ロシア連邦総領事館員が教える、W杯を迎える現地の本当のところ。

ロシア連邦総領事館員が教える、W杯を迎える現地の本当のところ。

 日本にとって、最も地理的に近いにもかかわらず、最も馴染みがないヨーロッパの国、それはロシアだ。今回、ロシアでW杯が開催されると聞いても、ピンとこない人が多いのではないだろうか。

 だが逆に言えば、今回のW杯は「近くて遠い隣国」を知る絶好の機会である。

「すでにモスクワは公式グッズで溢れ、いたるところに大会のポスターが貼られており、W杯の熱が高まっていますよ」

 こう語るのは在新潟ロシア連邦総領事館で働く、アントン・チギリョフだ。

 父親も元外交官で、アントンは1歳から6歳までロシア大使館がある六本木に住んでいた。そのときに名古屋グランパスのファンになり、東海大学へ留学したときにはJリーグの試合に通い詰めた。現在もJリーグ観戦を趣味にする。

 趣味がこうじて、両国のサッカー人をつなぐ橋渡し役にもなっている。昨年、ロシアで開催されたコンフェデレーションズカップでは、「ちょんまげ隊長」として知られる日本代表サポーター、ツンさんこと角田寛和氏と知り合った。

 ツンさんは福島県南相馬市の中学生をW杯へ招待する活動を行っており、在新潟ロシア連邦総領事館と在日ロシア連邦大使館もそれに賛同。ロシア側で中学生を受け入れるホストファミリー探しに力を貸した。

 アントンは南相馬を訪れてロシアについて講演。両国に思い入れがあり、ロシアW杯を日本にレクチャーするうえでうってつけの人物だろう。

ロシアは西欧よりむしろ安全?

 現在、ヨーロッパ各国でテロが起こり、旅行者にとって懸念点のひとつになっている。ロシアW杯では安全面は大丈夫だろうか? そう聞くと、アントンは「その点では西欧より安全だと思います」と即答した。

「ロシアは他の欧州のどの国よりも早く、組織的なテロの問題に直面してきました。それゆえに治安当局は、テロ対策を進めてきた。たとえば鉄道、地下鉄、ホテルでは手荷物のX線検査を行っている。また、プーチン大統領は、W杯期間中の安全対策強化に関する大統領指令に署名しました」

スリだけは気をつけた方がいい。

 ロシアのフーリガンは欧州サッカー界では過激なことで知られ、たびたびCLやELでトラブルを引き起こしてきた。今大会はその対策も、しっかり行われているようだ。

「ロシアの約460人のフーリガンがブラックリストに載せられ、街中や駅に設置されたカメラによってそれらの人物が自動的に検出されるシステムが導入されました。さらに計3万人が警備に動員されることになっています」

 個人的に20回以上モスクワに行った筆者の経験を言えば、地下鉄ではスリに気をつけた方がいい。少し混んでいる車内で、妊婦のお腹がこちらに当たるのを不思議に思っていたら、ポケットの中から財布を抜き取られそうになっていたことがあった(ぎりぎりのところで気づき、被害は免れた)。

 そもそもW杯は世界中からスリが集まることから、「スリのW杯」と呼ばれることもある。どこで開催されようが、W杯では注意が必要だ。2006年ドイツ大会でも、2010年南アフリカ大会でも、2014年ブラジル大会でも、筆者の身近な知人が財布や荷物を盗まれた。ロシア大会にも相当数のスリ集団が集まると予測される。

 ただそういう軽犯罪を除けば、ロシア大会の警備体制はかなり力を入れられていると言っていいだろう。試合以外の時間に、安心して街へ繰り出すことができそうだ。

ロシア料理もいいが、ジョージア料理も。

 アントンが「ぜひ堪能して欲しい」と勧めるのは、ロシアの多様な食文化だ。

「ロシア料理というと、ボルシチ(ビーツのスープ)、ピロシキ(肉まん)、ペルメニ(餃子)が有名ですが、旧ソ連時代のつながりでジョージア料理、ウズベキスタン料理、タタール料理も味わうことができます。特にオススメなのがジョージア料理です」

 かつてグルジアと表記されていたジョージアは、トルコとロシアにはさまれたコーカサス地方にある国だ。自然が豊かで、さらに中東とヨーロッパの文化が交じり合い、香辛料を生かした独自の食文化ができあがった。

