貴乃花親方と村田諒太の対談全文。強さ、身体感覚を極限まで求めて。

貴乃花親方と村田諒太の対談全文。強さ、身体感覚を極限まで求めて。

初の防衛戦を前にした世界王者、村田諒太。
前人未到の領域を目指す「リングの哲学者」が
真に強き肉体と精神について深い思索をぶつけ合った。
相対するはこれ以上ない「強さの求道者」、貴乃花親方――。
Number949号(2018年3月29日発売)の対談を全文掲載します!

村田 初めてお目にかかります。今日はよろしくお願いいたします。

貴乃花 初めての防衛戦は4月ですか。

村田 はい、15日に、ブランダムラ選手と横浜アリーナで戦います。

貴乃花 1カ月前頃が一番大変ですか。

村田 そうですね。精神的には1カ月から2週間前くらいまでは。1週間前くらいになると吹っ切れますが。

貴乃花 村田さんのことは、オリンピックも拝見しておりました。金メダルからチャンピオンなんて、伝説の道ですね。

村田 いや、たまたまです。僕にとっては、貴乃花さんはやはりテレビの中の人で。僕は1986年生まれで、貴乃花さんを見て育った世代なんです。当時、曙さんや武蔵丸さんと戦われていて。一番印象的なのは、やっぱり小泉(純一郎)首相の。

貴乃花 はいはい(笑)。

村田 『感動した』。確か自分が高校1年か2年の頃でした。

相手を傷つけない、綺麗に戦う。

貴乃花 2001年ですね。本人としてはただ土俵に上がっていただけで、勝負どころじゃなかったんですが。村田さんは、何歳からボクシングを始められたんですか?

村田 中学1年生、13歳からです。貴乃花さんは何歳ですか。

貴乃花 私も中学の部活で、13歳からです。それまで、わんぱく相撲というのにはちょこちょこ出ていましたが、あまりまともに稽古なんかはしたことがなくて。中学でいい監督さんに出会って、大学まで進む約束で部活に入ったんです。でも、中3のときにどうしても大相撲でやりたい、と監督の反対を押し切って親父(先代貴ノ花)の部屋に入門しました。今45歳ですから、それから30年相撲の世界にいることになります。

村田 人生のほとんどですね。そこで22回もですか、優勝されて。

貴乃花 そうですね。でも私の場合は引退する頃はボロボロで、タジタジで(笑)。おっしゃった22回目の、ケガをして優勝したときも、相手は申し分ない横綱武蔵丸関でしたし、もうここで引退したい、と最後の居場所を探していたような気持ちで。

村田 そんなに。

貴乃花 お酒も飲まない、煙草も吸わないで勝負だけを考えて、精神的に追い詰められていたような。そこで支えてくれたのは、相撲道や武士道の精神というか、武器を持たずして、相手を傷つけない、綺麗に戦う、という思いだった気がしますね。

まわしに指を2本、3本の緻密さで。

村田 あの、貴乃花さん、現役中お酒飲まなかったんですか。

貴乃花 飲みませんでした。

村田 本当ですか!? 僕の大学の相撲部の子たちは、大会があると決起集会だ、とか言って集まってワーッと飲んで翌日出発、なんてやっていたので。その飲まないというのは貴乃花さんだけなんでしょうか?

貴乃花 数少ないと思います。いや、飲めないことはないんですけど、若いとき、お付き合いで飲んだりすると翌日、手先にブレが生じる感じがあって、戻すのに1週間くらいかかっちゃって。私は相撲の取り口として、踏み込んでまわしを取らないといけない、くっついて勝負をしたい方なので。指1本引っかかったときに、それを2本、3本とかけていく。そこにブレが生じるのは、ちょっと怖いな、と思ったんです。

村田 指を2本、3本……ですか?

