日本女子バレー若きエース候補。黒後愛が“黒後愛”の殻を破るとき。

日本女子バレー若きエース候補。黒後愛が“黒後愛”の殻を破るとき。

 少し伏し目がちに「うーん」と考え込んだかと思えば、目を細め、顔をくしゃくしゃにして楽しそうに笑う。

 黒後愛、20歳。

 女子バレー日本代表の若きエースとして期待を寄せられ、5月から5週に渡り世界各地で開催されたネーションズリーグでも中盤以降はほぼフル出場した。シニア代表として本格的なスタートとなった今季の始まりとしては十分に及第点をつけられる活躍なのだが、試合の話になると、また表情が変わり、一度天井を見上げ、少し、小さな声で言った。

「注目してもらえることはありがたいし、決めなきゃ、決めたい、って思うんです。でも私、何もしてないなぁ、って。前はもうちょっと、ちゃんと結果を残せていた気がして。だから、ライバルは昔の自分なのかな」

 春高バレーで連覇を遂げた下北沢成徳高での3年間は、将来を見据えたチームのコンセプトの1つとして、高いトスを高い打点から思い切り打ち抜く。そんなイメージが先行するせいか、オープンバレーを得意とする印象が強い。

高校入学当初は「高いトスを打て」。

 だが高校入学当初は違った。

「サーブレシーブをしてから中に切れ込んだり、速いトスを打つことのほうが得意でした。でも小川(良樹)先生から『そういう攻撃もいいけれど、今は高いトスを打て』と言われて。言葉巧みに誘導されて(笑)、高いトスを3年間打ち続けました」

 在学中はそれが普通で当たり前。ただそう考えて打ってきたが、卒業してから訪れた母校で、小川監督にその理由を聞いた。

「技が先行する選手は何も考えないでもプレーができる。そうなると自分の体を壊しがちなんだよ。体のこの部分を使ってこう打つとか、しっかり考えないといけないし、自分が知らないうちに体も変化する。愛は、体を壊せる選手だから、そうなっちゃダメだ」

「選択肢を勝手に狭くしちゃっている」

 自身を「典型的な感覚人間」と言うように、黒後は「考えなくてもこのコースに打とう、と思えば打てる」タイプで、まさに小川監督の言葉に当てはまる。事実、まだ体ができていなかった入学直後は、右肘や腹筋の肉離れ、足関節捻挫を何度も繰り返した。

 どれだけテクニックがあっても、それを発揮する体が土台になければ高いパフォーマンスを発揮するどころか、選手寿命も限られる。ウェイトトレーニングや走力トレーニングで基礎体力を培い、体全体を大きく使ったスイングでしっかりボールを叩く。

 技よりもまず、体を磨いた3年間を振り返り、黒後はこう言う。

 あの頃は、今よりも自信を持って決めることができた、と。

「今はちょっと、狭いですよね。幅が。もちろん戦術もあるから、その中でやらなければならないので難しいところもあるんですけど、コースもいろいろなところへ打てていないし、選択肢を自分で勝手に狭くしちゃっているような気がします」

決まって最後は笑顔だったけれど。

 高いトスを自身が打ちやすい打点で打ち分けていた高校時代とは異なり、V・プレミアリーグの東レアローズに入団してからも、試合に出続ける中、口にしてきたのは手応えよりも課題ばかり。スパイクが連続してブロックに阻まれ、勝てたはずの試合に敗れた後も「レフトとライトの違いにまだ自分が慣れていないし、いろんな状況に対応できていない」と反省の弁を述べた。

 だが、その顔に悲壮感はなく、決まって最後は笑顔で「次、また頑張ります」。そう言い続けて来た。

 そんな黒後から笑顔が消え、「バレーの話をするのがきつい」と冗談とも、本音とも言えない言葉が何度も繰り返し口を突く。

 ネーションズリーグの開幕戦となったセルビア戦でスタメン起用されたが、1本もスパイクを決めることができずに途中交代。1本目のパスからスピードを重視する日本のスタイルに、助走の幅を大きく取り、スイングも大きいダイナミックなプレーを持ち味とする黒後はなかなかマッチせず、長所を生かせない。

