4人連続で新潟の主将が他クラブへ。なぜ今、磯村亮太がJ1長崎移籍?

4人連続で新潟の主将が他クラブへ。なぜ今、磯村亮太がJ1長崎移籍?

 15年ぶりにJ2を戦うアルビレックス新潟のキャプテンだった磯村亮太が、7月30日にV・ファーレン長崎へ完全移籍した。26節を終えた時点で17位に低迷する新潟の勝ち点は29。J1参入プレーオフ圏内の6位レノファ山口FCの勝ち点42より、J3降格圏内の21位ロアッソ熊本の勝ち点23までの方が、圧倒的に近い。この苦境の真っただ中での、キャプテンの移籍であった。

 去年の夏、シーズン途中に名古屋グランパスから完全移籍で新潟に加入した磯村は、厳しいJ1残留争いの渦中にあったチームのボランチとして16試合に出場。獅子奮迅のプレーぶりだった。新潟デビュー戦となった第19節・FC東京戦で、ピッチに伝わり切らない選手交代の意図をベンチに問いただしたときの鬼の形相が忘れられない。

 鋭い寄せでボールを奪い、ダイナミックに展開する。シビアな状況でも落ち着きを失わず、優雅ですらあるボランチは、第32節のヴァンフォーレ甲府戦に勝利しながらJ2降格が決まると、ホーム、ビッグスワンのピッチにへたり込んでしまった。

在籍半年での重責を光栄と思っていた。

 今シーズン、チームの再建は、2002年にジュビロ磐田を率いて史上初めてファースト、セカンド両ステージを制し、年間優勝を果たした鈴木政一監督の手に託された。そしてキャプテンに選ばれたのが、新潟に在籍して半年の磯村だった。

「チームがやろうとするサッカーを理解していて、ボランチというポジションもチームの中心になる」(鈴木監督)というのが、その理由だ。

 磯村も、「とても光栄なこと。アルビの歴史にとって、今年は本当に重要なシーズンになる。1年でJ1に戻らなければならないし、自分はキャプテンというタイプではないけれど、精いっぱいやる」と、真摯に受け止めた。

 開幕のカマタマーレ讃岐戦に1−0で勝利し、4試合を終えた時点で2勝2分けと、滑り出しはまずまずだった。だが、4月に4連敗を喫するなど、チームは安定感を著しく欠いた。その中で、磯村の苦悩も深まっていった。

「今年はボールを狙えないんです」

 名古屋グランパスの下部組織で育ち、トップに昇格したのが9年前。昨年、初めての移籍を経験した磯村の、「プロになって、これまでで一番もがいている」という胸中には、結果が出ないチームのボランチであることに加え、キャプテンである苦しみもあっただろう。

 昨シーズン後半の半年と、今シーズンの半年とでは、明らかにプレーが違っていた。

「今年はボールを狙えないんですよ。思い切ってバン! と取りに行けない」

 攻撃陣と守備陣の結節点であるボランチの目に今年映るのは、あまりに広いスペースだった。

 J1昇格だけでなく、定着する力も付けようとする鈴木監督は、選手の判断を重視する。守備で最優先されるのはボール奪取。そのために相手ボールに規制を掛けるファーストディフェンダーが、ボールサイドを数的同数にしたところで奪いに行くなど、判断の基準は提示済みだ。

 だが、ボール状況と寄せ方によって後続者が判断を変え続けなければならない、いわば“不定形のプレス”において、最初の少しのズレが一気に大きな歪みとなりかねない不安定さが、新潟の選手たちを苦しめた。

チームが向上する中、出番が……。

 磯村がヒントの1つだと感じていたのが、去年終盤のプレスの方向性である。J2降格は免れそうにない流れの中、ラスト6試合、チームは5勝1分けとあらがった。

「あのとき、“前からプレッシングに行けている”と周りからは言われたけど、本当はそうじゃない。1人ひとりが後ろを気にしていたから、結果的に思い切ってボールホルダーに行けたんですよ。FWは相手ボランチを消そうとしてくれていたし、ボランチの自分も後ろのバイタルエリアのケアを意識する余裕があった」