貴乃花 (実演しながら)こう、まわしをクッと取るんですが、指1本だとすぐに離れてしまう。離れそうになったら、逆の手で行く。すると相手が警戒するじゃないですか。そこで元の側の2本目、3本目の指をかけていく、とかそういうことです。

村田 緻密さで勝負をしていたんですね。

貴乃花 相撲はいかんせん無差別級なので、そうしないととてもじゃないけど上には行けないな、と思って。曙関や武蔵丸関には吹っ飛ばされちゃうので。凄いんですよ、パワーが。お互い横綱でも、攻めどころを間違えると一気に持っていかれちゃいます。

村田 立ち合いの衝撃は物凄いそうですね。

貴乃花 そうです。当たると1トン近い衝撃があって、普通なら脳震盪状態ですが、そこで自然と2歩目が動くよう、鍛錬する。でもあっという間に、あれ、勝ってた、とか、あっ、負けてた、という。そこは精神的な視野の方が大きいかもしれませんね。

試合、取組に臨む際の“本能”。

村田 そうして22回の優勝で、平均すると13勝2敗くらいでしょうか。

貴乃花 だいたいそうですね。横綱の勝ち越しは12勝と言われますから。3敗すると、ほぼ優勝はないですね。

村田 確かに、今もそれくらいですね。

貴乃花 全勝でいければいいんですが、長丁場なので。10日目頃を過ぎると、精神が落ち着いて本能的に取れる状態にならないと、なかなか自分の本領を発揮できません。ボクシングも昔は15ラウンドですよね。

村田 そうです。自分はアマチュアが長かったんですが、世界選手権だと最大7試合戦うことがありました。準優勝した'11年がそうで。67カ国の参加で、4試合勝つとベスト8で、オリンピックの出場権を得られる仕組みだったんです。そうしたらベスト8の次の5試合目は、もうオリンピックも決まっているし、疲れ切っているしで、集中力もクソもない。倒れないよう、ケガさえしなきゃいいやと思っていたら、そんなときに限って良かったりするんです。

あぁ疲れた、という時に意外と。

貴乃花 肩の力が抜けて。

村田 こいつパンチがあるからやだなあ、もういいよ……あ、ボディ空いてる、と思ってストレートを打ったら相手が『ウッ』となって。あ、効いてる? なんて。

貴乃花 それも普段の鍛錬ですよね。咄嗟の閃きというか。勝負所って、そんなことが多いですよね。

村田 一生懸命一生懸命やってきて、最後に、あぁ疲れた、ちょっと抜こうかなと思ったときに、意外といいものが出たりする。

貴乃花 相撲も15日間相手が違って、皆持ち味が違うんです。それで、こちらが強くなればなるほど、たとえ14日間負けていても今日の一番を勝てばいい、と向かってきてくれる。そこでいかにして自分の力を発揮するか。しかしチャンピオンとなると、挑戦者も世界中から来ますもんね。

村田 そ、そうですね。でも一つひとつやっていくしかないかなと。僕は最初、オリンピックがボクシング人生のゴールだと思っていて。22歳で、大学卒業と同時に北京オリンピックの出場がかなわなくて、一度引退しますと。約1年の引退状態から23歳で復活して、26歳で金メダルを取って、そこでまた引退、と思ったんです。ここで本当に終わりだと。

 でも結局そこがスタートで、32歳の今もやっている。不思議なもんですよね。だからあまり先々想像して、理想みたいなものを立てるより、一つひとつやっていけばその都度ステージが見えてくるかなと思って。今は年齢とかは決めずに、いつかはイヤでも辞めなきゃいけないんだから、やりきろう、という気持ちです。

身体、肉体の限界と引退のタイミング。

貴乃花 本当ですよ。我々の業界の引退も30歳くらいでしたが、今は延びました。

村田 貴乃花さんが引退されたのは?

貴乃花 私は30ちょうどでしたね。

村田 それは身体が限界だったんですか。

貴乃花 精神的なものもキツかったですね。もういいや、と。ケガも増えていたし。指を脱臼すると、自分のまわしを取る相撲に指が使えない。そこにまた肩を脱臼したりして。ケガとは無縁だったのに、どんどん誤魔化しが利かなくなっちゃったんです。

村田 確か、貴乃花さんの上にゴーンと乗っかられて、大ケガをされた相撲がありましたよね。相手はどなたでしたっけ。

貴乃花 雅山さんですね。柔道技みたいな投げで。そういう技を自分が食ってしまうとは想像もしなかったのが、これはもういかんなと。それで上に乗られて、肩が外れてしまったんです。ああもう取れないな……と思っていたら、審判協議で物言いがついて取り直しになったんです。でも取り直す以前に、所作で片手が上がらない。いやオレ、無理だよ……と思いながら(笑)。それはもう引退間近でしたね。