「元ガンバ大阪のDF、ツベイバさんがジョージア出身で、モスクワ市内でジョージア料理をごちそうになったことがあります。小籠包を大きくしたような形の水餃子『ヒンカリ』が人気で、まず逆さにしてかぶりついて中のスープを飲み、続いて皿の上でフォークとナイフで切って口に運ぶ、という食べ方をツベイバさんに習いました。すごくおいしいですよ」

モスクワ駐在員の間でも定番。

 ジョージア料理は日本人の口にとても合い、日系企業のモスクワ駐在員が、日本から来た訪問者を驚かすのによく利用される。

 他にジョージア料理の例をあげると、ピリ辛スープの中に米と牛肉が入った「ハルチョー」は、まるでスープカレーのよう。ジョージア風のピザ「ハチャプリ」は、ヨーグルトが練りこまれた生地にチーズの油が染み込み、噛んだ瞬間に重厚なコクを味わえる。

 駐在員の間で「ロシアに来たら絶対に食べるべき」と言われているのが、ジョージアのチーズ「スルグニ」だ。

 モッツァレラのような柔らかさがありながら、豊かな弾力があり、噛めば噛むほど味が出てくる。ぎしぎし音が立つような独特の歯ごたえは、他のチーズでは味わえない。そのまま食べてもおいしいし、フライパンで焼くとさらに風味が増す。賞味期限が短いため、スーパーのような量販店では扱っておらず、購入するなら市場に行かなければならない。現地でしか味わえない逸品だ。

「ロシアは国土が広く、いろいろな民族の文化が融合している。W杯観戦の際には、そういう点も注目してみるとおもしろいと思います」

気温的にも攻撃的なサッカーには追い風。

 一方、競技面ではどんなW杯になるだろう?

「平均気温で言えば、最も暑いのがソチで、最も涼しいのがサンクトペテルブルク。ただ、どこも日によって気温と湿度の変化が大きい。天候が予測しづらいんです。僕が約20年間モスクワに住んでいた間、森林火災が収まらないような異常な猛暑だったことが2度ありました。

 日本の初戦は現地15時キックオフなので、すごく暑くなる可能性もゼロではない。しかし平均的に見れば、攻撃的なサッカーをするのにはいい気候条件の大会になると思います」

 アントンが心配しているのは、ロシア代表のパフォーマンスだ。直近のテストマッチで結果が出ていない。今年に入ってから親善試合で1勝利もあげられていない(1分3敗)。

「チェルチェソフ監督はディナモ・モスクワといったクラブを率いた経験しかなく、代表監督経験はゼロ。メディアからの批判が高まっています」

 特に問題視されているのは、ディナモ・モスクワ時代に衝突したデニソフを代表に選ばないことだ。この34歳のMFは今季ロコモティフのリーグ優勝に貢献し、待望論が高まったがW杯メンバーに選ばれなかった。

「ロシアの人たちは他国も応援する」

 また、ケガ人の多さも深刻。DFではジキア(スパルタクモスクワ)、バシン(CSKAモスクワ)、カムボロフ(ルビン・カザン)、FWではココリン(ゼニト)が間に合わなかった。元レアル・マドリーのMFチェリシェフ(ビジャレアル)はメンバー入りしたが、今季もケガがちで調子は上がっていない。

「2年前にベレズツキー兄弟とイグナシェビッチが代表から引退していたのですが、急遽、今大会前にチェルチェソフ監督の要請でイグナシェビッチが復帰しました。この38歳の大ベテランが4バックに入ると思われます」

 こういう厳しい状態の中で、ラッキーボーイになることが期待されているのが22歳のMFゴロビン(CSKA)だ。モナコが狙っていると報道されている。

「個人的にはもちろんロシアにベスト16へ進出してほしい。ただ、今回は厳しいと思う。グループステージ突破の確率は60%くらいじゃないでしょうか。チームの戦力に対してロシアの人たちは悲観的なので、たとえグループステージで負けても、騒ぎにはならないと思います」

 アントンには昨年のコンフェデ観戦で、忘れられないシーンがある。

「チリの試合がカザンであったとき、歩行者天国で歌を歌ったり、シュプレヒコールをあげたりするチリサポーターに対して、地元のロシア人が拍手で歓迎していました。ロシアの人たちは他国も応援する。友好的なサッカーの祭典になるはずです」

 ロシアはアジアとヨーロッパにまたがって存在しており、多民族国家でもある。アントンとツンさんが出会ったように、これまでにない融合や交流を生む大会になるかもしれない。

文=木崎伸也

photograph by Chigirev Anton


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