結婚式8日後に無所属からの正GK。J2山口・藤嶋栄介、激動の5カ月間。

結婚式8日後に無所属からの正GK。J2山口・藤嶋栄介、激動の5カ月間。

「正直、明日が見えないというか、不安定というか……。日々、こみ上げてくるのは自分への疑問と怒りだった」

 レノファ山口に所属するGK藤嶋栄介はこう口を開いた。この言葉が指すのは今のことではない。彼は今、開幕から正GKの座をがっちりと掴み、第18節時点ですべての試合でスタメンフル出場、そしてチームも首位・アビスパ福岡に勝ち点で並ぶ2位と、優勝争いを演じている。

「天と地というか、死に物狂いでサッカーに打ち込めばこう結果が出てくることが分かったし、逆に言えば、今までの自分はプロフェッショナルに『なっているつもり』だったことに気付きました」

 その言葉の源にあるのは、つい5カ月前の状況だった。今年1月、彼はチームがどこも決まっていない「無所属状態」だったのだ。

エリート街道から一転、第3GKのまま。

 藤嶋は熊本県熊本市生まれで、中学時代から180cmを越える恵まれた体格を持ち、GKとして活躍。高校時代は地元の名門・大津高校に進学するころには185cmと大型GKとして注目を集め、U-16日本代表にも選出された。学内のスポーツテストでは歴代最高の数字を叩き出し、その記録は今も破られていない。

 ずば抜けた身体能力を誇り、大津では谷口彰悟と1学年下の車屋紳太郎(ともに川崎フロンターレ)、澤田崇(V・ファーレン長崎)らとプレーした後、福岡大学に進学。4年時にはキャプテンになり、インカレ準優勝、ユニバーシアード日本代表としても活躍。2014年にサガン鳥栖に入団をした。

 エリート街道を歩んで来た彼だったが、プロに入ってからはほとんど試合に絡めなかった。鳥栖の2年間でリーグ戦出場はわずか1試合。セカンドGKにも入れない状況だった。

 2016年、ジェフユナイテッド千葉にレンタル移籍しても、リーグ、カップ戦を通じて出場はゼロで、3番手以降の立場。昨年、松本山雅に再びレンタル移籍も、出場は天皇杯の1試合のみで、ここでも3番手以降の立場だった。

「自分では頑張っているつもりなのに評価されない。そう思っていました。でも、その考え自体が物凄く甘かった」

 環境を変えても一向に変化しない自分の立場。だからこそ、2017年シーズンが終わった段階で、「これは来年は厳しい状況になるのではないか……」と徐々に自分にこれから降り掛かろうとする事の重大さに気付き始めた。

「J3やJFLならギリギリ」レベル。

 2018年になると、すでに松本からはレンタル契約の延長はしないことは伝えられていた。後は所属先の鳥栖の判断だが、藤嶋の中では「入団して2年、さらにレンタルに2年も出してもらったのに、千葉と松本で定位置はおろか、ベンチ入りもままならなかった状態なので、鳥栖が契約を延長してくれることはほぼないと思っていたし、その判断で当然だと思っていた」と語ったように、周りから見てもほぼ契約更新の可能性はゼロに等しい状態だった。

 だからこそ、彼は代理人とともに必死で次の移籍先を探していた。しかし、どのクラブも少しは興味を示したが、重い腰を上げることは一切なかったのだ。

 J2はおろか、J3やJFLの方に話を振ってもらっても、どのチームも“GKは足りている”という返答だった。

「一番ショックだったのは、代理人に『J3やJFLだったらギリギリあるかも』と言われたこと。最初にいわれたときは『嘘だろ?』と何も考えられなかった。『俺はこのカテゴリーでしか探せないほどの実力だったのか……』と。僕の中ではプロに入って4年間必死でやって来たつもりだった。

 でも、3チームとも能力は評価されても、実戦に一切出られない、現にどのカテゴリーからも正式な獲得オファーが来ない選手になってしまった。自分に対して凄く腹が立ったし、『俺はこの4年間、一体何をしていたんだ』と、本当に厳しい現実を突きつけられたし、『引退』の2文字も頭によぎりました」

所属チームが見えない中での結婚式。

 日々募る不安と絶望、そして自分への怒り。複雑な気持ちが入り交じった苦しい時期に、彼は人生の大きな門出を迎えた。

 1月6日、福岡市内で彼は結婚式を挙げた。大学時代から支えてくれた彼女と入籍し、筆者も出席した結婚式は盛大に行われた。多くの参列者の前で幸せな笑顔を見せる藤嶋だったが、みんなの祝福を受ける中で生まれて来る複雑な気持ちと必死に戦っていた。

「将来も所属チームもまったく見えない状態でみんなの前に立っていた。新しい家族が増えて、一番頑張らないといけないこの時期に所属するチームがなくなってしまう危機にさらされて、焦りというか、これから自分がどうなっていくのだろうと言う不安が頭をよぎり続けました。

