思いはそれほど強くはなかったかもしれない。仲間とそういう話をして、『入らなきゃいけない』って思ったというより、仲間に『お前が入らないとダメだ』って言われて、無理矢理言った言葉だった。でも、それが自分の目標を作る上で大切だったのかなって。自分を見つめ直す意味でも」

 無理やりに着けられた、種火は静かに燃えていく。その後は「日本代表に」と、たきつけた周りも驚くほど彼のサッカー人生は好転していく。

キャラじゃないはずだった主将にも。

 それは1つ課題を見つけるたびに、そこに真摯に向き合ってきたからに他ならない。全体練習後の自主トレや、体のケアも急激に時間を伸ばした。そのことを聞かれても、当時は「そうですかね」とうそぶいたが、その目には少し先のなりたい自分がハッキリと映っていた。

「大きな目標を見つけるよりも、そっちのほうが自分にあっていたんだと思う。だから頑張れた。単純にそこなのかな。漠然と『日本代表に入る』という目標があったとしても、入るためには自分に何と、何と、何が必要なのか。そう考えた時に、遠いところに大きな目標を置いた上で、その間に小さな目標をいくつも設定していった。1つひとつの壁を越えていけば、その先があると信じて。だから目の前のことを意識しながらやり続けることができた」

 FC東京では、2013年から「キャラじゃない」と避けてきた、キャプテンも任された。快諾したのは、「キャプテンマークを巻けば、何かが変わるかもしれない」と思えたからだった。

「W杯のピッチに立つ」と目標を修正。

 そして、その年の夏に韓国で行われた東アジアカップで、アルベルト・ザッケローニ監督から声が掛かり、約4年半ぶりに日の丸を背負った。そこでチャンスをつかむと、そのまま日本代表に定着。

 そのころには、センターバックのレギュラー取りへの意欲を隠そうとはしなかった。1つ壁を乗り越える度に強くなれた。確信を得たからこそ、「スタメンで出たい」と口にし、こう続けた。

「代表に入っただけでは満足できず、そこでスタメンを取らなければいけないと思えた。入っただけで満足しないためにも、不動と言われる2人とポジションを争うことを目標にしようと。もちろんアピールして代表に入り続けたいという思いもあったけど、それだけで満足したらダメだと思ったし、2人の間に割って入っていくことが自分のモチベーションにもなった」

 旅支度を整え、ブラジルW杯日本代表のリストにも名を連ねた。気づけば、今野泰幸(ガンバ大阪)、吉田麻也(サウサンプトン)というザックジャパン不動のCBを脅かす存在となっていた。南半球に出発する直前、彼は誰に言われたわけでもなく、「日本代表としてW杯のピッチに立つ」と目標を少し変えた。仕方なく放った宣誓から約3年が経っていた。

「俺も変わったでしょ」

 そう言って頬にエクボをつくった男は、たどり着いた彼の地で現実を突きつけられる。

活躍することを目標にしていたら。

 森重は、ブラジルW杯グループリーグ初戦のコートジボワール戦で、今野を押しのけて宣言通り先発出場を飾ったが、以降はベンチを温めた。タッチラインの外からただ眺めることしかできないまま、あっという間に大会は3試合で終わりを告げる。残ったのは、後悔の念だった。

「もしも、あそこで全ての試合に出るとか、活躍することを目標にしてたら、また違ったかもしれない。本当に1試合に出て終わってしまった。たとえば1試合目にスタメンで出て勝つことを目標にしていたら、また結果が違っていたんじゃないかって思う。

 目標を達成したけど、次の目標が白紙だった。目標を立てる怖さを知った。でも、あの時の自分の立場ならW杯の試合に出るという目標は、誰もがそれで良いと思っていたと思うんですよ。でも結果的に終わってみれば、それが間違いだった」

 そして、もう1つの宿題を大会後に目にする。ずっと目標にして背中を追い掛けてきた今野が、「自分がCBをやることに限界を感じた」と口にしたのだ。

「その言葉が胸に刺さった。今野さんがそう思っちゃったら、その今野さんを目標にしてやってきた俺からしてみれば、なんかこう……むなしいというか。果たして自分はどうなんだと考えるようになった。やっぱり世界で通用するにはパワーと、高さが必要なのか。今野さんの言葉は分かる。でも、負けたくはない」