32歳という年齢はどういう時期か。

村田 最近は引退の美学もいろいろと違って、長くやられる方もいますけれど、貴乃花さんは身体も心も限界だったんですね。

貴乃花 村田さんの場合、一度引退されたというのは、休養だったんでしょうね。

村田 結果的にそうなった形で。そのときは『引退だ!』と思ったんですけれど。

貴乃花 結局は運命なんでしょう。休養も鍛錬のうち、と言いますが、そこからチャンピオンになる、定められた道だった。選ばれた人しかできないことですよ。限界と思ったのが休養だったというのも、村田さんのバイオリズムなのかもしれませんね。

村田 僕はカミさんによく、パパはヒマじゃない方が輝いているから、忙しい方がいいよ、と言われますが(笑)。自分は今32歳ですが、貴乃花さんは32歳の頃はどういう時期だったんですか。

貴乃花 親方2年生で、部屋を受け継いで、社会に揉まれていました。自分さえ鍛えて土俵に立っていればいい、というのが年々懐かしくなってきて(笑)。

村田 そっちの方が楽だったな、と思うくらいですか(笑)。

貴乃花 本当に。弟子たちに鍛える場所、環境を作って与えるということが大変な作業で。そのためには経営という観点も出てきて、自分の「子どもたち」が活躍できる場を法律的、行政的にも守らないといけない。そういうことを初めて実感して、いまだに勉強中です。それでないと、子どももなかなか育っていきませんから。

何をもって父を超えたと思えるか。

村田 力士さんも、アスリートも、理想的な環境でやれる子はなかなかいませんよね。それをいかにうまく作ってあげるか。

貴乃花 その環境があって初めて、厳正に、厳格に、人格を育てる、厳しく言うということができますから。自分が師匠、実の父親に環境を与えてもらったありがたみがよくわかります。でも、まだまだこれからだな、と。それは一生続くものですね。

村田 なるほど……そこで、お父さまを超えたい、というお気持ちはあるんですか?

貴乃花 それはないんです。大関だった親父の背中を見て、私は潜在的に、父の分身、「分け身」として相撲に入ったところがあるので、親を超えたい気持ちは全くなくて。むしろ親父の弟子として次の代につないでいく、そのためにそれなりの実績を残させないと、というのが今の糧ですかね。

村田 ハンマー投げの室伏広治さんの著書で読んだんですが、室伏さんは常にお父さまと比べられる。そこで何をもって父を超えたと思えるかというと、もう一人の室伏広治を人間的にも作れたとき、初めてお父さんの域に立てると考えているそうです。

貴乃花 そうなんですね。私は、入門してから引退するまで、土俵に上がって親父が心の中にいなかったことがないんです。だから、ある意味で恐れをなくせたのかもしれません。そういう、宗教的ではないですが信仰心のようなものがないと、勝負事って闘えないじゃないですか。その信じる心を教えてくれたのは、心の中にいる親父の存在しかないな、と思うんです。

努力ほど裏切るものもないじゃないですか。

村田 ある意味で、お父さまが神様として宿っているんですね。僕の場合は、全然実践できていなくてバチが当たるくらいですが、その信仰心の元は、高校時代の恩師(武元前川氏)です。特にもう亡くなったということもあって。人から見たら宗教か、と言われるくらいかもしれませんが、そういう精神がやっぱりあるんですね。恩師から言われたことで『努力したからって報われるわけじゃない、でも努力しないと報われない』という言葉があって。みんなが報われるわけじゃないけれど、やっぱり努力しないとうまくいかない。届くか届かないかわからないけれど、ジャンプし続けることが大事かな、と今も思っています。

貴乃花 それ、うちの親父もおんなじことを言っていました。努力しても報われないけど、努力しないと意味がないと。

村田 努力したからって、努力ほど裏切るものもないじゃないですか。

貴乃花 それは、本当に経験のある指導者の方しか言えないことですね。凄い話です。今自分が子どもにそう言えるかといったら、言えないですもん。

村田 僕もとても。お父さん努力したらチャンピオンなっちゃったわ、ゴメンな、ってなもんで(笑)。

子どもには、同じ苦労はしないでと。

貴乃花 血を分けた子どもには、同じ苦労はしないで、とやはり思いますしね。

村田 頼むからボクシングだけはしてくれるな、と思ったり、でもちょっとやってほしいと思う気持ちもありますし。

貴乃花 私はやはり、親父が大関だったので、お父さんが一番頼もしいんだ、強いんだ、と見ていたのに、なんで横綱になれないんだ! という気持ちが芽生えて。それがなければやっていなかったでしょうね。

