平野佳寿は大学時代から匠だった。メジャー強打者も封じる低めの技。

平野佳寿は大学時代から匠だった。メジャー強打者も封じる低めの技。

 野球雑誌『野球小僧』(現『野球太郎』)の「流しのブルペンキャッチャー」を始めて3年ぐらい経った頃だ。

「京都産業大の平野のボールを受けたい」と編集部に申し出たら、

「誰ですか、それ?」

 と言われて、ボツになりそうになった。

 当時、ドラフト戦線で話題をさらっていた創価大学・八木智哉(日本ハム・希望枠)のように、クロスファイアーとフォークでバンバン三振を奪えるわけでもなく、東北福祉大・福田聡志(巨人・希望枠)のような“ブルブル震える150キロ”があるわけでもない。

 140キロ前半だけど低めのコントロールの抜群で、リーグ戦でも投げるたびにいつもいいピッチングのできるコンスタントさが身上で……。

 少々、説明に時間のかかるタイプの投手だった。

 それでも、捕手が構えたミットに80%前後決められるコントロールを、リーグ戦のピッチングで何度も見ていた私は、なかば強引に編集部に取材の了承をとりつけ、京都産業大グラウンドのブルペンで平野佳寿投手のピッチングを受けることになった。

「変わらないなぁ……」という安心感。

 7月4日のカージナルス戦、ダイヤモンドバックスのセットアッパー・平野佳寿の「連続試合無失点」の記録が「26」で止まった。

 いつものように7回にリリーフのマウンドに上がった平野佳寿は、いきなり8番ヤイロ・ムニョス遊撃手にライトへホームランを奪われ、2013年に上原浩治投手(当時レッドソックス)がマークした「27試合連続無失点」という日本人最長記録にあと一歩のところで、惜しくも記録がついえた。

 メジャーリーガーになってからの「平野佳寿」を球場で見たことはない。今年は、NHK・BSのメジャー中継で見るだけになった平野佳寿だが、見るたびに思うのは、

「変わらないなぁ……」

 という一種の安心感だ。

メジャーに行っても変わらない顔つき。

 そりゃあ、世界の野球の“最高峰”へ行ったのだ。去年までと同じじゃ通用しない。もっとよくならないとやられてしまう……。そんな危機感や高揚感や、気負いもあろうし、場合によっては焦りもあろう。当然のことだ。

 こっちで投げていた頃とはちょっと違った顔つきになって奮投するのが、これまでの“和製メジャー投手”たちだったように思う。

 あのダルビッシュ有だって涼しい顔で投げるようになったのは、メジャーリーガーとしての市民権を得たあたりからで、メジャー1年目最初の3、4カ月までは“あれっ……今、投げてるの、ダルビッシュだよね……?”と、あらためて画面を見直すことが何度もあった。

 なのに、平野佳寿は「京セラドーム」や「千葉マリン」の最終回に守護神として投げていた頃と、同じ表情で投げているからスゴイ! と思う。

 とにかく、低い。

 長身のメジャーリーガーたちの両サイド低め。外角低目も目から遠いから、バットの芯で捉えるのは難しいが、足元の内角低目だって、もしかしたらもっと見にくいかもしれない。

 そこを丁寧に、丁寧に、しつこく、しつこく突いていく。

「自分、低いんで、気ぃつけてくださいね」

 京都産業大の頃の平野佳寿も低かった。

「自分、低いんで、気ぃつけてくださいね」

 ピッチング前に握手を交わしてマウンドへ向かっていく時、京都出身らしい柔らかいもの言いで気遣ってくれたのがなつかしい。

 本当に低かった。

 腰を下ろして、ベルトの高さで構えると、もっと低いゾーンに快速球を集めてきた。

 長い右腕がグニャリとしなって高い位置から振り下ろされると、ショートバウンドか? とハッとするほどのものすごい角度。

 地面から這い上がってくるように、140キロが“股間”の高さを襲ってくる。だからある意味、“150キロ”より怖かった。高く抜けたボールは確か、2球か3球だったと思う。

メジャー相手に「粘らせている」?

