野球と生きる――。多田野と榎下がファイターズで歩む第二の人生。

野球と生きる――。多田野と榎下がファイターズで歩む第二の人生。

 野球と生きる――。

 プロ野球、北海道日本ハムファイターズに身を賭す。

 2018年。ニューフェースが2人、加わった。

 弊球団のスタッフなので以下、敬称略で表記させていただくことを、まずお断りしておく。

 多田野数人と榎下陽大。OBの2人である。

 現役時代はチーム内からは野球への姿勢、誠実さに対して一目置かれていた。その人間力が溢れるプレースタイルで、ファンの方々にも、こよなく愛された投手だった。

 今年1月から、チーム統轄本部に配属された。

 ゼネラルマネジャー(GM)を頂点として編成の全権を担う部門である。今シーズン、また未来も含めてチームの命運を握っているのが同本部である。野球を生業とするプロ野球球団が成立するための絶対的な根幹が、ここにある。

松坂世代と斎藤世代、2人の仲間が。

 いわゆる「松坂世代」で38歳の多田野はプロスカウト。チームメートだった斎藤佑樹投手と同い年30歳の榎下は、国際グループの一員に着任した。ともに昨シーズン限りで現役生活に区切りをつけ、編成部門の要職を託されたのである。

 野球に明るい方々であれば、2人のキャリアに関しては熟知していると推察する。説明不要と想定して、本コラムを進める。

 部署は違うが、新しい仲間の近況報告とする。

珍しい「プロスカウト」という仕事。

 紆余曲折を経て、カムバックした。

 多田野は2014年にファイターズを退団。その後は新天地を求め、昨年まで3シーズンはBCリーグの石川ミリオンスターズに籍を置いていた。投手兼コーチ。適性はもとより、アメリカでもプレーした経験なども見初められた。

 一般的に、なじみが薄いプロスカウトという任務に就いた。

 弊球団では他球団の選手の能力評価が、主業務である。ほか各カード、また各試合の戦略、対策の指標となる相手チームの分析もする。

 この2業務に関して、噛み砕いて一端を説明すれば、トレードで補強を狙う対象選手の直近の状態をチェックする。また対戦相手の投手と打者の好不調、また配球の傾向などを見極め、その攻略のポイントなどをミーティングで、選手たちへと指南をするスコアラーのわらじも履く。

 多田野はイースタン・リーグを担当し、他球団の選手の動向を確認。スコアラーとしては交流戦18試合を受け持った。その合間を縫って、今秋も含めて今後のドラフトの対象となりそうなアマチュア選手の視察もしている。日本中を東奔西走し、転機の1年目を過ごしている。

「練習や試合を見ると、すぐ投げたくなる」

 アメリカ、日本、そしてBCリーグ。マウンドに立つことにこだわる執念の野球人生を送ってきただけに、少しだけ未練はあるという。

「練習とか試合を見ていると、今すぐにでも投げたくなったりするんですよ。今年もプレーするつもりでいたので……」

 本音を明かしたが、現役を退いたことで見えてきたこと、やりがいも見出してきているのもまた事実である。

「プレーヤーの時は、選手中心だと思っていました。でも今は、多くの方々の協力があってプレーできていたことを、あらためて分かりました。

 だから、今もプレーをしている選手を、同じように支えてあげたい、と思うようになりましたね」

「僕の1つの恩返しだと思っている」

 交流戦期間は一軍に同行した。

 ほかイースタンの公式戦に足繁く通い、即戦力の逸材を発掘するため社会人野球の都市対抗も視察した。

 ファイターズのアマスカウト陣のトップ、山田正雄スカウト顧問の隣に陣取り、視点を学んだ。多岐に渡る経験を積みながら「編成マン」として研修中である。

「1つの勝利、そしてファイターズのこの先に少しでも協力できたらいいと思っています。それが、僕の1つの恩返しだと思っているんです。

 今は、1つでも勉強できたらいいと思っています。それだけです」

戦力外構想を予感していた昨夏。

 国際グループの榎下は現在、約半年ぶりに日本に滞在している。

 アリゾナでの春季キャンプに備えて1月に渡米し、そのままアメリカに拠点を置いていたのである。日本時間7月20日に帰国したばかり。その翌日に三十路、30歳の誕生日を迎えた。

 昨年まで7年間、ファイターズで現役をまっとうした。

 ちょうど1年前の8月ごろ、今シーズンの戦力構想から外れることを予感していたという。ファームでの起用法などから悟り、ついに通達の日を迎えた。その時の思いを、こう回想した。

「ファームで緊急登板が増えたりしてきて、来年は……というのは、思っていました。

 自分の中では、あれだけやってもダメだったんだから、と納得もできました。だから、スッキリした気持ちで引退できました」

野球、アメリカ、英語の3つの要素で決定!

 かねてアメリカの野球に、強い関心を抱いていた。

 プレーヤーとしてよりも、野球の見聞を広げるためにトライアウトを受け、マイナーでプレーをする構想も頭の片隅にあったという。そんな時、国際グループへ転身のオファーがあった。

 即決だった。

「僕の中で大切だった『野球』、『アメリカ』、『英語』の3つがすべて備わっている仕事だったんです。その時に一切、現役を続けよう、もうちょっとやってみようという気持ちはなくなりました。感謝しかなかったです」

 今シーズンから業務提携を結んだテキサス・レンジャーズへ「出向」する形になっている。

 メジャーの球団運営を見聞きし、またマイナーも巡回してチームマネジメント、選手育成のノウハウやシステムなどを学び、吸収している。日本球界へ理解が深い、レンジャーズのフロントスタッフらの懇切丁寧な手ほどきを受け、新たな野球観を創造している。

「メジャーの人たちは常に先をいくというか、何かを取り入れようという姿勢がすごいんです。GM補佐レベルの方たちでも、僕にまで『ファイターズは、こういうケースはどう対応しているんだ?』とか聞いてきますから。

 日本の野球を下に見ているという感覚ではなく、何か新しいアイデアを取りいれようという意欲に刺激を受けました」

日本ハムの駐米スカウト陣との仕事も。

 またメジャー2球団でGMを歴任した経験を持つ、弊球団のランディ・スミスGM付シニアアドバイザー兼メジャーリーグスカウトディレクターを筆頭とした駐米スカウト陣にも同行し、外国人選手の調査、日本での適性などをチェックする指標などのレクチャーも受けてきた。

 多田野と同様、まだ1年目でインターンではあるが、充実した人生の再スタートを切っている。

 8月下旬には再渡米し、また初冬まで異国でチャレンジを継続する。

2人一緒に夏の甲子園を視察する。

「自分もいろいろな考えを学んで、それをファイターズに生かせたらいいな、と思っています。

 この仕事に僕を選んでもらえたので、球団のために何か恩返しできるようにしたいです」

 8月。第100回を迎えた夏の甲子園を短期間、2人は一緒に視察する。

 かつて沸かせた思い入れある原点、聖地のマウンドを脳裏に刻む。あの空気と熱気を、五感に宿す。

 第二の人生がスタートした道中の多田野と榎下。

 生命力をチャージして、覚悟を決めたそれぞれの道へと、また戻る。

文=高山通史

photograph by Hokkaido Nippon-Ham Fighters


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