大木武と選手たちの幸福な関係。京都サンガを旅立った男たちの再会。

大木武と選手たちの幸福な関係。京都サンガを旅立った男たちの再会。

 恩返しと呼ぶには、あまりに痛烈な一撃だった。

 7月29日のJ2リーグ第26節、FC岐阜vs.大分トリニータ戦。立ち上がりはホーム岐阜のペースで進んでいた試合の様相が、前半19分に一変する。

 ピッチの中央から大分MF丸谷拓也が速く強いグラウンダーのボールを蹴ると同時、いや蹴る直前だったか。前線にいた三平和司がスッと動き出す。岐阜のCB田森大己と北谷史孝を置いて、ふたりの間から裏へ抜けると、利き足ではない左足で絶妙のトラップ。右足で撃てる位置にボールをコントロールすると、少しの淀みもない一連の動きでそのままシュート。スペイン人GKビクトルの逆をとり、左下隅に先制ゴールを奪って喜びを爆発させた。

「トラップがすべてでした。右足ならともかく、左足であのトラップができるとは思わなかった。マル(丸谷)のはシュートだったと思うんですけど。あのタイミングで抜け出せれば、GKがシュートをこぼしたときでも、自分が詰めに行けるだろうし。パスだとしてもうまくもらえる可能性があったので。どちらの対応もできるようにイメージしていた」

大木チルドレンの三平と福村。

 この場面、対応していた田森からすると「丸谷がシュートを撃つことも分かっていて、三平が出て行くのも分かっていた。オフサイドだと自信を持っていた。自分が油断をしていて、あそこ(自分の足元近く)を通されたのならともかく。シュートも三平の動きも両方見えていたのに……」と、ひじょうにやり切れない様子。

 その一方で、決めた三平によれば「自分としては、これ余裕でオフサイドじゃないと感じていた。だからゴールしたあと、副審を見て確認もしなかった。抜け出した時点で『よっしゃあ』って感じだった」と、見解は正反対。それだけ紙一重の攻防だったと言えそうだ。

 じつはこのふたり、そしてこの試合で岐阜の左サイドバックを務めていた福村貴幸は、かつて京都サンガで一緒にプレーをした元チームメイト。そして、そのとき京都の指揮を執っていたのが、現在岐阜の監督を務める大木武だ。

高校生だった久保裕也らを登用。

 南アフリカW杯でベスト16入りした日本代表のコーチを務めたあと、4度目のJ2降格をしたばかりの京都に招聘される。最初のシーズンは序盤のつまずきが響き、リーグ7位にとどまったものの、天皇杯で準優勝した。

 まだ高校生だった久保裕也(ベルギー・ヘント)を筆頭に、若手選手を次々と登用。従来の京都とは一線を画する攻守にアグレッシブなサッカーを展開する。が、翌'12年シーズンは勝ち点2差で自動昇格を逃し、昇格プレーオフで敗退してしまう。

 今度こそはJ1復帰。そんな期待が高まった大木・京都の3シーズン目に、完全移籍してきたのが三平だった。

大木監督と出会って幅が広がった。

 少年時代はヴェルディSS相模原に所属。'10年、神奈川大在学時から特別指定選手としてプレーしていた湘南ベルマーレに入団。'12年には期限付き移籍2年目を迎えていた大分で14ゴールをあげ、チームのJ1昇格に貢献していた。

 京都では2トップの一角や3トップの右ウイングでプレーして、リーグ戦出場38試合で7得点。開幕3試合目のアビスパ福岡戦では87分から途中出場して、終了間際にダイビングヘッドで決勝ゴール。チームにシーズン初勝利をもたらしたり、鹿児島・鴨池で行われたカターレ富山戦でテクニカルな股抜きゴールをあげたりと、記憶に残る活躍に加え、サービス精神旺盛なキャラクターにより、苗字を音読みにした「サンペイ」のニックネームで人気を集めていた。

「周りから見ている人たちが、京都に行って自分が変わったと言ってくれる。前に大分にいたときの自分は簡単に言うと、とりあえず走ることしか考えていなかった。動き方だったり、どこに動くのかだったり。そうやって考えてプレーするようになったのは、大木さんに出会ってから。それが、いまに生きているのだと思う。

 練習でボールを触る回数が、それまでとは全然違ったんで。幅が広がりました。本当に、大木さんのおかげで、いまの自分があるので。良いプレーができてよかったです」

「教え子なんて言い方は、好きじゃない」

 以前、指導者が選手に与える影響について、大木監督が言っていたことがある。

「教え子なんて言い方は、好きじゃないよね。ただ一緒にサッカーをやっていましたってだけの話で。その指導者の色一色に、選手が染まるなんてことはあり得ないよ。だって、ひとりの選手が持っている可能性やキャパシティって、そんな小さなものじゃないから。色でたとえるなら、選手という大きな真っ白いキャンバスに、ちょっとした点がひとつ描かれるくらい。その程度のものですよ」

 昨今スポーツ界のさまざまな競技で問題視されている、監督と選手の支配と従属とは、まったく違った関係性がうかがえる。

 結局、'13年シーズンもリーグ戦は3位、2年続けて昇格プレーオフで敗退してJ1復帰はならず。大木京都は3年で幕を降ろすことになるのだが、あのときの選手たちからは「毎日の練習に行くのが楽しかった」「あのチームでJ1に行きたかった」と、惜しむような、悔やむような声を聞くことがある。

 三平は'15年から再び大分でプレー。J1復帰を目指す熾烈な戦いを続けている。駒井善成、宮吉拓実(いずれもコンサドーレ札幌)、原川力(サガン鳥栖)といった当時の若手選手たちは、新天地へ活躍の場を求めていった。

 そして山瀬功治(福岡)、秋本倫孝(タイホンダFC)、工藤浩平(ジェフ千葉)、安藤淳(愛媛FC)、原一樹(カマタマーレ讃岐)、染谷悠太(京都)、横谷繁(大宮アルディージャ)、酒井隆介(町田ゼルビア)……と、ベテランと呼ばれるようになった多くの選手たちが、それぞれユニフォームの色は違えど、いまなお意気軒高にプレーを続けている。

「お前、フザけんなって(笑)」

 ゲームのほうは三平の先制ゴールを分水嶺に、前半セットプレーから追加点をあげた大分が2−0で逃げ切り、6試合ぶりの勝利。一方、敗れた岐阜は今季初の3連敗となった。じつは三平、5月に行われたホームでの岐阜戦ではシーズン初ゴールをマークしており、今シーズンの3得点中2得点が、大木岐阜相手に決めたもの。

「お前、フザけんなって言われますよ(笑)」

 25周年、全54クラブのJリーグ。12球団のプロ野球と較べると、選手の移籍や監督交代も頻繁だ。同級生、先輩後輩、同門、宿敵、因縁、雪辱……。その選手だけが特別に思い入れる、人知れぬ一戦だってあるのだろう。きっと今度の週末も、どこかのスタジアムで、誰かの再会のゲームが行われている。

文=渡辺功

photograph by J.LEAGUE


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