イタリア新時代を託されたマンチーニ。バロテッリ復帰と若き才能たちの登用。

イタリア新時代を託されたマンチーニ。バロテッリ復帰と若き才能たちの登用。

 どんなに6月の太陽が熱く照りつけても、W杯のないイタリアは気の抜けたビールのようだ。

 ロシアW杯開幕が近づく日曜の朝、近所のバールにぶらり出かけた。ユベントスの選手起用法について議論していた、古希以上と思しき人生の先輩たちに昔のことを尋ねてみる。

 60年前のスウェーデンW杯のことを覚えていますか?

「イタリアが出られなかった大会のことなんて覚えてるわけなかろうが」

 愚問でした。なら、自国開催だった'90年大会の夏は? さぞ盛り上がったでしょう。

「スキラッチがゴールするたびに水着で町に飛び出したもんさ」

 じゃあ、スキラッチの控えFWが誰だったか覚えていますか?

 彼らは一様に顔を見合わせた。

 答えは、イタリア代表新監督に就いたばかりのロベルト・マンチーニその人だ。

 世界の祭典へ出場する各国のニュースが飛び交う中、アズーリ新体制がひっそりと再スタートを切った。

 60年ぶりにW杯本大会出場を逃した伝統国の再建はどんな名将にとっても骨の折れる難行だ。マンチーニに託された責務は重い。

かつてのスターが持ち込む新機軸。

 甘いマスクのマンチーニはかつてサンプドリアやラツィオでスクデットを獲ったスター選手だった。

 指導者転向後はインテルやマンチェスター・シティ、ガラタサライなどで各国リーグやカップ戦のタイトルを勝ち取り、国際経験も豊富に重ねてきた。

 今季はロシアリーグでゼニトを率いたが、先月中旬、ゼニトとの間に残っていた2年総額15億円超の高給契約を解消。3分の1のサラリーでFIGC(イタリア・サッカー連盟)からの要請を請け負ったぐらいだから、アズーリ再建への思い入れは相当なものだろう。

 強面で家父長的風貌を備えていた歴代の代表監督たちと異なり、ベビーフェイスとロマンスグレーの新指揮官は所信表明で飄々と言ってのけた。

「目指すはEURO2020での優勝だ。我々の夢はイタリアを然るべき高みに引き上げることにある」

 壮大な目標をぶち上げたマンチーニは、アズーリに多くの新機軸を持ち込もうとしている。

フランスに1−3も「1年で追いつく」。

 かつての愛弟子である悪童FWバロテッリをブラジルW杯以来4年ぶりに代表復帰させた他、FWキエーザら20歳前後のフレッシュな顔ぶれを多く招集。さらに悲劇的破滅を招いた前監督ベントゥーラがW杯予選で頑なに拒んだ4-3-3を基本戦術に定め、初夏の代表監督デビュー3連戦に臨んだ。

 5月28日のサウジアラビアとの初陣では、代表復帰したバロテッリの先制点などで2−1と白星発進。しかし、蓄積したシーズンの疲労の影響からか後半に守備陣の軽率さと集中力の欠如が目立った。

 南仏ニースに乗り込んだ今月1日の2戦目ではフランス相手に先発7人を入れ替えて臨み、ほぼサンドバッグ状態で1−3の完敗を喫した。

 ともにロシアW杯へ出場する2カ国、特にフランスとの試合内容は、本大会優勝候補と予選敗退国との差を痛感させられるものだった。

 それでも、試合後のマンチーニの声には楽観の色があった。

「確かに今のフランスはフィジカルや技術、それから経験値の面でもイタリアより上。だが、彼らのレベルには1年で追いつきたい」

 新代表監督の強気の姿勢は一体どこから来るのか。

地元W杯で招集されたがプレー時間0分。

 現役時代、ゴール前での創造的プレーを武器にしたマンチーニは'84年から'94年にかけて、イタリア代表で通算36試合に出場し、4得点を決めている。

 17歳でU21代表に飛び級招集されたほど早熟だった彼は、成人後所属したクラブでスクデットや欧州カップ戦制覇など華々しい活躍をしたが、意外にもアズーリの一員としてはついぞ主役の座を得ることはなかった。

 地元開催だった'90年イタリア大会に招集はされたもののプレー時間は0分。ビチーニ監督に抜擢され大会得点王にまで上り詰めたFWスキラッチの陰に完全に隠れた。バールの老人たちが覚えていなかったのも無理はない。

「練習でいかに手を抜くか、狡猾さの証」

 才気にあふれていた若き日のマンチーニは“やんちゃ”でも知られていた。「若い頃の自分は練習でいかに手を抜くか、それが狡猾さの証だと思っていた」と後に述懐している。

 マンチーニがなぜ代表で大成できなかったのかを示す有名なエピソードがある。

「NYナイトライフ事件」だ。

 '84年5月、北米遠征を行ったイタリア代表に20歳になる前のマンチーニが招集された。当時の代表監督は泣く子も黙る'82年スペインW杯優勝監督ベアルゾットで、トロントで行われたカナダとの親善試合がマンチーニにとって記念すべきA代表デビュー戦だった。

