なでしこ猶本光、ドイツ移籍の覚悟。尊敬する安藤梢からの教えを胸に。

なでしこ猶本光、ドイツ移籍の覚悟。尊敬する安藤梢からの教えを胸に。

「いってきます!!」

 終始笑顔を輝かせた猶本光。そこに涙はなかった。

 およそ6年半過ごした浦和レッズレディースから、ドイツのSCフライブルクに移籍を決めた。7月8日、浦和でのラストゲーム後に開催された移籍セレモニーでは、「背中を押してくれてありがとうございます。6年前には、今の自分になれるとは想像していませんでした。これからは、今の自分には想像できないような自分に成長したいと思います」と、サポーターへの感謝のメッセージを送った。

 節目、節目ではいつも涙を見せてきた猶本だが、今回は涙ではなく、笑顔でセレモニーを締めくくった。「泣かなかったね」と声をかけると、「自分でもびっくり」といたずらっぽく笑った。輝かせた笑顔は成長の証であり、未来への希望にあふれたものだった。

U-20W杯からずっと抱えていた思い。

「いつかドイツでプレーをしたい」

 彼女がそう思ったきっかけは、世界トップとの差を思い知らされた2012年のU-20女子W杯だった。3位に終わり、悔し涙を流しながら優勝セレモニーを見つめていた。その時に感じた悔しさこそが、ドイツ行きを決意させた一番の理由だ。

「あの時は、すぐに相手にスピードで追いつかれてしまい、ドリブルができないからパスで逃げるしかありませんでした。身体を当ててもずらされてしまうから、コンタクトを避け、当たらないようにする。そんなプレーばかりしていました。それまでは、日本は技術と判断の速さが武器だし、それで勝てると思っていました。実際にU-17W杯でもそれで準優勝することができたし、それでいいと……。

 でも、上の世代になると実際は違った。多くのことを変えていかないと世界で戦える選手にはなれないのだと思い知らされたのです。そこからいずれドイツに行きたいと思っていました。先輩たちから話も聞いていたし、欧州チャンピオンズリーグ出場のチャンスもありますからね」

「梢さんと一緒にプレーして変わった」

 ドイツ行きのタイミングが今だと思えたのは、昨年度で筑波大学大学院を修了したことも大きかった。なによりも、「自分が選手として、心・技・体のすべての面でそこに行く準備ができたと思ったから」と自身の変化を確信したからだった。

「まず“心”の部分での変化が大きい。メンタル面でのブレがなくなってきました。以前は試合ごとにいい時もあれば、うまくいかない時もありました。練習ではできていても試合になったらいいプレーができないこともあり、課題を感じていました。そんな中、昨年、(安藤)梢さんがドイツから浦和に復帰し、一緒にプレーするようになって多くのことを変えることができました。

 梢さんの動きを見たり、いろいろな話をする中で、どういうプレーをしたら自分が乗れるかとか、試合に入るイメージの作り方も変わった。考え方の面で学ばせてもらったおかげで、ブレなくやれるようになってきました」

「ストレスなく自分の良さを出せている」

 昨年の8月、なでしこリーグカップの決勝での出来事がターニングポイントになったという。

「カップ戦の決勝で、試合に入るときの梢さんの様子が全く違うことに気が付きました。ウォーミングアップを終えてロッカーに戻った際、“スイッチ”が入って声がかけられないくらいの雰囲気でした。私はそれができず、試合でもいいプレーができなかった。その日すぐに相談して話を聞かせてもらいました。その方法を具体的に実践してみたら、本当にうまくいき出したんです。

 私の場合、まず守備からしっかり入って、相手のキープレイヤーをおさえることを意識して試合に入ると、攻守にわたって周りとも良い関わりができるようになりました。結果、ボールを奪って前に運ぶこともスムーズになって、ストレスなく自分の良さを出せていると感じるようになりました」

 スイッチの切り替えを意識したことが、その後のプレーに大きな変化を生み出した。

 心の成長と経験にともない、プレーの変化も顕著に表れた。それは浦和でのプレーのみならず、ここ1年間、代表に招集された際の様子も違ってきているように見える。それは、心・技・体のすべてのバランスがとれ、長年取り組んできたことが、実を結び始めた証なのかもしれない。