村田 なんでしょう、仇討ちのようなお気持ちだったんでしょうか。

貴乃花 そうでもないんです。もともと親父は水泳の選手で、バタフライの中学記録なんかを持っていたらしいんです。私が子どもの頃数回だけ一緒に旅行に行って、プールで泳いだら、まさに水を得た魚で。それが突然力士になった人だったんです。だから、親父が続けていたら、私も水泳をやっていたかもしれない(笑)。

村田 それでも成功していそうです(笑)。しかし、それこそ運命だったのかもしれませんね。道が変わって相撲に行かれて、貴乃花さんに継がれて。

壁に胸をつけて四股を踏むのが当たり前。

貴乃花 相撲はかじってもいない人が、当時の史上最年少で十両になったんですね。よほど身体のバネや足腰を、厳しく鍛錬していないと無理なんですよ、どう考えても。

村田 それだけ才能もあった。

貴乃花 修業の一環で、風呂流しというのがあるんです。銭湯で師匠の背中を流すんですね。それで、あるとき師匠をふっと見たら、お湯に浸かってあぐらをかいて、つかまるところもなく、修行僧みたいに座っているんですよ。普通ならフラフラしちゃうようなところで。何なのかな、あれ? と思って。それは引退して運動していなくても、座っているだけで足腰、今言われるインナーマッスルを鍛えていたんですね。

村田 体幹だとか。

貴乃花 まさに。外の筋肉は落ちても、骨格筋というか体幹は一生の杵柄だ、と言われるんです。こっちはヘトヘトで稽古を終えて、なんとかピシッとして風呂流しをしているんですが、その弟子たちに、風呂でゆっくりしながらも、できるか? できるようになれ、と無言で教えているんですね。

村田 できるようになったんですか?

貴乃花 ならないんです(笑)。だから、運動神経によほど自信があったんだなと。四股についても言っていたのが、壁にくっついていると身動きとれないじゃないですか。それで四股を踏むのが当たり前だ、と。

自分の肉体感覚、精神を鍛える。

村田 壁に背中をつけるんですか?

貴乃花 胸をつけるんです。密着して腰を下ろして、足を上げる。

村田 えぇえ!?(笑)

貴乃花 壁がなくてもその形で踏むのが本当の四股なんです。丹田から頭の軸が、下半身に通っていないとできないんですね。

村田 相撲のトレーニングで一番きついのは四股だと聞いたことがあります。

貴乃花 基本は四股と鉄砲と摺り足です。これはちゃんとやればやるほど大変で、逆にこれさえ苦しんで毎日やっていれば、どうにかなっちゃう。精神的にも鍛えられる。同じことの繰り返しなんですが、やればやるほど軸がブレてきちゃうんです。それを寸分の狂いもないようにやっていくには、自分の感覚を鍛えるしかない。

村田 もう完全に無意識の状況ですか。

貴乃花 そうです。まわしって、巻くと言わず締めると言います。おへその下の丹田を中心軸に、ここに腰で締める。そして、頭で結っている髷。髷の結び目を上に引っ張ると、身体の軸を意識できます。この正面から見た軸、それと、横から見た軸。これが重なるところが、丹田です。この丹田が出ていないといけません。相撲では突き押しというものがありますが、それは結局腰の回転で、それを鍛えるのが鉄砲なんですね。そして、足を踏み込めないと、相手を押せない。それが摺り足です。その原型、足を上げる前の形が四股です。

村田 それがなければ、結局は崩れた形になってしまうということですか。

貴乃花 そうなんです。ケガもしやすくなります。股関節の間の軸、戦っている間にここから頭が出てしまうと負けです。

スポーツに共通する“斜めの動き”。

村田 ボクシングもそうです。絶対、頭が軸から前に行ってしまってはダメです。

貴乃花 軸がブレると、相撲でも簡単に押されるし、倒されるし、はたかれる。ですから、ブレないように腰でくっついていく。それが四股、摺り足、鉄砲の基本なんです。

村田 相撲の稽古に参加させてもらったことがあるんですが、僕は鉄砲の、右足を出しつつ右手を出すという動きがつかめなかったんです。西洋的なスポーツって斜めの動きで、右ストレートを打つなら左足を踏み込みますが、相撲は違うのかなと。