 ずっと僕の両親と嫁と、彼女の両親は『きっと決まるから』と励ましてくれたけど、その優しさが凄く痛かった。出席者の皆さんも凄くそこに気を使ってくれるというか、心から結婚を祝福してくれるし、その優しさも申し訳ないというか……凄く刺さりましたね。それに式には鳥栖と松本の関係者も出席をしてくれたのですが、感謝の気持ちと結果を出せずに申し訳ない気持ちも凄くありました」

結婚式から5日後、完全な無所属状態に。

 その中でも彼は笑顔を絶やさず、新郎の挨拶ではハキハキと感謝の気持ちを詰めたスピーチを行うなど、素晴らしい態度で結婚式の主役を果たした。

「最後のお見送りの挨拶の際に、松本の関係者の方に『頑張れ、栄介ならまだ出来るから』という言葉をもらいました。物凄く温かい一言だったけど、それ以上に再び自分への悔しさと歯がゆさがこみ上げてきました。今から大黒柱としてやって行かないといけない中で、『なぜこういう状況に自分がしてしまったのだろう』と……」

 結婚式から8日後の1月14日に、鳥栖は藤嶋と来季の契約更新をしないことを発表し、藤嶋は完全な無所属状態になった。

「覚悟はしていたけど、実際にそうなるともっと不安や焦りが増しました。よりチーム探しに必死になったのですが、実際にJ2やJ3のクラブから興味を持たれても、ギリギリまで迷われた結果、別のGKが選ばれる……。その話を受けて『なぜ自分ではなく、別のGKを選んだのですか?』と聞くと、ほとんどが『実戦経験がないから』とはっきりと言われました。

 ショックだったけど、プロである以上、結果がすべて。最終的にモノを言うのは過程ではなく、結果だと思い、そこでこの4年間で結果を出せていない『自分が悪い』とはっきりと思うことが出来た。そこで何か吹っ切れたんです。『決まらなかったらどうしよう』から、『決まったときに全身全霊でプレー出来るように、今から一切妥協をせずに準備をしよう』とポジティブになれたんです」

ポジションを奪おうと思っていたか?

 なりふり構わず。エリート街道を歩んで来た彼にとって、一番欠けていたのはここだった。“経験を積めばいずれレギュラーでプレー出来るだろう”という甘い気持ちが、無意識のウチに彼に芽生えてしまっていた。

「毎年、『今年こそ』と思っていたのに、巡ってくる数少ないチャンスをまったく生かせなかった。そこは実力の問題と、自分の取り組む姿勢の問題だと思いました。鳥栖にいるときは林彰洋(現・FC東京)という絶対的な存在があって、彼は日本代表で経歴も凄くて、どこかで『アキ君には勝てない』と思っていた。

『アキ君に学ぼう』という思いはあったけど、『アキ君からポジションを奪おう』という気持ちに本気でなっていなかった。松本でも千葉でも、同じように出ているGKから学んで成長しようとする気持ちを持っていたし、『出たらやってやる』という気持ちはあったけど、がむしゃらに何が何でもポジションを奪ってやろうという気持ちが足りなかった。こういう状況になってからですが、ようやく気付くことが出来ました」

故郷・ロアッソ熊本が差し伸べた手。

 自分の甘さの根本に気付いた無所属GKに、ある話が届いた。それは彼にとって“捨てる神あれば、拾う神あり”だった。契約満了を受けて、故郷・熊本に戻ると、ロアッソ熊本でGKコーチを務める澤村公康から連絡が入った。

「澤村さんから『チームが決まるまで俺と個別に練習するか?』と言われたんです。澤村さんは俺の兄とチームメイトで、俺がGKを始めると言うことになった時、熊本の澤村さんのGKスクールに参加をさせてもらってからずっとお世話になっている人。嬉しかったし、すぐにお願いをしました」

 澤村が所属する熊本の練習場で2人きりのトレーニングが始まった。その際、藤嶋の下には山口から「1月下旬からの熊本キャンプに参加をして欲しい」という声が掛かっていた。

「澤村さんにもそれを話したら、『よりコンディションを上げるためにやらないとね』とより密度の濃いトレーニングをしてくれたんです」

心の支えになったのが熊本の人たちだった。

 そんな藤嶋に思いもよらぬ出来事が起きた。澤村とのトレーニングの3日目、いきなり熊本の全体練習に参加することになったのだ。

「澤村さん、渋谷洋樹監督、織田秀和GM、そして皆さんが『山口のキャンプ参加までウチで練習をして良いよ』と言って下さりました。今季のJ2開幕戦が山口と決まっていたのですが、もしかすると対戦相手になるかもしれないのに、そういうのも関係なく、『栄介が全力でやるなら受け入れるよ』と言ってくれた。熊本のGK陣に混じって、紅白戦まで出させてもらって……。普通じゃ考えられない環境で自主トレをさせてもらった。もう感謝しかありません」

