リオ五輪メンバー落選を乗り越えて。松井千士は7人制のエースとなれるか。

リオ五輪メンバー落選を乗り越えて。松井千士は7人制のエースとなれるか。

 サントリーサンゴリアスで2年目のトライゲッター・松井千士(まつい・ちひと)が、6月中旬、約2年ぶりにラグビー7人制日本代表の活動に本格合流。リオ五輪のメンバー落選を乗り越えた23歳が、五輪への道をふたたび歩み始めた。

 それはリオ五輪を約1カ月後に控えた、2016年7月17日のツイートだった。当時同志社大の4年だった松井は、失意を隠さなかった。

「オリンピックメンバーの12人から落選しました。21年間の中で1番悔しい経験です。色んな人達が応援、期待してくれていたのに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。けどこの12人が絶対メダルを獲ってくれると信じてます」

 同大2年時の初選出から2年間、リオ五輪の新種目・ラグビー7人制の日本代表として戦っていた。五輪出場権を獲得した'15年11月のアジア予選では、9トライで大会トライ王に輝いた。リオ行きに貢献した自負ならばあった。

「メンバーに入れると思っていました」

 日本ラグビー協会はリオ五輪前の7月17日、7人制男子の最終登録メンバー12人を発表した。そこに松井千士の名前はなかった。

エディーに指摘された「今のフィジカルでは……」。

 努力の人だ。大阪府に生まれ、小学1年の時に兄・謙斗(豊田自動織機)の影響でラグビーを始めた。

 大阪・常翔学園高の入学時は身長160センチ前後で、足も遅かったという。無名だった松井を成長させたのは、日課にしていた坂道ダッシュなど、地道な日々の積み重ねだった。すると50m走は6秒を切り、身長は高校3年間で約20cm伸びた。快足ウイングとして覚醒すると、3年時には常翔学園の一員として17大会ぶり5度目の花園制覇。

 同大では2年時に7人制日本代表に初招集。翌'15年春にはエディー・ジョーンズが指揮官だった15人制代表に呼ばれ、2キャップを獲得した。

 しかし'15年W杯へ向けた2次候補からは漏れた。そのときラグビー界の世界的名将がメディアに語った選外の理由は、松井のその後の苦境を示唆するかのようだった。
「今のフィジカルでは、ワールドカップに臨むことは難しい」

同志社大からサントリーへ。

 迎えた2016年8月のリオ五輪。松井はバックアップメンバーとしてリオデジャネイロへ渡り、選手村の外で交代要員として待機。大会初戦でニュージーランド代表を破った大金星はスタンドで観た。歴史的な4位フィニッシュとなったリオ五輪で、参加メンバー唯一の大学生は、ついにピッチに立つことがなかった。

 松井は落ち着いた調子で当時を振り返る。

「当初はなんで選ばれなかったのかとモヤモヤしていた部分がありましたが、あれから2年が経って、選ばれなかった理由は明確になっています」

 身体の強靱さ、対人の強さ。

「'16年のオリンピックに選ばれなかった理由は、フィジカルの面だったと思います。しかし、そこは自分の中でも改善できていると思います」

 リオ五輪後、同大で11大会ぶりの大学ベスト4という快挙を経験した松井は、翌春サントリーに入社。U20日本代表時代に指導を受け、サントリーをトップリーグ王者に導いた沢木敬介監督のもと、課題のフィジカル強化に注力する。

 体重は入社時の80キロから増え、華麗な走りはパワーを増した。1年目の北海道・網走合宿では、練習試合で爆発的な走りを連発した。

「代表になれるよう育てなければ」

 トップリーグ初先発で初トライを飾った昨年9月には、選手個人への言及に控え目な沢木監督が「日本代表になれるよう育てなければいけない」と公言。ルーキーイヤーでの飛躍を予感させたが、同年10月にアクシデントに見舞われた。トップリーグで5試合目の出場となったパナソニック戦で、左足の甲を負傷した。

「手術をして、3カ月くらい松葉杖の生活でした」

 ただ7人制代表のスタッフは、スケールの増した松井を見逃さなかった。

「5月末くらいに(7人制代表に)呼ばれている、という話をもらいました。そこでチャレンジしたいという気持ちを沢木さん(敬介監督)に伝えたら、『行ってこい』と」

 今度こそ五輪の舞台を味わいたい。スタンドではなく、ピッチで。6月17日、約8カ月ぶりに怪我から実戦復帰。その翌週、松井は北海道へ飛んだ。7人制代表の候補合宿へ参加するためだった。

あのとき立てなかった五輪の舞台へ。

 フォーカスするのは、求められている舞台で、最高のパフォーマンスを出すこと。7人制日本代表は今夏、男女ともに大舞台を控えている。2013年以来となる7人制のW杯が、サンフランシスコで開催される。熱戦の舞台は、場外ホームランが海に落ちる「スプラッシュヒット」が有名なAT&Tパークだ。

 松井は自身のプレーの特長を「何回もスプリントすること」と語る。

 坂道ダッシュを日課にしていた小柄な少年は、時を経て、いま7人制のワールドカップへ向けてスプリントの真っ最中だ。視界の彼方には、あのとき立てなかった五輪の舞台が煌めいている。

文=多羅正崇

photograph by Aki Nagao


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