貴乃花 いえ、相撲もそこは同じなんです。流れるような踏み込みで、一瞬のうちに右足を出したら左手が出ないと、腰がぶつかっていかなくて力が出ない。鉄砲がそうなっているのは、手を柱から片方しか離さずに行うことで、身体の軸がブレる動きを制限して、わざときつい動きにしているんです。

 本当にやるときには、足のかかとから裏を全部地面につけて、腰の中心の丹田をぶつけて、まっすぐ突いていく。今で言う初動負荷の運動の原型です。手を離さずに全身をつなげて鍛えるのですごくきついです。そして実戦では自然に左足が出たら右手、右足が出たら左手、となる。

村田 そうなんですね。僕は自分では、あれは左右に軸が2つあるナンバの動きなのかと思っていました。

貴乃花 そういうわけではないんです。動きを制限するということですね。そして腰をできるだけ、地面につくくらい低くする。一番やらなきゃいけないのが、一番きつい、低い状態です。相撲は無差別級で大きい相手もいますから、きつい動きをしておかないといけない。手を離して鉄砲をすれば楽なんですよ。パチャーン、パチャーンと柱を叩けばいい。あれは違うんです。腰を入れて、ドスーンといかないといけない。

「四」はバランスを司っている4つの骨。

村田 こんなことを言うとアレなんですが、稽古を拝見したとき、鉄砲は鍛えるというより、型の練習なのかなと思ってしまったんです。そんなことはないんですね。

貴乃花 基本中の基本で、基本が一番きついんです。最初は四股からで、多少ブレてもとりあえず足が上がるようになるところから教えるんですね。二足歩行のバランスを司るのは土踏まずです。それで、四股って四つの股と書きますけども、土踏まずの後ろ、かかとの骨が1個、それと前の親指の付け根の骨で2個。かける両足の2で、4つの股の四股なんです。

村田 ええっ、そうなんですか!

貴乃花 漢数字の四は、バランスを司っている4つの骨という意味なんです。こうやって(足で床をつかむように実演しながら)土踏まずで土をつかまないと意味がないので。そして、ブレないように足の内側に締めながら、かかとを親指の方向に動かす。これが四股なんです。

村田 うわ、全然できない。いや、凄いな。

貴乃花 相撲が厳しいのは、こうやって内に締めておくだけでは、上から乗っかられると、それこそ靱帯をやられておしまいなんですね。だから開くんですが、内に入れたまま開く。それで戦うのが相撲なんです。

村田 内に入れたまま開く。

貴乃花 足が揃っていると、どんな人間でも正面から押されてしまいます。でも、そこからこう(上体を斜めに回す)すると、ロックがかかって押されにくくなります。こうして応戦するんですね。でもあくまでも、身体、頭はまっすぐなんです。簡単といえば簡単なんですが、このきつさがわかっていないと、なかなか。

精進は一生続くのが相撲道の根本。

村田 しかし確かに、四股ってどうして四つの股なのかと思っていたんですよ。

貴乃花 片足2つの骨、合計4つを地面から離したらいけませんよ、ということです。靴を履く前、人間の原型の鍛え方です。かかとから土踏まず、かかとから土踏まず、と歩く。これで腰をおとして、かかとをつけて進んでいくのが(実演しながら)摺り足です。かかとをつけて、土踏まずから、指の付け根の骨でつかむ。そのまま前に行く。今度は、軸のかかとに、逆の足のかかとを持って行って進む。

村田 ……ええ!?(笑) いや、僕は足の感覚が全然なくて。うちのジムに山中慎介チャンピオンという人がいて。あの人は、靴が自分の思い通りで、足の指の感覚がつかめていないとダメなんだそうです。でも僕なんかは、シューズはどれでも、(パンチを繰り出しながら)上でパンパーンといけば関係ない、とやっちゃう(笑)。