 低めを自在に使えるから、今の平野佳寿は“高め”を操れるようになった。高めとは、打者の胸から顔の高さのこと。そこは危ないぞ……という意味の、いわゆる「高め」とは、ベルトの高さのことだ。

 しつこく、しつこく、低めに集めてから、思い出したように高めを1つ挟んで打者の視線を動かしておいて、そこから再び低めを突く。打者には余計に遠く見えて、打ち損じてしまう。

 メジャーに行ってからの平野佳寿は6球、7球、打者にファールで粘られることがある。しかし、そこから打ちとっている姿を見ると、わかっていて打者に「粘らせている」ように見える。

 相手は一流のメジャーリーガーばかりだ。簡単に打ち取れるわけもない。何球も振らせてから料理するのも“手”なのでは……。訊いたわけじゃないが、そんな“計算”が透けて見えることがある。

 ファールを打たせている時のボールは「ストレート」だ。たまに150キロに達することもあるが、アベレージは145キロ前後。それでも、存分に腕をしならせて、低めに丁寧に、生きたストレートを投げれば、そうやられることはない。

 そんな“確信”を胸に秘めているからこその「魂の投球」なのだろう。ただ、どうってことはない……みたいな表情で投げてくるから、打者の闘争心もそこまで昂ぶることはないのか。

 最後は、1つ前の速球と同じ高さから勝負球のフォークを落として切り抜けてしまう。

 こういうのを「技術」というのだろう。

厳しいコースを突く時の重要性。

 球威で圧倒できるほどではないのか、平野佳寿は時々、アッ! と思うような打球を弾き返されることがある。しかし、それがフェンスまであと1歩届かなかったり、野手の正面を突いて、ホッと胸をなで下ろす。そんな場面が何度かあった。

 以前、あるプロ野球投手が、こんなことを言っていた。

「ポテンって、くやしいじゃないですか。勝った! と思った打球が間に落ちて、ヒットになる。“あれ、なんでポテンになるのかな……”って考えて、力で負けたって、ずっと思ってたんですよ。でも、違いますね。コースで負けてるんですよ。ボール1つ中だったり、ボール1つ高かったり……。完全に芯を外してない。逆に“やられた!”と思ってもアウトになる時って、ボールの力よりコースが厳しくいった時なんです。これ、間違いないですよ、何度も確かめましたから」

 その“経験則”に気づいた時から、彼はコントロールの本当の大切さを思い知ったという。

「バランスボールの上でシャドーできる」

「平野のボディーバランス、ほんま驚きますよ」

 取材後、京都産業大・勝村法彦監督が教えてくれたのを思い出した。

「あいつ、バランスボールの上に乗って、シャドーピッチングやれますから」

 平野佳寿の全力投球を受けたのは、確か4年生の春のシーズンが始まる少し前。あいにく、みぞれ混じりの雨がそぼ降るほどの凍える日だったのに、平野佳寿のコントロールがブレることはない。股間の高さに集中した彼の快速球と変化球に、寒い気候だったというのに私は背中にビッショリと汗をかいた。

 この場面、どんなボールをどこに放れば、どんな打球がどう飛んでいくのか。その“どこ”を大切に、丁寧に、丁寧に、全力で腕を振れば、相手がメジャーリーガーだろうが、なんだろうが、抑えられる。

 そんな確信にあふれた投げっぷりが続く。

メンタルの強さに“答え”をもらった。

「メンタルの強さ」とは何か?

 すっきりした答えがなかなか出なくて、ずっとモヤモヤしていた命題に“答え”を、メジャーリーガー・平野佳寿からもらったような気がしている。

 今、自分が何をすればよいのか。ピンチの時でも、それを具体的にしっかりとわかっていること。そして、それをその通り体現できる力。

 平野佳寿にとって日本球界で最後のキャンプになった昨春のオリックス・清武(宮崎)キャンプ。

 陸上競技場で1人走る平野佳寿を見つけ、一段落つくのを待って、「その節はたいへんお世話になりました」と12年前のお礼をしたら、彼はもう“その時のこと”をすっかり忘れているようだった。

文=安倍昌彦

photograph by AFLO


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