ボールに対する体の位置、感覚も向上。

「6年半、いろいろと取り組みました。フィジカル面では、スピードアップ、パワーアップは絶対に強化しなければいけなかった中で、まずはスピードアップに努めました。時間がかかりましたし、まだまだ取り組まなければいけない部分です。ドリブルのスピードも上がって、ボールに対する身体の位置、感覚が変わってきました。

 身体を作ったことで、プレーの幅が広がって、ようやく試合の中で技術を出せるようになってきたと感じています。振り返ってみると、自分が思い描いていた選手像を全部壊すくらいの変化でしたね。毎日、これができた、あれができるようになったという積み重ねでした」

最初は女の子走りだったけど。

「光は、本当に変わりました」

 猶本の成長ぶりを目の当たりにした安藤梢は、自分が取り組んできたこと実践し成長していく姿を自分のことのように喜んでいる。

「最初に会ったのは、およそ6年前。私が、ドイツから一時帰国して筑波大学でトレーニングしていたときのこと。ちょうどそのとき、私がスプリントの練習をしていたので、“ダッシュしてみて”って走らせてみたんです。アスリートの走りではなく、いわゆる女の子走りみたいな感じだったから、“え? それ本気で走っているの? 大丈夫?”っていうのが第一印象(笑)。でも、サッカーが上手な子だなという印象はありました。

 トレーニング、食事面、様々な角度からアドバイスをしてきましたが、半年に一度帰国するたびに、着実にレベルアップしているんです。私はサッカーに関してはかなり厳しく言うタイプなのでなかなかついてこれる子はいないのですが、光はちゃんとついてきました。彼女はとても意志が強く、いつも世界を意識して取り組んでいたからだろうと思います」

選手、人間としてもタフになるはず。

 自身も、'09年にドイツに渡って8シーズン、ブンデスリーガの最前線で活躍をしてきた。日本とドイツの両方を知り、それぞれの魅力も厳しさも知り尽くしている先駆者も、「今なら」と太鼓判を押す。

「実は、以前の光は、私と一緒のトレーニングメニューをこなせませんでした。でも最近は、私よりも1本でも多くやる、倒れこむくらいまで走るなど、追い込めるメンタルも身についてきました。実際にドイツでどれだけできるかは行ってみないと分かりません。激しい当たりなど、その場でしかわからない壁に直面すると思います。

 何より、誰も自分のことを知らない中に入って、自分を認めさせ信頼を得ていかなければいけません。ゼロから自分で切り開いていかなくてはいけない世界です。それを乗り越えることで、精神的にも強くなり、サッカー選手としても、1人の人間としてもタフになるはず。光の成長を楽しみにしています」

「目標はW杯、五輪で優勝すること」

 猶本は移籍先のフライブルクの試合を映像でチェックし、新天地でのプレーを心待ちにしている。当然不安もあるが、何よりそれを上回る覚悟が彼女の支えになっている。

「ドイツは、パワーやスピード、展開の速さはどのチームもあるのですが、フライブルクはそれに加えて、3人目の動きで崩すプレーがあるし、前の選手にアイデアをもった選手が多く、得点シーンもおもしろい。MFとしては、自分の良さも生かせるなと、楽しみにしています。

 '12年の移籍は若かったこともあり、“やってやるぞ”と楽しみしかありませんでしたが、今回は違う。言葉も文化も違って想像できないことへの不安もありますが、次のステップに行くためには、進まなければならない道だと思っています。私にとってドイツに行くという事自体が目標ではなく、目標を達成するための過程です。自分はまだまだ成長しなくてはいけないことに変わりはありません。

 目標は、日本女子代表として、W杯、五輪で優勝すること。そして欧州チャンピオンズリーグでも活躍できるような選手になりたいと思っています。一発勝負の舞台でも自分の力を出せるようになりたい。そのために、何より大事なのは日々の積み重ねです。目標にたどりつけるように、努力を続けていきたいと思います」

 いよいよドイツへと旅立つ時が来た。その先に見える景色はどんなものなのか。

 本当の勝負はここから始まる。

 自らへの期待と覚悟、そして応援してくれた多くの人への感謝の気持ちとともに、羽ばたこうとしている猶本光。「自分でも想像できなかった自分」と出会い、世界で光り輝く姿が見られることを楽しみにしていたい。

文=日々野真理

photograph by Naoki Morita/AFLO SPORT


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