公式カメラマンだけが踏み入れたサンウルブズの“聖域”ロッカールーム。

公式カメラマンだけが踏み入れたサンウルブズの“聖域”ロッカールーム。

 先々週の金曜日だった。ロシアW杯決勝を2日後に控え、世界はまだサッカーを中心に動いていた。その夜、サンウルブズはスーパーラグビー2018シーズン最後の試合をオーストラリア東岸の街ブリスベンで迎えた。

 3年目のシーズン、ここまでの成績は3勝11敗。リーグに初参加した2016年は1勝、昨年は2勝、数字だけを見ればまるでガラパゴスゾウガメの前進だ。いや、ゾウガメの歩みの方がまだ速いかもしれない。

 でも、勝利の内容は今シーズンに入って格段に良くなった。スクラムコーチを務める長谷川慎さんの言葉を借りればこうなる。

「去年までは、え? 勝ってもうた! みたいな勝利だったんですけど、今シーズンは、この試合は絶対に勝てるやろ、と思っていた試合は確実に勝てました。おまけに、今シーズンはどのチームもサンウルブズに対して一切手を抜いて来ない。そこはものすごく大きな差です。今週はいけるやろ、って毎試合信じて戦ってこられたシーズンでしたね」

消化試合という概念は存在しない。

 それでも3勝12敗。1試合を残して、サンウルブズは所属するオーストラリア・カンファレンスの最下位に甘んじていた。そして最終戦の対戦相手レッズは、同カンファレンスの下から2番目だった。お互いにプレーオフ進出の可能性は、はるか以前に失っている。

 シニカルに言えばこれはビリ争い、ただの消化試合にすぎない。しかしサンウルブズにも、レッズにも、そしてラグビーの世界にも、消化試合という概念は基本的に存在しない。

 試合までの数日間、サンウルブズはブリスベンから車で1時間ほどのところにあるサンクチュアリー・コーブで合宿を張り、念入りに最後の準備を重ねていた。

 あと1試合でシーズンは終わる。肉体と精神の疲労はほぼピークに達しているはずだ。でも誰も気を抜かず、誰もあきらめていなかった。

 スクラム、ラインアウト、攻撃パターンの確認、ジムでのフィジカル、集中と笑顔と仲間への掛け声の絶えないトレーニングをサンウルブズは継続していた。そしてそんな彼らの姿を、僕は南半球の暖かな初冬の日差しの中で、この人たちって本当にタフだな、と感心しながら、グラウンドの周りで草を食むカンガルーと共に眺めていた(この国の田舎に行くと、本当にそこら中に野生のカンガルーがいるのだ)。

最終戦のキーワード「Last Hunt」。

 サンウルブズは毎試合、1つのキーワードを掲げて次の試合への準備を行う。

 Last Hunt。シーズン最後のキーワードは「最後の狩り」だった。ピッチ上の15人が1つとなって獲物を仕留める。いかにも狼たちの集団らしい言葉だ。

 相手のレッズはおよそ2カ月前の秩父宮ラグビー場で、サンウルブズが今シーズンの初勝利を収めた相手だった。63−28、スコアもそして内容も完璧な試合だった。

 しかし試合前日夜のミーティングで、選手たちを前にディフェンスコーチ、スコット・ハンセンは手短にこう伝えた。

「レッズは君たちにどれだけの屈辱を与えられたか忘れてはいない。明日の試合は間違いなく全力で我々を潰しに来る。特に、最初の20分間、ここを全力で仕掛けて来るはずだ」

 スコットの予言通り、レッズは前半から猛烈なプレッシャーをかけてきた。しかし、サンウルブズもまた冷静にそのプレッシャーに対峙し、相手の足が止まった時点で仕掛け返そうとしているように見えた。前半35分で22−13、相手の脚は後半必ず落ちてくる、サンウルブズに間違いなく勝算はあった。

前半途中で1人少なくなる逆境。

 しかしながらその2分後、サンウルブズのエドワード・カークが密集の中で相手選手の頭に向けて故意に拳を見舞ったとして、一発退場を宣告される。厳しいジャッジだった。厳しすぎるジャッジだった。

