錦織圭、全仏初戦後の意外な行動。西岡良仁の激戦に足を運んだ理由。

錦織圭、全仏初戦後の意外な行動。西岡良仁の激戦に足を運んだ理由。

 右手首のケガによる約5カ月のツアー離脱から復帰して4カ月。約11カ月ぶりに戻って来たグランドスラムの舞台で、錦織圭はストレートセット勝利で好スタートを切った。

 7−6(0)、 6−4、6−3。破ったマキシム・ジャンビエが世界ランク304位の選手だったことを考えれば、グランドスラムの復帰戦とはいえ当然の結果。実は試合よりも印象深かったのは、そのあとの行動だった。

 記者会見やテレビのインタビューなど試合後の全ての仕事を終えたとき、時計の針は18時半をまわっていた。さっさとホテルに戻ってゆっくり夕食でもとりたい時間帯だ。しかし錦織がそこから向かった先は、ホテルではなく18番コートだった。

 今年新設されたショーコートだが、会場の中の一番端にあって、取材に行くのも腰が重くなってしまうような場所だ。そこで、22歳の西岡良仁が第30シードのフェルナンド・ベルダスコと大接戦を繰り広げていた。すでに最終セット。勝てば大金星だった。

錦織は遠く離れたコートに向かった。

 西岡は膝のケガで約9カ月間戦列を離れ、1月に復帰。負傷時に自己最高の58位だったランキングは一時400位近くにまで落ち、チャレンジャーの優勝で現在は266位まで戻しているものの、険しい復活の途上にいる。

 フロリダのIMGアカデミーでジュニア時代から育った西岡は錦織の親しい後輩だが、グランドスラムで錦織クラスのプレーヤーが外のコートの試合にわざわざ足を運ぶことは滅多にない。いくら20位台に落ちているといってもだ。

 しかも自分の試合を終えたあと、センターコートならともかく遠く離れたコートである。

 試合の行方ならプレーヤーズラウンジ等にあるモニター画面でも見ることができる。それでも、西岡の大勝負に足を向けずにはいられなかった衝動は、ほとんど同じ時期に錦織自身が味わったケガの苦悩や復活の怖さや不安と無関係ではなかっただろう。

最下段の入り口近くで見つめた激闘。

 スタンドの中のほうに入れば周囲の観客の目に触れやすいと思ったのか、関係者しか出入りできない最下段の入り口のすぐ近くに腰を下ろしたが、その姿はテレビカメラが何度もとらえる場所だったためにより多くの目に触れることになった。西岡の視界にもすぐに入ったという。

 しかし、勝利まで何度も「あと2ポイント」に迫った西岡は、もはや痙攣に襲われて自慢の足が生かせず、満身創痍で敗れ去った。錦織が間近で目にしたのは無情なシーンだったが、何度も顔を両手で覆っていた錦織のコートサイドでの時間が徒労であったはずはない。

 この数カ月の間も、錦織の復帰の道のりに精神面で大きな影響を与えたのは、ライバルたちがケガと戦う姿だったのだ。

ケガをして帰ってこられない選手を見た。

「ケガをして帰ってこられない選手、100位以内に戻って来られない選手も今まで何人も見てきた」

 2日前、錦織はそんな話をしていた。同じ手首のケガで苦しんだ選手としては、完全復帰までに5年以上を要したファンマルティン・デルポトロの例があるが、まさに今もノバク・ジョコビッチやスタン・ワウリンカのようなビッグネームが予想外に苦しんでいる。

 また、この全仏オープンで2009年と2010年に連続して準優勝したロビン・ソダーリングは、ケガではないが感染症で世界5位だったときに療養に入ってそのまま二度と戦列に復帰することができなかった。そのほかにも、私たちが咄嗟に思い浮かばない多くの仲間たちの挫折を知っているのだろう。だから、復帰後も時間がかかるのは当たり前だと覚悟を決めることができたし、自分を慰めることも戒めることもできた。

 その結果、錦織はうれしい驚きを持ってここまでを振り返ることができる状態にある。

「復帰したときは、1年くらい調子が戻ってこない可能性もあったので怖さがあったけど、またトップ10を倒せるところまできた。感覚もしっかり戻ってきてるし、自信を持ってプレーできている」 

3セット目で「ようやく楽しまないと」。

 先月は一度39位までランキングを落としたものの、6年ぶりに出場したモンテカルロ・マスターズの準優勝で22位まで一気に戻し、ノーシードも覚悟していた今大会でも第19シードを得ることができた。

 初戦で破ったジャンビエは、全てのポイントが一か八かの勝負といってもいいほどの強打で攻めまくる21歳だった。ウィナーも早いがミスも早くてラリーはほとんど続かない。

「クレーコートはラリーが長くなるので、ストローク戦でリズムをつかめるようになってきた」という錦織にとって、リズムもつかみづらければ、楽しくもない試合だった。久々のグランドスラムという緊張もあったが、「3セット目くらいになってようやく楽しまないといけないなとコートの中で思い出した」という。

「困難なときもこのシチュエーションをどう組み立てていくかという楽しみがある。楽しむ気持ちは忘れないようにしたい」とも言った。「楽しむ」という言葉を何度も繰り返したのは新鮮だった。ケガをする前、「スランプ」とも言われていた時期にほとんど聞かれなかった言葉だからだ。

「最近笑顔がないような気がする」と、記者会見で指摘されたのもちょうど1年前のこの大会だった。今は、確かに消えていた笑顔が戻ってきたし、「トップ10にいるときのようなプレッシャーが今は抜けている」という表情は清々しい。

 重圧に疲れた過去は、テニスを離れていた時間が癒してくれた。そしてまた重圧を感じる場所を目指すのだから不思議だが、そのチャレンジにはかつて多くのファンを魅了した数々の「らしさ」が光って見える。

文=山口奈緒美

photograph by Getty Images


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