スペインが誇るマジシャン、イスコ。2度目の世界一へ魔法の杖を振るう。

スペインが誇るマジシャン、イスコ。2度目の世界一へ魔法の杖を振るう。

 そもそもなんの目的で、この地を訪れたのかさえ覚えていない。

 2002-03シーズンのUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)決勝を取材するため、スペインのセビージャに向かったのは間違いない。デコやマニシェなどを擁したポルトが延長の末にセルティックを下してトロフィーを掲げ、試合後の会見で、まだ40歳になるかならないかの青年監督、ジョゼ・モウリーニョがやけに尊大な態度で記者たちの質問に答えていたのも覚えている。

 けれど、その足でマラガを訪れた理由が思い出せない。もしかしたら、シーズンもクライマックスを迎えたリーガ・エスパニョーラを取材しようと、同じアンダルシア州にある近場のクラブを、なんとなく選んだだけかもしれない。

 それでも、見上げた空が突き抜けるように青かったこと、たくさんの外国人観光客が横たわる白砂のビーチの向こうに、アフリカ大陸が蜃気楼のように浮かび上がっていたこと、そして、かなりくたびれたマラガの本拠地ラ・ロサレーダのスタンドが、ヒマワリの種の殻だらけだったことは、あれから15年が経った今も鮮明に記憶している。

 この地中海に面した温暖な地で、スペイン代表MFのイスコは生まれ育った。自由奔放にボールと戯れるプレースタイルはきっと、あのゆったりと流れる時間の中で、たっぷりと降り注ぐ日差しを浴びたからこそ培われたに違いない。

19歳で移ったマラガで才能が開花。

 イスコの名前が世に知られるのは、下部組織時代を過ごしたバレンシアを離れ、19歳の夏に地元のマラガと5年契約を結んでからだ。アンダルシアの風に背中を押され、若きファンタジスタは瞬く間に上昇気流に乗る。

 移籍1年目の2011-12シーズンに、サンティ・カソルラとともに攻撃の中核を担い、マラガにクラブ史上初のチャンピオンズリーグ出場権をもたらすと、翌シーズンには初めて挑んだその大舞台で10試合中8試合に出場。3ゴールを挙げる活躍で、このスモールクラブを望外のベスト8へと導くのだ。

その天才に疑いはないが、出場機会は限定的。

 こうなれば、メガクラブが指をくわえて見ているはずもない。2013年6月、マンチェスター・シティなどプレミア勢との競合の末にイスコを手に入れたのは、スペインの巨人、レアル・マドリーだった。

 だが、マドリーで過ごしたここまでの5年間が、イスコにとって十分に幸せで、満足できるものだったかどうかは分からない。

「サンティアゴ・ベルナベウに現われたジズー(ジネディーヌ・ジダン)以来の天才」

 そう言ってメディアは彼を歓迎したし、実際、ピッチに立てば“マヒア”(魔法)というニックネームに相応しい超絶技巧を次から次へと繰り出した。

 しかし、ハイテンポで効率性を重視するマドリーのサッカーの中では、時としてイスコの魔法が邪魔になることもあった。ボールをこねくり回し、プレーテンポを遅らせると、そんな批判も浴びた。なによりアタッカーにワールドクラスが揃うマドリーでは出場機会が限定的で、しばしば移籍志願も口にしている。

「技術的には(現役時代の)私と同じレベルにある」

 最大級の賛辞を送ったジダンが、2015-16シーズン途中に監督に就任すると、ギャレス・ベイルを押し退けて一時は不動の地位を築きかけたが、それも“期間限定”でしかなかった。クリスティアーノ・ロナウドやルカ・モドリッチに寄せるほどの信頼を、イスコが得ていたわけではないのだ。

スペイン代表でのプレーは心地良さそう。

 チャンピオンズリーグ3連覇など、数々のタイトルには恵まれたが、マドリーでのイスコは決して主役ではなかった。

 魔法の杖を思う存分に振り回し、インスピレーションの赴くままキャンバスに画筆を走らせる喜びを味わえるのは、むしろスペイン代表としてプレーしている時だろう。

 アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツ、ダビド・シルバ、チアゴ・アルカンタラ……。同じ絵を描けるボールプレーヤーたちに囲まれて、打てば響くような心地良さを感じながら、イスコが攻撃のタクトを振るっている。

 縦に速いマドリーのそれとは対照的に、ポゼッション志向の強いスペイン代表のサッカーが、とにかく性に合うようだ。

「代表チームでは生き生きとプレーできるんだ。ここでは監督からの信頼も感じるしね」

ここまで20戦無敗のスペインの大黒柱。

 指揮官と選手として2013年のU-21欧州選手権をともに制し、強い絆で結ばれたフレン・ロペテギ監督の存在も、代表でのイスコを輝かせている大きな要因だったに違いない。

 ロシア・ワールドカップの予選では、同じ組の最大のライバルだったイタリアを絶望の淵に追い込む2ゴール。名手ジャンルイジ・ブッフォンの牙城を破った華麗なFKと利き足ではない左足のミドルもさることながら、パス成功率が驚異の95%と、オーガナイザーとしても圧倒的な存在感を放った。

 予選突破の原動力となったイスコは、6−1と圧勝した3月のアルゼンチンとの強化試合でもキャリア初のハットトリックを達成するなど、引き続き好調をキープしている。彼がいなければ、ロペテギ政権発足から20戦無敗でロシアの地を踏むこともなかったはずだ。

 重心の低いドリブルで局面を打開し、イニエスタにも匹敵するキープ力でタメを作りつつ、周囲とのコンビネーションも駆使しながら敵の最終ラインを攻略する。

 頻繁にボールに触りながらゲームを組み立てるだけでなく、フィニッシュに直結するプレーを効率的かつ安定的に見せられるようになったのは、マドリーでの不遇にも屈せず、生きる術を模索し、自らにマイナーチェンジを施してきた成長の証でもあるだろう。

フィジカル全盛の時代に生きる魔術師。

 ユース年代の国際大会や2012年のロンドン五輪も経験してきたとはいえ、フル代表としてこうした大舞台に立つのは、これが初めて。26歳での世界デビューを不安視する向きもあるかもしれない。独特なプレッシャーに圧し潰されてしまわないかと。

 けれど、初戦で日本に敗れ、1点も取れずにグループリーグ敗退の屈辱を味わったロンドン五輪の頃のイスコでは、もはやない。ここ数年で精神的にもずいぶんとタフになった。

 ワールドカップ開幕を翌日に控えた6月13日、イスコが絶大な信頼を寄せるロペテギ監督が電撃解任された。もちろん、動揺は小さくないだろう。しかも解任の理由は、スペイン・サッカー連盟との契約を延長した直後にもかかわらず、マドリーの次期監督に就任するという背信行為。イスコの心中は複雑に違いない。

 それでも──。スペイン代表の中心選手として、戸惑いや不安をピッチに持ち込むわけにはいかない。今の彼ならば、この前代未聞の事態にも立ち向かっていけるはずだ。

 フィジカル全盛の時代に生きる稀代のボールマジシャン、イスコ。

 彼を生んだマラガの街は、パブロ・ピカソの出生地でもある。かの天才画家はこんな名言を残している。

「明日描く絵が、一番素晴らしい」

 イスコが自由に、ボールと戯れる喜びを感じながら、ピッチに7枚の素晴らしい作品を描き終えた時──。スペイン代表は、再び世界の頂点に立っているはずだ。

文=吉田治良

photograph by Getty Images

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