貴乃花 日本の人は昔、鼻緒のある草履を履いていたじゃないですか。生活の中で自然に、足でつかむ動きをしていたんですね。家の中も畳だし。

村田 何が凄いって、貴乃花さんの足の指の間が凄く開くんです。

貴乃花 (笑)。

村田 縦には曲げ伸ばしできるけれど、横に指を開くのはできないですよ。僕もトレーナーにやってみろ、と言われているんですが、足の指がつりそうになるし、結果が出にくいというか、身につくまで相当時間がかかりそうで……結局やっていないことの一つです。

貴乃花 この自分の軸を鍛えることは、私も一生のテーマです。永遠の精進。鍛錬の上を行かないといけない。相撲が取れない身体になっても、精進は一生やっても足りないよ、というのが相撲道の根本です。相手を常に慮る、勝負が終わったら手をさしのべる、というのが基本です。

初めから正解の通り、では伸びない。

村田 そういうお考えとか、身体感覚みたいなものは、実戦で身につけたんですか。

貴乃花 それはもう、余裕がないので。自分で自分の弱さを追及して、自分に打ち勝たないと、相手のことまでいかない。それが良かったのかもしれません。

村田 考えて考えて、考えた挙げ句、考えなかった方が良かったことはありませんか。

貴乃花 あります、あります。

村田 僕はボクシングをこうやってやろうああやってやろう、といろいろ考えて、結局こっちだった、と元に戻すようなことが多々あって、そのときはなんでこう遠回りしているんだろう、と思うんですけれど。

貴乃花 うちの弟子に教えるときも、結局若い頃ってやり方が無茶苦茶でも、とにかくクタクタになるまでやらせないと、本当のいい身体の使い方って覚えないんです。自分でやり過ぎるくらいやってみて、実戦でやってみて、あ、これが正しかったのか、と。だから決してそれは無駄じゃないんだ、と15年教えてきて年々思いますね。

村田 初めから正解を出して、正解の通りにやれと言っても伸びない。

貴乃花 そうです。だから、相撲も知らずに入ってきた子には、かかとをつけながらやりなさい、としか言わない。段階を経てきてはじめて、こういうものだと。最初から理屈で教えてしまうと、身体で覚えにくいのが若い子かな、と思います。

リングインするときにはもう緊張しない。

村田 僕もボクサーとしては結構年寄りになってきましたが、年下の子にはそれを感じます。しんどいことを続けられなくて、ハウツーというか、攻略本の解答を見たがるような子が多い気がします。

貴乃花 だから、親父の言う、努力したって勝てない、でも努力しないと意味がない、ということを言っていて。答えなんか出なくて、死ぬときまでわからない。だから、ずーっとやらなきゃいけないんだと(笑)。引退して、年々身体が衰えても、四股からずっと確認しながらやっていくことが、精進ということなのかな、と思います。

村田 生涯をかけて、相撲と。

貴乃花 そうです。

村田 そうですよね。僕も、村田さんなんでそんなにボクシング頑張れるんですか、と聞かれることがありますけど……これしかないですもんね。

貴乃花 本当に。やはり私も土俵しか帰るところがなかった。生き場所はここしかない、という思いでしたね。しかし村田さんもチャンピオンになったらなっただけ油断はできないというか、緊張で相手が大きく見えるようなこともあるじゃないですか。横綱というのもそうでしたから。それでも奮い立たせて戦うという、1対1の勝負事というのは大変です。

村田 僕は、リングインするときにはもう緊張しないんです。試合の何日か前までは緊張しているんですが、当日はいつものジムのメンバー、トレーナーさんや会長さんがいてくれる。そこに感謝して上がれると、結構怖くないです。逆に、そういう感謝の気持ちがなくて上がると、怖いですね。

貴乃花 それは会長が凄いんですよ。私はまだ新参者ですが、部屋をやっていると、そういう環境を与えるのは、1年、5年でできることじゃなくて。そう思わせて戦わせるというのは、会長が素晴らしいです。

村田 そう考えると、やっぱり周りに作ってもらったのが今の姿だと思います。武元先生、本田(明彦・帝拳ジム)会長、トレーナーさん。そういうことなんですね。

貴乃花 そうなってくると、ますます村田チャンピオンここにあり、ですね。

村田 そうなれるよう、頑張ります!

(Number949号『スペシャル対談 貴乃花光司×村田諒太「強さとは何か」』より)

文=Number編集部

photograph by Takuya Sugiyama


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