本田圭佑の新天地オーストラリア。現地の巨大な期待、そして裏事情。

本田圭佑の新天地オーストラリア。現地の巨大な期待、そして裏事情。

“I signed!Look forward to seeing you in Australia!!”(契約しました! オーストラリアでお会いしましょう!!)

 2018年8月6日、本田圭佑のメルボルン・ビクトリー移籍がついに発表された。これはまさに考え抜かれた選択だったといっていい。本田個人のキャリアメイクにとっても、オーストラリアのサッカー界全体にとってもである。

 まず本田にしてみれば、今回の移籍は新天地で自らを再びアピールする格好のチャンスとなる。東京五輪でオーバーエイジ枠の出場を目指すとなれば、トップコンディションを維持していくことは重要だ。

 ビジネス面でもシナジー効果を期待できる。本田が運営するソルティーロ ファミリア サッカースクールは、昨年7月にメルボルンに進出している。

 受け入れ先のメルボルン・ビクトリーやヒュンダイAリーグ、オーストラリアサッカー界全体にとっても、本田獲得のメリットは大きい。目的はずばり、サッカーそのものの人気回復とTV中継の視聴率向上、競技自体のレベルアップである。

デルピエロや小野伸二を獲得した時期も。

 2005年に発足したAリーグは、'10年代序盤までは外国人の大物選手を次々に招聘していた。ロビー・ファウラーやアレッサンドロ・デルピエロ、そして小野伸二を獲得するなど注目を集めるが、人と金の流れはやがて中東、そして中国へと移行。興行的にも下火になっていた。

 このような状況を打破すべく、’17-’18シーズンには放映権を所有するFOX SPortsの肝入りで、各クラブに「マーキー・プレイヤー(目玉選手)」の獲得資金が支給されるようになる。

 同時にリーグ側は「サラリーキャップ」(所属選手の年俸総額に一定の枠を課す制度)を見直し、大物外国人選手を1名だけ獲得できるような制度改正を行った。一連の発想とプロセスは、かつてMLS(メジャーリーグサッカー)がデビッド・ベッカムを獲得する際に取った措置にきわめて近い。

 かくして浮上してきたビッグネームの1人が本田だった。

イニエスタやトーレスと並んで本田が。

 日本ではほとんど報じられていないが、本田の名前は、実はW杯ロシア大会の開幕前から、現地メディアでクローズアップされていた。同じく待望論が囁かれていたのがアンドレス・イニエスタであり、後にはフェルナンド・トーレスやクリスティアーノ・ロナウドが、「願望リスト」に追加されている。

 本田に対する期待の高さは、このような超一流選手と同列に論じられていることを考えても容易に理解できる。誤解を恐れず述べれば、本田はイニエスタやトーレスが日本で担うのと似たような役割を、南半球で担う形になる。

 本田が特別なゲストとして招かれることは、約3億円の年俸をメルボルン・ビクトリーだけでなく、オーストラリア協会(FFA)、そしてFOX SPORTSの三者が共同負担すると噂されていることからも窺える。

 しかし言葉を換えれば、このような手段を講じなければならないほど、オーストラリアサッカー界の焦燥感は強い。現状のままでは、世界との差はますます開いていくだけでなく、アジアの中でも取り残されていくからだ。

W杯の成績も長期低落中。

 オーストラリアサッカー界全体の地盤沈下は、W杯の成績を見ても明らかだ。

 オーストラリア代表は'06年ドイツ大会で、32年ぶりに本大会に出場。グループリーグで日本に勝利し、決勝トーナメント進出を果たした。

 しかし'10年以降の大会ではいずれもグループリーグで敗退したため、通算成績も2勝に留まっている。3勝目の壁はロシア大会でも超えられなかった。

 もちろん“サッカールーズ”は、予想以上に健闘したともいえる。

 そもそも昨年11月には、4年間チームを率いてきたアンジェ・ポステコグルー監督が突然辞意を表明するという事件も起きている。しかも今大会はくじ運に恵まれず、フランス、デンマーク、ペルーと同組になった。

 だが実際には、優勝したフランスを最も苦しめたチームの1つになったし(試合結果は1−2)、2戦目のデンマーク戦では1−1の引き分けに持ち込んでみせた。グループリーグ最終戦でペルーに0−2で敗れるまでは、決勝トーナメント進出の望みさえ残していた。

躍進の陰には監督交代があったが。

 ロシア大会を現地で取材していたベテラン記者、グラハム・デイビスは、その理由を次のように分析する。

「やはり要因としては、ポステコグルーの後任としてチームを指揮したオランダ人、ベルト・ファンマルバイクの手腕に負うところが大きいと思う。

 彼は華のあるサッカーをするタイプじゃないが、守備を固めて手堅くカウンターを狙うアプローチには定評がある。それに何より世界との戦い方を知っている。

 実際、今年1月に監督に就任すると、チームの方向性を180度変換した。先進的な3バックを廃止して、オーソドックスな4-4-2にシステムを変更しながら、大会直前の強化合宿でも、フィジカルの強さとスタミナを武器に戦う集団への原点回帰を図った。

 決勝トーナメントに進めなかったのは残念だが、チームが置かれた状況を考えれば、選手たちは実によくやったと思う。だからこそ帰国した際には、ファンから温かく出迎えられたんだ」

