塩谷司はUAEで代表復帰に燃える。「意志が強いとは思わない。でも」

塩谷司はUAEで代表復帰に燃える。「意志が強いとは思わない。でも」

 トンネルを抜けた先に、栄光が待っていた。

 塩谷司、29歳――。

 2016年、オーバーエージ枠で参加したリオデジャネイロ五輪で失意を味わい、翌年のJ1ではサンフレッチェ広島が残留争いに巻き込まれた。

 このままじゃいけない。

 シーズン途中の6月、彼は海を渡る決断を下した。オファーが届いていたUAEの強豪アルアインへの完全移籍。あれから1年、彼はチームの主力を担い、3年ぶりのリーグ優勝に貢献した。

 地元UAEで開催される12月のクラブワールドカップの出場権を得るとともに、来年1月に同じUAEで行われるアジアカップにも意欲をのぞかせる彼がいた。

 濃密な時間を過ごしてきたことは、表情を見れば一目瞭然である。

 6月、日本に帰国していた塩谷に1シーズンを振り返ってもらうと「すべてがいい経験になりましたね」とその顔をこちらに向けた。

病室にまでファンが押しかけた人気ぶり。

 アルアインはUAEの司令塔を務めるオマル・アブドゥルラフマンをはじめ同国の代表メンバーが揃い、日本でもお馴染みのカイオ、ドウグラスのJリーグ組もいた。スウェーデン代表マルクス・ベリは今回のロシアワールドカップでも活躍している。

 このチームで塩谷は右サイドバックで定位置をつかんだが、最も多く起用されたのは左サイドバックだった。

「個で勝負するチームが多いなかで、アルアインはパスをつなぐサッカーを目指していました。リーグ全体で言うと、ちょっとPKが多い。ペナルティーエリア内でそのタックルするの? っていうのも少なくないんです。だから自分も影響されないようにと意識してプレーしていました」

 昨年11月には肩を負傷して手術を受けた。クラブの公式インスタグラムでは病室でカンドゥーラ姿の男性たちと映り込んだ写真がアップされている。

 アルアインの関係者かと思いきや「そうじゃないんです」と打ち明ける。

 塩谷の手術成功を喜んだアルアインのファンが、病室まで押しかけてきたとか。セキュリティーの問題はさておき、塩谷人気を表わすエピソードの1つである。

イランの“ド”アウェーで鍛えられたメンタル。

 復帰したのが1月12日のアウェー、アルワスル戦。この試合は初めてボランチで起用され、3−1で勝利している。

「イエローカードをもらったのはこの1試合だけでした。まさかボランチをやらされるとは思わなかったですけど(復帰して)しっかり勝つことができたのは自分としても大きかった。結局リーグ戦は1敗しかしなかった。

 ケガをして2カ月ほど試合に出られない時期もありましたけど、この間に日本に戻って1回リセットできたのも良かったのかな、と」

 得点能力の高さも見せつけた。リーグ戦では3ゴールをマーク。ACLでも3月のエステグラル(イラン)戦でミドルシュートを決めている。

 中東の環境によって「メンタルも動じなくなった」という。

「イランで試合をしたとき、7万人とか8万人のファンが集まってそれも男性だけ。“ド”アウェーのなかで試合をやるので、メンタルはかなり鍛えられたと思います。最初は手探りのところもありましたけど、段々と馴染んでいけたかな、と。

 日々のトレーニングや生活でも、それは同じです。日本は練習時間にきっちり始まるのに、アルアインでは5分ぐらい遅れて選手たちは出てくる。文化や気風の違いと受け止めて、そこにストレスを感じるんじゃなくて逆に馴染もうとする。チームでの食事もそうです。(中東の)いろんな料理が出てきたりしますけど、おいしく食べています」

元Jリーグ組の存在も大きかった。

 周囲の支えも大きかったという。

 日々の食事面は妻が全面的にサポートしてくれた。家族の存在によって、精神的なストレスを感じずに済んだ。

 そしてカイオ、元広島でチームメイトのドウグラスの存在。ドウグラスはシーズン途中で移籍してしまったものの、分からないことはアドバイスをくれた。アルアインで活躍することが、周囲への恩返しであった。

広島で5年、何かを変える必要があった。

 1年前の塩谷は、苦悩の淵にあった。

 リオ五輪で力を発揮できず、チームはグループリーグで敗退。広島に戻ってきてからも調子が上がっていかなかった。2017年シーズン、サンフレッチェは勝利に見離されて下位に低迷した。苦悩はより深くなっていた。

 当時の心境を尋ねると、彼はしばらく考え込んでから語り始めた。

「広島で5年やってきて、広島で現役を終えることも考えてはいました。ただ、成長が止まっているなと感じていて(チームも)勝てない。どんどん深みにはまっていくじゃないですけど、何かを変えなきゃいけないと思ったんです。

 そんなときに移籍のオファーがあったんです。悩みましたけど、海外に行くことによって何かが変わるんじゃないか、自分の人生にプラスになるんじゃないかって」

 周囲には引き留める声も多かった。有難かった。しかし今、決断しなければ「変わることなんてできない」と彼は思った。

今なら、自分の弱さを認めることができます。

 外から眺めてみれば、意志の強いプレーヤーに思える。だが自己評価は、まったく逆だ。

 彼は苦笑いを浮かべて言う。

「はっきり言って、意志の強い人間だとは思っていません。というのも、本当に意志の強い人たちを僕は見てきましたから。本当に強い人であれば、今の環境のなかで自分を変えられると思うんです。でも僕にはそれができないと思った。だから環境を変えることで、自分を変える力にしたかった。でも……」

 でも?

 彼は再び言葉をつむいだ。

「でも昔なら、意志が弱いと認めることもできなかったのかもしれません。ハッタリを言っていたかもしれません。でも今なら、認めることができます」

 自分の弱さを見つめ、認め、克服しようとしてきた。その先にアルアインでの輝きがあった。

 成長曲線は停滞の時期を終え、上昇に向かおうとしている。その実感を得ることでもできている。

クラブワールドカップで日本にインパクトを。

 チャンピオンとして迎える新シーズンの開幕は8月末。12月にはクラブワールドカップも待っている。広島時代に過去2度出場している大会だ。

 さらに日本代表復帰にも意欲を燃やす。アジアカップは2015年のオーストラリア大会のメンバーに選ばれたものの、出場機会は訪れなかった。両大会がUAEで開催されるのも、何かしらの縁を感じている。

「1年目で少なからず成長できたという思いはあります。生活のリズムや試合のリズムも分かったし、もっとパフォーマンスを高めていくことができると思うので。

 クラブワールドカップは、映像で日本の方に見てもらえるチャンス。ここは凄くモチベーションになっています。そしてアジアカップも目指したいと思います。まずはその(代表)レベルまで自分を引き上げていかないといけない。いろんな意味で、大事なシーズンだと思います」

 復活の序章から本章へ。

 反転攻勢。塩谷司がアラブの地で勢いを加速させる――。

文=二宮寿朗

photograph by Yuki Suenaga


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