ウィンブルドン初戦辛勝の錦織圭。コートで悪魔になれなかった理由。

ウィンブルドン初戦辛勝の錦織圭。コートで悪魔になれなかった理由。

 クリスチャン・ハリソンとの対戦が決まると、錦織圭は「(ドローの中では)数少ない、アカデミーで一緒に練習している仲(の選手)。お互いよく知っているので、やりにくいところはある」と話した。

 ハリソンは24歳。錦織の5歳年下で、米国・IMGアカデミーの後輩だ。2歳違いの兄ライアンと兄弟そろってプロツアーで活動している。ライアンは10代の頃から注目され、錦織にとってはライバルの1人だったが、弟はライバルというより、かわいい後輩のような存在だったようだ。

 錦織にとっては「頑張ってほしい」と思わせる選手の1人だという。一緒に練習する機会も多かったから当然だとしても、特に応援するのは「小さい頃から頑張っている姿を見ている」からだ。

 錦織によればハリソンは「むちゃくちゃ努力をするタイプ」。兄が2010年の全豪で17歳にして4大大会初出場を果たしたのに対し、出世は遅かった。2年前の16年に地元の全米オープンで4大大会初出場を果たしたが、これまでにシングルスでグランドスラムを戦ったのはそれが唯一だ。

「何回も、やめてもいいようなケガをしている」

 長い足踏みの理由はケガと病気だった。

 10代で骨の感染症を患い、治癒に2年を要した。その後も左大腿骨、左右の手首、左右の臀部、右肩、左右の内転筋などありとあらゆる部位を負傷、さらに'13年には伝染性単核球症も患った。度重なる故障と病気で、'14年8月から'16年4月まで世界ランキングが消滅していた。

 錦織が対戦前に「今まで何回も、やめてもいいようなケガをして復帰している」と話したのは、これらを指している。

 年下の親友との1回戦は、ウィンブルドンではめずらしい強風の影響もあって、難しいものになった。

 第1セットを6−2で簡単に奪い、勢いに乗るかと思ったが、逆に第2セットを4−6で落とし、リズムが崩れた。

 第24シードが予選勝者にワンセットオールに持ち込まれ、第3セットもタイブレークでなんとかものにするというのは、決して褒められた内容とは言えない。

 サーブのトスアップが安定せず、グラウンドストロークでもミスヒットや当てただけの棒球、こすって回転をかけただけの勢いのないショットが目立った。フットワークにもいつもの躍動感がなかった。グラス(芝)コートは得意とは言えないが、それにしても、もたつきぶりが目立つ初戦となった。

「選べるものなら友達とはプレーしたくない」

「風があったので、クリーンヒットができなかったが、しょうがないところもあった。中盤危ない場面もあったが、序盤と後半はよかった」と本人の総括もどこかピリッとしなかった。

 対戦相手が仲のいい選手であったことを苦戦の要因にしたらプロフェッショナルである2人に申し訳ないが、やはり影響はあったのではないか。

 試合後、英語の質疑応答で、友人を倒した気分を聞かれた錦織はこう答えている。

「簡単ではなかった。選べるものなら、友達とはプレーしたくない。彼は本当に厳しいテニス人生を過ごしてきた。たくさんのケガに苦しみ、そのたびに復帰してきた。

 また、彼はツアーきっての努力家でもある。いつもケガを抱えていた。僕と同じか、あるいはそれ以上に……。グランドスラムの本戦に彼の姿があるのはうれしい。戦うのは難しいけれど」

 ハリソンが「むちゃくちゃ努力してきた」選手であることを、語らずにはいられなかったのだろう。

普通の錦織のまま、コートで戦った。

 親友との試合がピリッとしたものにならなかったことを責めようとは思わない。手心を加えたのでもなければ、大苦戦になったわけでもないのだから。

 勝利の瞬間、錦織は無表情だった。辛勝にホッとしたのだとしても、それ以上に、友人の前で喜びを表すことにためらいがあったのか。

 コートの中と外で、まったく別人になるのが錦織圭という選手だ。普段は穏やかでほんわかしているが、コートに入ればにわかに覚醒し、悪魔にもなる。優しい顔をして相手を完膚なきまでにたたきのめす。

 だが、この試合では悪魔になれなかったようだ。彼はごくまれに、そんな人間くささをのぞかせる。今日、コートで戦ったのは、普段の錦織だったのかもしれない。

文=秋山英宏

photograph by Getty Images


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