ハリル体制での落選、全治4カ月の重傷。

 そこから森重は、さらにトレーニングに没頭する。練習メニューを再考し、いいと思うものは積極的に取り入れた。だから、いつも「時間が足りない。やりたいこと、やらなきゃいけないことがどんどん増える。1日が36時間ぐらいあったらいいのに」と、言うようになっていく。

 その一方で、キャプテンとしての重責も担ってきた。チームのため、勝利のためと、けがを抱えていても試合には出続けた。どんなに調子を落としても、それが自らの責任だと背負い込んだ。だが、それを理由に、ついに昨年6月の親善試合の代表メンバーからも落選してしまう。それまで不動の地位を築いてきた、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督体制では初の出来事となった。

 出直しを誓った矢先に、張り詰めた糸がついに切れる。昨年7月のJ1リーグ・セレッソ大阪戦で負傷退場。後日、左腓骨筋腱脱臼で全治4カ月の診断が下る。'09年以来の長期離脱を余儀なくされた。

ずっといい調子で来るよりも……。

 そこからできること、やれることは限られていた。ただ、やることはハッキリしていた。焦りを押し殺し、自ら描いた復活に向けたロードマップを順序立てて遂行する日々を送ってきた。

「いろんなことをやってきた。躓いて転んでけがもした。でも、けがをしないと分からないこともあった。ずっといい調子で来るよりも、山あり、谷ありあって良かった。そこで、いろんなことを考えられたから。強くなれたし、考え方も増えた。試合に出られない気持ち、悔しさはあった。でも、そこでどう過ごすべきか考えて、考えてやってきた」

 けがが癒えると、年末は沖縄で自主トレを行った。毎日ビッシリと詰まったメニューを黙々と消化。「こんなに走ったことはない」ぐらい、そこで汗を絞り出した。

チームを勝たせるためにやりたいこと。

 3月の欧州遠征で、約9カ月ぶりに代表に復帰。結果的に、ハリル体制最後となった親善試合の出場はなかったものの、「自分の立ち位置が再確認できた」と言って、こう続ける。

「順調に右肩上がりで来ている。個人のパフォーマンスという点では、まだまだ上がると思う。ここまで我慢してきたこともあるので、これからだと思う。自分はチャレンジャーだということは間違いない。ただ、あそこで選ばれて地に足をつけられたし、それまであった不安は消えた」

 遠征から戻ると、言葉通り右肩上がりにコンディションを上げていった。4月8日のVファーレン長崎戦で再び左足首を痛めたが、チームメートを信じて治療に専念。リーグ2試合を欠場してからの復帰後は完璧に近いパフォーマンスを続け、ここ3試合で連続完封にも貢献している。

「世界のプレーヤーと対峙したいだけじゃない。チームを勝たせるためにやりたいことがある。それが楽しみ。より積極的なチャレンジをしたい。前回もそのつもりだったけど、消化不良に終わった。今回こそはという思いがある。前向きにチャレンジすることで、自分の答え合わせになる。そうすれば、4年間考えてきたことの答えが何かしら出ると思う」

ふた回り大きな目標を、野心を。

 サッカー選手が4年を懸けて目指す場所。その終着地には、4年前に知りたかった答えがきっとある。新たに就任した西野朗監督のリストに「森重真人」の名は書き記されているのか。

「今回もチャレンジャーに違いない」

 だけど、決定的に違うのは、W杯という舞台を知っていることだ。

「ふた回り大きな目標を持たないといけない。あの時は自分で限界を決めたからそこまでだった。だから野心を持ち込みたい」

 いまだ夢路の途中。森重にとって、4年を懸けた大仕事がそこには待っている。かつての種火は、今にもボッと噴き出しそうだった。

 6年前は「オレなんて」と言っていた男は「諦めが悪いんだよね」と言って、こう結ぶ。

「自分のイメージしている姿はあるのに、引き下がりたくはない。30歳を超えて、いろんなことが見えたり、楽しくなってきた。ここで諦めたくなんてない。ギラつく? もちろんギラついてますよ」

文=馬場康平

photograph by Koki Nagahama/JMPA

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