打数を集めたほうが調子を上がるタイプ。

 自分はこれでいいのか……。増えるのは迷いや不安ばかり。黒後は壁に当たっていた。

 その姿を、下北沢成徳のチームメイトで現在は上尾メディックスでセッターとしてプレーする山崎のの花はこう見ていた。

「愛はもっと打数を集めたほうが調子を上げるタイプだと思うんです。考えて、考え込むとプレーが小さくなってしまうから、そうならないように決まっても決まらなくてもとにかく最初から打数を集めて乗らせる。そうすれば、絶対どんな場面でも決めてくれる。だからもっと愛に集めてもらえたほうがいいんだろうな、ってずっと思っていました」

 ようやく1つ、きっかけをつかんだのが豊田でのオランダ戦だ。セルビア戦以来のスタメン出場の黒後は、自身に託された1本目のトスを思い切り打ち抜く。その攻撃を予測していた相手はややサイド寄りに構えていたため、結果的に正面で待たれる形となり、黒後のスパイクはきれいにブロックされた。

中田監督が語る「彼女しかない強さ」。

 久しぶりのスタメン起用で何が何でも結果を出さなければならない。そこで立ち上がり早々のブロックポイントを食らえば、そのまま心が折れても不思議ではない。

 だが黒後はその1本を、こう捉えていた。

「中途半端にやっても意味がないな、って。自分はまだシニアで始まったばかりだし、決まらなくて当たり前。どシャットされて、逆によかったって思えたし、ダメな時は悪いことしか出てこないけれど、でも、いいことだってある。だから引きずらないで前を向こう、って考えられるようになったし、みんながつないでくれたボールを思い切り決めるだけだ、と開き直れたので、やっと、トスも自分から呼べるようになりました」

 決まっても、決まらなくてもトスを呼び、何度も攻撃に入り、迷わず勝負する。その姿こそが彼女の持つ魅力だと全日本女子監督の中田久美も言う。

「ものすごく細かく考えるところは考えて、でも勝負すべきところでは絶対に逃げない。強さとかパワーとか、そういうものだけではなく、彼女には彼女しかない強さがある。年齢も経験も関係ない。彼女に、このチームを爆発させてほしいと思っているし、それができる選手だと思っています」

「私は世界が相手のほうがいい」

 オランダ戦以後、9試合中7試合にスタメン出場し、少しずつ持ち味も発揮できるようになってきた。そうなれば、当然ながら「もっとこうしたい」と欲も出る。今は攻撃面での役割を果たすことが求められるが、本来はディフェンスが得意でレセプションに入ったほうがリズムをつくりやすく、ジャンプフローターサーブに対するオーバーハンドのレセプションも自信がある。

「今のチーム方針だと私がサーブレシーブに入るケースはほとんどないけれど、周りの状況が悪ければ入ることもある。だからそういう時は限られたチャンスをめいっぱい生かしたいし、できるなら100%返したい。そうすれば、私にも任せてもらえる可能性が増えると思うので」

 パスもして、サーブでもスパイクでも点を取って、バックアタックも積極的に入りたい。伏し目がちになることも、天井を見上げることもなく、目を輝かせて語る、黒後愛のこれから――。

「日本人同士だとすごく細かいところまで戦術を立てて、ものすごく頭を使わないといけないじゃないですか。だから、私は世界が相手のほうがいい。常に高さとパワーで、どうだっていう感じで真正面から戦ってくるから海外との試合のほうが楽しいです」

「沙織さんは憧れだから恐れ多い」けど。

 世界と戦うエースとして期待がかかればかかるほど、常について回るのが、同じポジションを務めた木村沙織の名前だ。誰の代わりでもない。自分は自分だと胸を張ればいいのだが、「沙織さんは憧れだから恐れ多い」と笑いながら、黒後はこう言う。

「木村沙織の後継者とか、木村沙織二世とか、そう言ってもらえることはありがたいです。でも沙織さんは本当にすごいって、今、自分がここに立って改めて思うし、一生近づけないですよね。世界との差は測ることができても、沙織さんとのラインはわからない。だから、どうしたら“木村沙織の後継者”って言われなくなるのかな。たぶん、結果を出すことでしかそうなれないと思うので、いい成績を残したい。バレーボールを、もっともっと頑張ります」

 後を歩く必要などない。胸を張って、日本のエースだ、と言える。そんな日はそう遠くないはずだ。

文=田中夕子

photograph by Shigeki Yamamoto


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