フィジカル頼みのスタイルに先祖帰り。

 とはいえロシア大会が、オーストラリア代表の前途を明るく照らしたわけではない。むしろ、深刻な問題を改めて浮き彫りにした印象が強い。

 1つ目の問題は、オーストラリアサッカー界がどのようなスタイルを追求していくべきかという議論が、振り出しに戻ってしまった点だ。

 もともとオーストラリア協会は、フィジカルの強さに頼った放り込みサッカーからの脱却を図っていた。

 しかしパスサッカーを追求したポステコグルーの後任に据えたのは、先述の通り、リアリスティックなファンマルバイクである。そしてフィジカルなスタイルの象徴的な存在だったティム・ケーヒルも、結局チームに招集された。

 ファンマルバイクの起用についてポステコグルーは、現実的な選択だったと前置きしつつ、次のようにコメントしている。

「代表チームの根本的なフィロソフィーが変わろうとしているのは明らかだ。彼はしぶとい戦い方をするチームを常に作り上げてきたし、とても実戦的なアプローチを採用してきた。だが私はある意味で、彼とは真逆の位置にいる監督だ」

 ちなみにファンマルバイクの後任には、かつてJリーグなどでも指揮を執ったグラハム・アーノルドが再び就くことが決定している。アーノルドはポステコグルーとも同世代に属するが、サッカーに関しては、オーソドックスなアプローチを好む。

 代表監督の人事と目指すべきビジョンの提示、いずれの面においても協会の迷走を指摘する関係者は少なくない。

才能発掘のためのトレセンを廃止。

 この種の迷走は、若手の強化・育成プログラムで一層顕著になる。

 オーストラリア協会は昨年4月、「オーストラリア国立スポーツ研究所(AIS)」の一部として機能していた、「センター・オブ・エクセレンス(COE)」と呼ばれるトレセンを廃止。人材の育成を、Aリーグのクラブなどに委任する新しい方針を打ち出した。

 たしかにCOEは財政難を抱えていたし、育成プログラムではオランダ系の指導者とベルギー系指導者の派閥争い、代表チームとの連動が必ずしもうまく取れていないといった問題も指摘されていた。

 しかし、これらのトレセンはオーストラリアのサッカー界が発展する過程において、多大な貢献をしている。'05年にAリーグが発足するまで、オーストラリアにはセミプロリーグしか存在しなかった。そんな中、マーク・ビドゥカやルーカス・ニールなどの名選手のキャリアメイクを助けたのがAISやCOEだったからである。

 かつてAISで若手の指導にあたったスティーブ・ダービーは、サッカー専門誌『フォー・フォー・ツー』のオーストラリア版で、トレセンの廃止に警鐘を鳴らしている。

「Aリーグのクラブには、選手育成で非常に大きな負担がかかるようになった。資金繰りがきつくなれば、どの分野がカットされるかは目に見えている。他のアジア諸国がコーチの教育や育成システム、そして国内リーグの強化を進めている以上、オーストラリアが対抗するのはさらに厳しくなっていく」

協会とクラブの関係性も悪化。

 ある事情通は、匿名を条件に踏み込んだ解説をしてくれた。

「オーストラリアでは、ダニエル・アルザニのような優秀な若手も何人か育ってきている。だが全体的に見るなら、育成プログラムが整備されているとは言い難い。COEの廃止は混乱に拍車をかけたし、協会の運営方針に対する不信感を強めてしまった。

 たとえば協会の内部には、現会長に不満を持っている者が少なからずいる。ビジネスマンとしてはやり手でも、サッカー界全体の底上げという点では伸び悩んでいるからだ。

 しかも協会に対して、いくつかのクラブも不満を抱えている。運営方針に満足していないため、代表の試合に若手が帯同することに難色を示すところさえあった。これはオーストラリアがU-17やU-20のW杯本大会に出場できなかったことと無縁じゃない。

 その意味ではクラブ側の責任も相応にあるが、やはりネックになっているのは、協会側が確固たる指針を提示できていないことだと思う。この状態が続けば、アジアのライバルから取り残されるのは目に見えている」

国内リーグができて選手が小粒化?

 3つ目の問題は、オーストラリアサッカー界そのものが抱える構造的な矛盾である。ある意味、この問題が最も根が深いかもしれない。

 かつてのオーストラリア代表は、マーク・ビドゥカやルーカス・ニール、ハリー・キューウェルなどに象徴されるように、単身ヨーロッパに渡って独自に道を切り開いた選手たちが主軸になっていた。

 現在はAリーグが発足したために、キャリアメイクの道筋がきちんとつけられたが、その代わりに欧州のトップクラブでプレーする選手が減り、代表チームの競争力そのものが低下するという皮肉な現象が起きている。

 多かれ少なかれ、日本のサッカー界も似たような問題を抱えている。また「欧州組」の日本人選手たちの高齢化が進んでいることは、代表チームにとって懸念材料ともなってきた。だが日本の場合は、欧州でキャリアメイクをする選手たちが今も登場し続けている。オーストラリアのサッカー界よりは、良好な状態にあると見ていいだろう。

選手としての本田の役割はまだある。

 目指すべき方向性の喪失、育成システムの迷走、そして国内リーグの発展がもたらした選手の小粒化というジレンマ。オーストラリアサッカー界は今、大きな転機を迎えている。

 本田圭佑は、このような状況の中でメルボルンの地を踏む。

 日本とオーストラリアのライバル関係を考えれば、本田がAリーグを活性化させる役割を担うというのは、なんとも不思議な巡り合わせだ。

 だが今は新天地での活躍を素直に期待したい。本田が選手として果たすべき役割はまだまだ残っている。それにアジア全体のレベルを上げていくことは、本田が若い世代に託した夢――日本代表が世界の強豪入りを果たすという目標を叶えるためにも、必要不可欠な作業なのだから。

(取材協力:グラハム・デイビス)

文=田邊雅之

photograph by Getty Images


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