ラグビーW杯、東京五輪、そして医師。福岡堅樹が描く文武両道の人生設計。

ラグビーW杯、東京五輪、そして医師。福岡堅樹が描く文武両道の人生設計。

 いまこの男を生で見ていられるのは、本当に幸せなことだ――背番号11の躍動を見て、そう思った。

 福岡堅樹。日本代表のウイングである。だがその働きは、従来のウイング像を大きく超越している。6月9日、日本代表が会心の勝利を飾ったイタリア戦で、福岡はその能力を遺憾なく発揮した。

 強烈な光を放ったのは前半28分だ。自陣10m線手前左隅で、CTBラファエレ ティモシーからパスを受けたとき、左側のスペースは5mもなかった。だがその狭いスペースを攻略。福岡は後ろから飛び込むイタリアのFLリカータ、No8ステインを蹴散らし、1対1で向き合った相手FBミノッツィを抜き去り、65mを独走する圧巻のトライを挙げたのだ。

 福岡のトレードマークは深い前傾姿勢を保った重心の低いランニングだ。だがこのとき、ボールを持った福岡は一瞬、姿勢を立てた。1対1で向き合ったイタリア期待の若手FBは迷った。

「あのとき、相手は内側を気にしている素振りが見えたので、思い切って外に勝負しました」

スクラムではSHの位置に入ることも。

 自分がトライを決めるだけではない。その10分前には、No8アマナキ・レレイ・マフィからリーチ マイケルとつないだパスを大外で前に運び、タックルを受けながらボールを内に返し、再びリーチ経由でマフィのトライにつなげた。

 働き場所は、従来のウイングの枠にとどまらない。後半はサンウルブズでも時折見せる、スクラムでスクラムハーフの位置に入っての直接サイドアタックで大きくゲイン、FB松島幸太朗のトライをセットアップした。

「サンウルブズでもやっていますからね。考えたのは、たぶんブラウニー(トニー・ブラウンコーチ)だと思います。期待してもらえるのは嬉しいことですし、その分責任も出てきますから、しっかりやらなきゃと思っています」

 かと思えば、次にSHの位置に入ったときは、マークする相手ディフェンスの裏をかき、オーソドックスにパスでアタックを継続した。

「まあ、昔、スクラムハーフもやってましたんで(笑)」

歴代ウイングでも抜きんでた守備力。

 そして、福岡を歴代の名ウイングの中でも特別な存在にしている要素がディフェンスだ。 前半、試合の行方がまだ定まらなかった時間帯には、日本ゴールに迫った相手に後方から追いついて相手のトライを阻止する「トライセービング・タックル」を連発した。

 現在の日本代表は、ディフェンスライン全体が激しく前に出て相手にプレッシャーをかけ、ミスを誘う作戦を採用している。前で相手を倒し、ボールを奪えばビッグチャンスを生む可能性がある半面、入れ違って相手にラインブレイクされるリスクもはらむ。

 そのリスクを減らすのが福岡の俊足だ……とはいえ、福岡は非常事態に備えて待機しているわけではない。最前線で前に出ながら、裏に出られたらそこに追いつくという、二重の責務を課されている。

 そして本当にすごいのが、それを高いレベルで両立させているところだ。福岡は全力で前にプレスしながら、裏に出られれば全力で戻り、追いついて倒す。チーム最速のフィニッシャーとしてトライハンターの役目を果たしながら、ディフェンスでもフルタイムの働きをこなしている。

高強度のランニングを繰り返すタフさ。

 日本代表の選手は練習でも試合でも、GPS装置を背中に装着し、ピッチ上の移動距離、移動スピードなどを測定している。詳細な数値は公開されていないが、福岡は「ハイスピード、ハイインテンシティ(高強度)のランメーターは、移動全体の20%台まで行きます。学生のころはすごい低かったですよ。7%とかでした」と笑って話す。

 高強度のランニングをくり返す。それは、ゆっくりとジョグしながら戦況を観察するのではなく、戦況を変えるために必要なプレー、意味のあるプレーをくり返している証だ。それが、試合中のプレー回数の多さ、言い換えるとワークレートの高さに繋がっている。

「昔は自分の強みがワークレートと言われるなんて、思いもしませんでした。以前は1本走ったらしばらく走れなくなってましたからね。そこは、セブンズをやったことで鍛えられたところだと思います」

 オリンピック種目として採用されている7人制では、15人制と同じ広さのフィールドを半分に満たない7人で攻め、守らなければならない。1人あたりの走る距離も長ければ、休む暇は片時もない。様子見は許されない。そんな鍛錬の積み重ねが、現在のフルタイム・ランナー福岡堅樹を作った。

五輪後はもう一度、医師になる夢を。

 だが同時に、僕らはシビアな現実も認識する必要がある。それは、福岡堅樹のプレーを見るチャンスが、この先何度あるかということだ。

 福岡堅樹はラグビーで世界を目指す一方で、開業医だった祖父の影響で、将来は医師になりたいという夢を持っていた。だが福岡高校3年のときは、現役での医学部受験に不合格。1浪後に筑波大の情報学群に入学した。しかし、医師になる夢は諦めていない。

「2019年のワールドカップと2020年の東京オリンピックまではラグビーに専念して、そのあとはもう一度、医師になる夢を目指します」

 2015年の15人制ワールドカップのときは大学4年生。ワールドカップから帰国後に取り組んだ卒業研究のテーマは「画像処理における細胞状態の自動推定に関する研究」。負傷箇所の周辺の細胞が正常な状態か損傷状態にあるかを画像処理で判定する方法を確立すれば、将来スポーツ現場で働く医師となったときに役立つという思いで選んだものだ。

「トップレベルでの競技経験のある医師がいれば、選手も安心して診てもらえると思いますし」

 魅力的な人生設計。だがそれは、競技からの早期の引退をも示唆する。

 僕らはあと何試合、福岡堅樹のラグビーを見られるのだろう……。そう思うと、目の前で演じられる背番号11の躍動が、ことのほか愛しく思えてしまうのだ。

文=大友信彦

photograph by Nobuhiko Otomo


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