 実はこの直後、山口のキャンプ参加の話は1回白紙になったという。「突然、『キャンプ参加はなくなった』と言われて、途方に暮れました」と、ショッキングな出来事だったが、それでもその報告を藤嶋から受けた熊本サイドは、「栄介のチームが決まるまではトレーニング参加しても構わないよ」と言ってくれた。

「なぜレノファの話がなくなったのかも分からなかったし、じゃあ他に手を挙げてくれるクラブもない。正直心が折れかけたけど、そこで心の支えになったのが熊本の人たちだった。『みんなが俺のためにここまでしてくれているのに、俺が諦めてどうする』と思って、『もうない』という結論が出るまでは諦めないで全力で練習をしようと、澤村さんの指導を必死に受けました」

 日を重ねていくごとに見えなくなっていく将来。だが、自分の甘さの芯を知った男は、『なりふり構わず』取り組むことに何の躊躇もなかった。

山口のオファーに「頑張ってこいよ!」

 熊本のトレーニングには1月末まで参加させてもらった。この時はもう何も考えられないし、将来が見えなかった。その姿勢が再び“拾う神”を導いた。1月末のこと。藤嶋がこの日も練習参加すべく、熊本のクラブハウスに到着したとき、1本の電話が入った。彼の代理人からだった。

「栄介、山口から再びキャンプ参加の話をもらった。今日の午後練習から参加をしてくれないか」

 藤嶋は電話を切ると、すぐにクラブハウスに行って澤村を始め、渋谷監督、織田GMらに「急遽レノファの練習に参加することになりました。僕としては参加して入団を掴みとってきたいと思います」と話した。

「みんな喜んでくれて、スタッフの皆さんも『頑張って来いよ!』と言ってくれた。涙が出そうだったし、渋谷監督は『開幕戦に出たら、ウチに勝たせろよ!(笑)』と笑いながら言ってくれた。それで自分はやるしかないと思った。もう一度キャンプ参加の話が消えたとかどうでも良かった。ロアッソのおかげでコンディションも良かったし、もう自分のやれることを思い切りやろうと思った」

 温かく送り出してくれた熊本のためにも、そして自分、結婚した妻、心配してくれた仲間のためにも。『なりふり構わず』に山口のキャンプの最終日を含めた3日間に参加した藤嶋に、念願の言葉が届いた。

4年間の中で1度もなかった喜びが。

 最終日の母校・福岡大との練習試合に出場した後、石原正康GM、霜田正浩監督、土肥洋一GKコーチに呼ばれると、「これから一緒に戦おう」と伝えられた。

「もうこれまで味わったことがないような喜びが湧いてきました。お世話になったいろんな人の顔が浮かんだ」

 すぐに熊本に電話を入れると、全員が喜びを伝えてくれた。澤村からは「一生懸命取り組めば、こうして見てくれる人がいる」という言葉をもらった。

 2018年2月2日。藤嶋は正式に山口に加入することが決まった。タイキャンプでは終始安定したパフォーマンスを見せると、プレシーズンマッチでも出番がやって来た。

「これまで怪我を途中でしたけど、プレシーズンマッチをすべて含めてきっちりとこなすことができた。これは4年間の中で1度もなかったことだった。そう考えても、これまでの自分がいかに甘かったのか改めて痛感した」

「出番が与えられた1試合に集中する」

 そして迎えたJ2開幕戦。試合当日のメンバー発表で「藤嶋栄介」の名前が一番最初に呼ばれた。プロ人生で初の開幕スタメンが決まった瞬間だった。

「嬉しくて、涙を堪えながら『はい』と返事をした」

 相手は熊本。今の自分があるのは熊本のおかげでもある。彼は恩返しの気持ちを籠めて、全力で90分間プレーし、4−1の勝利に貢献をした。試合後、真っ先に熊本のベンチに行き、深々と頭を下げた。感謝の言葉を全力で伝えた。

 そして、6月9日の第18節・ファジアーノ岡山戦でも彼は安定感抜群のプレーを見せて、1−0の勝利に貢献。チームは2位に浮上した。

「今年は自分に対する甘さをすべて取り払って、『今年やれないと本当にサッカー選手を続けられない』という気持ちで取り組んでいるので、まだレギュラーを獲ったとは思っていません。俺にとっては1試合、1試合が本当に命がけ。一瞬、一瞬が自分の将来を左右すると思っているので、先のことを考えるのではなく、出番が与えられた1試合に集中することでやっている。まだまだです。やれる。まだまだやれると思っています」

 なりふり構わず、全力で――。多くの人たちに支えられ、真のプロフェッショナルとしてのサッカー人生を歩み始めた藤嶋栄介。

 今、筆者の手元には藤嶋の結婚式の写真がある。笑顔を浮かべる彼の姿を見ている。

「良かったな、栄介。家族と共に、これからだぞ」――。

文=安藤隆人

photograph by Takahito Ando


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