 今シーズンのFW陣の中でプレスバックの姿勢が最も強く、その感覚も研ぎ澄まされた35歳の田中達也、34歳の矢野貴章という2トップが先発するようになった第23節・横浜FC戦(●0−1)以来、チームの戦いは目に見えて向上している。

 だが、その横浜FC戦、続く第24節・モンテディオ山形戦(〇2−1)とベンチスタートで出番のなかった磯村は、第25節・東京ヴェルディ戦(●3−4)、第26節・ジェフユナイテッド千葉戦(●1−2)とメンバー外となり、そして長崎への移籍が発表された。

決断は逃避でも私利でもない。

 急転の移籍だった。クラブは7月16日、FC東京からMF梶山陽平を期限付きで獲得。その後、長崎からオファーが届いた。磯村の長崎への移籍のリリースが出る30日までの2週間を、木村康彦強化部長は次のように振り返る。

「磯村本人も、このタイミングでオファーが来るとは思っていなかったのでは。彼に伝えたのは、キャプテンだし、ましてやこういう状況なので抜けられるのはチームとして本当に痛いけれど、自分自身がどうしたいのかが重要だよ、ということ。とても悩んだと思います。最終的に、クラブとしても磯村の決断を尊重しました」

 決断が、決して何かを放棄したり、逃避したり、私利を求めた結果ではないことを、仲間が証言する。千葉戦の2日前。トレーニングが終わった後、磯村はベテランの富澤清太郎とピッチに座り込んで、いつまでも話し続けていた。

富澤の言葉には無念さと怒りが。

「話していたのは、今回の移籍について。去年の夏から一緒に戦ってきて、イソとは心が通じ合う部分があった。彼は客観視できるし、一歩引いた目でチームを見ることができた。だから、“新潟のために”というのがいつも芯にあった。

 試合に出ている、出ていないで多少、気持ちにムラはあっても、どうすればチームのためになるか考えられる。本当の意味で大人の選手だった。何より自分を犠牲にできる。イソにはずっと新潟を引っ張って行ってほしかった。彼の代えになる選手はいない。でも、僕たちは新しいもので埋め合わせていくしかない」

 富澤の言葉には無念さとともに、静かな怒りのようなものが入り混じっていた。

 それが最後になった。千葉戦の前日、非公開となったトレーニングに磯村は参加せず、その最中にクラブハウスを後にした。

 木村強化部長との話し合いの中での、「彼の言葉を借りれば、“自分がしっかりプレーできていないのに、チームのことを言えない”」という磯村の発言がつらく、切ない。

 こんな状況、誰も望んでいなかっただろうに。

三門、大井、小林、大野、磯村。

 チームのキャプテンには、今月34歳になるベテランMF小川佳純が新たに就いた。「サッカーをやってきて、初めてキャプテンになる」という小川の言動での発信の仕方、キャプテンシーは、磯村とはまた異なる。富澤が言う通り、磯村の代わりはいない。だが、次の試合はやってくる。

 最後に。これで新潟は大井健太郎('16年に磐田へ)、小林裕紀('17年に名古屋へ)、大野和成('18年に湘南ベルマーレへ)に続いてキャプテンが移籍することになった。3年連続で4人のキャプテンの移籍は、積み上がっていかないクラブの体質を暗示する。

 特に、昨シーズン終了後の大野の移籍だ。新潟県出身でクラブの下部組織に育ち、一昨シーズン終了後にはクラブの現状に強い危機感を持つからこそ、いち早く契約更新をした。その彼が、1年後、新潟を去った。

 アルビレックスとは何か。新潟とは何か。シーズン真っ最中である今、立ち止まって考える時間はない。だが、それを問うことをしないで、前に進めるとは思えない。

文=大中祐二

photograph by J.LEAGUE


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