 大願叶った喜びで羽目を外したくなったのか若気の至りか、マンチーニは試合後代表のホテルを抜け出すと500km以上離れた花の大都会ニューヨークへ車を飛ばした。門限など完全無視でマンハッタンでのナイトライフを満喫した後、ホテルへ戻ったマンチーニに代表監督ベアルゾットは冷淡だった。

「二度とお前を代表には呼ばない」

 A代表に復帰できたのは後任にビチーニが就き、事件から2年半近くが過ぎた後だ。

バッジョの控えはマンチーニでなくゾラ。

 その後、アメリカW杯に向けて就任した名将サッキはプレッシングという重労働を要求した上に、本物の天才バッジョのバックアッパー役として気紛れなマンチーニではなく、勤勉な性格のゾラを選んだ。当時のイタリアには前線の才能が雨後の竹の子のように次々に出現していた。

 サッカーは運動量と献身性の時代に突入しようとしていた。心身の研鑽を怠った者が付け入る隙はなかった。

 才能に溢れながら代表で十分なチャンスを与えられなかった、という悔恨がマンチーニにはあるのではないか。

 彼は代表監督としての最初の3試合でMFポリターノ(24歳)やFWベラルディ(23歳)、DFカルダーラ(24歳)ら5人の新人をデビューさせた。

 国際経験に乏しいイタリアの若手選手たちにチャンスを与え、これから辛抱強く成長させるのだ。自分が辿った寄り道はさせられない。

W杯で見たかったオランダとの熱戦。

 マンチーニは一級の戦術家でもモチベーターでもない。戦力を発掘し組み合わせながら、最適な戦い方を見出すセレクター型の指揮官として実績を残してきた。

 最初の代表合宿で、元ファンタジスタの新監督が選手たちに要求したのはシンプルなことだった。

「集中することだけを考えろ。そして、楽しめ!」

 6月4日のオランダ戦で新生アズーリは見違えるようなゲームを展開した。

 やはりW杯出場を逃しクーマン監督新体制で再建中のオランダを雨模様のトリノに迎えた新生アズーリは、粗削りながら攻めに攻めた。

 27歳の誕生日にキャプテンマークを巻いたFWインシーニェと右ウイングに抜擢されたFWベルディが躍動し、前半だけで少なくとも5度の決定機を作った。

 途中出場のFWザザが67分に先制点を奪った直後、DFクリシートが一発退場に。10人となったアズーリは最終的に1−1のドローに追いつかれるが、不屈のGKペリンを中心に守備の国の意地を見せた。

 試合後には対戦したオランダの選手たちから「イタリアはEUROの優勝候補になりうる」という声すら挙がった。あくまでテストマッチであることはわかっていても、“W杯決勝トーナメントで見たかった”と思わせる熱戦だった。

「俺達イタリアは再出発するんだ」

 3連戦を通してプレーしたFWベロッティは、未だロシア大会の予選敗退の傷を抱えている。それでも考えていたことがあった。

「プレーオフ敗退はあの予選を戦った全員の喉につっかえたままだ。思い出すだけで憂鬱な気分になる。だからこそ新しい代表の最初の試合で“俺達イタリアは再出発するんだ”という気持ちを見せたかったんだ」

 もちろんマンチーニがこれから解決すべき課題は多い。

 中盤の不安定さやグラウンド外の話題に事欠かないFWバロテッリの処遇問題、ドンナルンマで決まりかと思われていた正守護神争いの混沌化など、地元紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が指摘するように「まだまだ道のりは長い」のだ。

キエーザの息子が若手台頭の象徴に。

 それでも「フィジカルもテクニックも武器にしようとする代表チームの方向性は正しいはず。これからもアズーリのために100%全力を尽くす」と言うのは、圧倒されたフランス戦でも気を吐いた20歳のフェデリコ・キエーザだ。やはり名ストライカーだった父親エンリコの面影を受け継ぐフェデリコは、新生アズーリの若手台頭のシンボルとなることが期待されている。

 イタリアの新鋭たちとマンチーニが目指すは2年後の欧州の頂点。

 次の一歩は9月に始まるUEFAの新大会ネイションズ・リーグだ。

 新生アズーリがオランダと戦った日、代表の前主将ブッフォンは故郷カッラーラの海で家族とバカンスを楽しんでいた。

 近所のバールの老人たちも、いつの間にかサングラスとサンオイルを持ってビーチへ行ったようだ。

 W杯がなくても、イタリアの夏に海と陽光は欠かせない。

 アズーリの新しい時代が始まった。

文=弓削高志

photograph by Getty Images

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