 アクシデント、あるいは故意、レフェリーの判断をどう捉えるかはそれぞれがどういう立場に立っているかによる。僕にはカークのそれが悪質なプレーには見えなかったが、ニュージーランド人のレフェリーにはそう見えた。ポケットから赤いカードを出す彼に躊躇はなかった。

 今季サンウルブズのキャプテンに指名された流大に言わせれば、このチームはまだ1人少ない状態でもスーパーラグビーのチームに勝てるだけの力はない。あるいは、スーパーラグビーに参加する15チーム中、前半36分に1人少なくなった状態で逆転劇を演じられるチームはほぼいない。

 80分が経過し、スコアは48−27、サンウルブズは結局3勝で3年目のシーズンを終えた。

「あと数試合、勝てたっすね」

 試合の翌日、チームはブリスベンの中心街から徒歩で20分ほどのところにある瀟洒なカフェに集まり、最後のランチをとった。

 ビール、コカコーラ、ミネラルウォーター、それぞれが好みの飲み物を注文し、まずはシーズンを闘いきったことに乾杯する。お疲れ様でした! 誰もがその後に「長かったなあ」と言い、「いや、でもあっという間だったよね」というセリフを続けた。

 僕の前にはプロップの浅原拓真が座っていた。

「いやー、疲れたっすよ。でも楽しかった。もうあと数試合、勝ちたかったすね、勝てたっすね」

「確かにもう一巡やったら、もっと勝てるだろうね」と僕が付け加えると、バズ(浅原の愛称。映画『トイ・ストーリー』のキャラクターにそっくり)はいつもの屈託のない笑顔とともに、首を大きく横に振って答える。

「いえいえ、もうみんな、身体も心もボロボロっすから」

 チームはレストランで2時間ほどランチを楽しむと、ホテルに戻り空港へ向かうバスへ乗り込む。これで本当に彼らとはお別れである。別府でのプレシーズン合宿が始まったのは1月の最後の週。そこからおよそ5カ月半、サンウルブズの面々はほぼ毎週、肉体を鍛え、技を磨き、チームワークを高め、闘い続けてきた。

ドクターはサーカス一座にたとえた。

 前回サンウルブズがオーストラリアに遠征してきた際、ほぼ全シーズンチームに帯同した坂根正孝ドクターは宿泊先のメルボルンのバーで、この5カ月半を旅のサーカス一座にたとえた。

「座長がいて、副座長がいて、空中ブランコの得意なのも、曲乗りが得意なのもいる。動物もいれば、動物の世話係もいる。みんなで旅をして、ある街で興行を打って、お客さんを楽しませる。そしてまた次の街へと移動する。長い旅だから、小さな揉めごとも起こるし、病人やけが人も出る。それをみんなで解決しながら、旅を最後まで続ける。そんな感じですかね。私は好きですよ、こういうの」

 僕は彼らのバスをホテルの前で見送ると、小さなため息をひとつつき、日常へと戻る心の準備を始める。5カ月半、僕もまたサーカス一座の一員として、いくつかの旅を共有させてもらった。それはどれも本当に素晴らしい旅だった。

ロッカールームを撮影する喜び。

 そして、最後のレッズ戦では試合前のロッカールームでの撮影を許可される、というサプライズもあった。

 目の前には、張り詰めた空気の中、グラウンドへ向かう数分前、互いに抱きしめ合い、勇気を与え合い、最後まで仲間のために闘い抜くことを誓い合う選手たちがいた。敬虔なクリスチャンである3人の南アフリカ人は片膝をついて神に祈りを捧げていた。そして最後はロッカールームの中心で全員が円陣を組み、雄叫びをあげた。

 なぜ最後の試合でこの聖域を分かち合える許可が出たのか、僕には正直わからない。腰痛の治療のためにチームを離れたジェイミー・ジョセフの代わりにチームを率いていたトニー・ブラウンが、最後の最後で僕もチームの一員として認めてくれたのか、あるいはシーズン最後の何のタイトルもかかっていないゲームだったからなのか。

 もし前者なら、これほど嬉しいことはない。

 もし後者なら、是非とも来シーズンは最後の最後までカメラマンなど立ち入ることのできないサンウルブズのロッカールームであってほしいと心から願っている。

文=近藤篤

photograph by Atsushi Kondo


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