御嶽海の優勝、その本当の価値は?横綱大関が総崩れの「幸運と不運」。

御嶽海の優勝、その本当の価値は?横綱大関が総崩れの「幸運と不運」。

 御嶽海が、名古屋場所で初優勝を遂げた。

 日本出身力士としては8場所ぶり、出羽海部屋からは38年ぶり、そして長野県出身力士としてはあの雷電以来となる208年ぶりという、「8」という数字に縁のある優勝だ。力士らしからぬ軽妙なインタビューにも注目が集まり、前向きな報道が多いことに嬉しさを覚えた次第である。

 素晴らしい優勝だったことは間違いない。好調でも後半に失速し、クンロクハチナナで終えることが多かった御嶽海が遂に15日間で結果を残したことで、今後の可能性への期待が大きくなった場所でもあった。

 だが、どこか腑に落ちないところがあった。

 名古屋場所のチケットの売れ行きがこれまでと比べると悪いという情報が場所中に複数入ってきたほどだ。とはいえテレビの視聴率にそれほど変わりは無い。詰まるところ「現場で観たい」という固定ファンの相撲に対する熱量が落ちているということだ。

横綱大関が不調だったタイミング。

 その理由は単純だ。

 横綱大関が不甲斐なかったからである。

 3横綱は全て休場、豪栄道が何とか10勝、高安は9勝。準優勝は平幕の豊山だった。このような状況で優勝した御嶽海について、彼に対する期待度が高まりきらないのは致し方ないことだ。

 これは御嶽海が悪いのではない。そういうタイミングだったということである。

 では、こうした優勝は過去に存在しなかったのだろうか。

 今回、6場所制に移行した昭和33年以降の、関脇による優勝場所を紐解くことにした。ここで関脇ということで限定したのは、平幕の優勝の大半が最高位が関脇以下の力士で、言い換えると生涯で一番充実した15日間を送った力士が掴み取るという形の優勝であり、小結の優勝は母数が少ないために傾向が見えないということを付け加えておく。

優勝した関脇は、ほぼ確実に大関に。

 まず、関脇による優勝は17例存在していた。約60年だから、3年に1度は起きている。体感としてはこの半分くらいのイメージだったが、意外と多いものである。ちなみに小結は4例、そして平幕だと18例だ。関脇で優勝した17例の優勝力士は、その後どのような成績を残したのだろうか。

 調べてみると、驚くべきことが分かった。

 なんと、御嶽海と昭和47年3月場所の長谷川を除く15力士が、全て大関以上に昇進しているのである。さらにこの15力士全員が、優勝を決めて3場所以内に大関昇進している。関脇という立場で優勝できるということが、そもそもその後の成長が見込めるということなのかもしれない。

厳しい状況で勝った照ノ富士と出島。

 では今回の御嶽海のような事例、つまり、横綱大関が不調だった場所というのは一体どれくらいあるのだろうか。

 まずは強い大関・横綱を倒して優勝した事例だと、記憶に新しい平成27年5月の照ノ富士だ。横綱は白鵬(11勝4敗)と日馬富士(11勝4敗)が、大関は稀勢の里(11勝4敗)と琴奨菊(6勝9敗)が居た。

 そして、平成11年7月の出島のケースは、かなり厳しい条件下で優勝したものだ。横綱は曙(13勝2敗)と武蔵丸(12勝3敗)と貴乃花(9勝6敗)、大関は千代大海(10勝5敗)、貴ノ浪(8勝7敗)がいた。

 このような場合、自分が好調だとしても格上の力士を打倒せねばならない。しかも、照ノ富士と出島の時は強い力士の層が厚かったので、15日間すべて良い相撲を取らねばならない。もしくは、良くない相撲でも勝ちを手繰り寄せるだけの運、それを引き寄せるための重圧を相手力士にかけられる強さが求められるのである。

 照ノ富士の場合は平成生まれで初めての優勝ということ、そして規格外のパワーで上位陣の駆け引きを無力化するような圧倒的な内容だったこともあり、その強さに大いに納得し、最高の結果に将来への期待をそのまま乗せられるものだったと記憶している。

 後に大関・横綱になる力士の優勝は、こういったケースが多い。相撲界の明日を切り開くような目覚ましい強さを、一線を張り続けてきた力士を相手に見せてきた印象が強い。

 他にもリアルタイムで観てきた事例で考えると、平成11年1月の千代大海や平成12年1月の武双山の優勝もこの系譜に数えられる。

曙の初優勝は実は地味だった。

 だが、後に出世する力士の関脇での優勝は、必ずしもそうしたものばかりではない。上位の不振、時代の潮目という後押しがあったケースも少なからず存在している。

 筆頭は平成4年5月の曙だ。

 大関・横綱と昇進した時の怪物的な充実ぶりは、大相撲の新時代を期待させるものだった。目の前の力士を全て薙ぎたおす圧力に、他の力士はただ屈するしかなかった。今後は外国人力士が大相撲を席巻するのではないかという、別の意味での畏怖さえ覚えていたほどだ。

 だが時代的背景を考えると、この時の優勝は照ノ富士のケースとは色合いが異なる。

 まず、1横綱だった北勝海が場所前に引退を表明したため、横綱が誰も出場しなかった。さらに大関の霧島は初日から3連敗して休場、残る大関の小錦は9勝6敗。

 曙を除く三役全ての力士が2桁勝利に届かないどころか、上位総当たりの番付にいる力士の中で2桁勝利に届いたのは前頭筆頭の三杉里だけという低調さだったのである。

御嶽海の強みは大きな怪我がないところ。

 横綱大関の引退や衰えにより上位に空きが生まれると、台頭する力士が即座に出てくるというのも、大相撲の歴史の中で繰り返されたことだ。

 関脇が優勝した際、12勝以上の横綱大関がいないケースは8例、11勝以上がいないケースは5例。御嶽海のように、時代の境目でチャンスを掴むというケースも珍しくないのだ。

 御嶽海は時代に愛された力士だと私は思う。強い横綱や大関がいれば、地位を保つことさえも難しい。上位でチャンスを窺っていても、日々の激戦で体にダメージが蓄積する。まして御嶽海のスタイルだと、多くの場合膝に故障を抱えて輝きを徐々に失って現役生活を終えることが多い。

 御嶽海の強みはその馬力もさることながら、ここまで大きな怪我をしていないところだ。そういうタイミングで優勝のチャンスを掴み、モノにできた。プレッシャーに押し潰される力士が後を絶たぬ中で、御嶽海はそれができたことはもっと評価されて良いと思う。

上位陣が出揃った時に、真価が問われる。

 ただ、御嶽海は一方で不幸な力士でもあると思う。大卒力士たちがここ数年で期待に応えられなかったため、御嶽海を見る目は必要以上にシビアになっている。

 大卒力士に対する目がこれほど厳しくなければ、大相撲の枠を超える活躍ができたかもしれない。遠藤のようにお茶の間に浸透する存在になれた可能性もある。

 三役で2桁勝てなかったことよりも、三役で勝ち越しを続けられるというポジティブな評価になったのかもしれない。そして、今回の優勝についても、より大きな感動を産み出すことができたのかもしれない。

 時代に愛された御嶽海が世の中を巻き込むのは、これから先のことかもしれない。白鵬、鶴竜、稀勢の里、そして栃ノ心ら上位陣が出場する中で結果を出した時、御嶽海を見る目はどう変わるのか。千秋楽の豊山戦のような取組が出来れば、その日も遠くないのではないかと思うのだ。

文=西尾克洋

photograph by Kyodo News


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