代打で6打数6安打、父は元プロ。横浜高・度会隆輝の「おまじない」。

代打で6打数6安打、父は元プロ。横浜高・度会隆輝の「おまじない」。

 成就率100%の「おまじない」だ。

「自分ならできるって、気の済むまで言い聞かせてます」

 横浜の1年生で、「代打の切り札」である度会隆輝(わたらいりゅうき)は試合後、笑顔を絶やさずそう振り返った。中学時代、U15日本代表の3番を任されていたスーパー1年生でもある。

 度会は7回表が終わったところで監督から「(代打の)準備をしておけ」と言われた。素振りをしているとき、ネクストバッターズサークルにいるとき、そして打席に入ってからも「自分ならできる」と呪文のように繰り返した。

「心の中で言ってるつもりなんですけど、声に出ちゃうときもある。代打を任されるようになってから、自然とやるようになってました。今日は全部で25回は言いました。これまででいちばん多かったかもしれません」

 打席は9回表、ツーアウト走者なしの場面で巡って来た。初球をとらえた当たりは、ライト前へきれいに抜けた。

「ウキウキした気持ちで打席に入った。楽しめたから結果が出たんだと思います」

 この夏、これで代打通算成績はなんと6打数6安打。10割である。

プロ選手の父にほめて伸ばされ。

 じつは、度会の父親は、元ヤクルトの度会博文さんだ。度会は3歳のときに3歳上の兄と一緒に遊びで野球を始めた。博文さんは右打ちだったが、度会はそのときから左打ちだったという。

「その頃のことは、うっすらと覚えてます」

 自宅に庭にネットで囲まれた打撃練習用のケージがあり、そこで博文さんにティーバッティングのボールを上げてもらいながら打撃の基礎を磨いた。博文さんの指導方針は基本的に「ほめて伸ばす」だったという。試合で結果を出すと必ず「ナイスバッティング!」と声をかけてくれた。それが嬉しくて、さらに練習に打ち込んだ。

「おまえらしくやれ」のライン。

 技術面で小さい頃からいつも言われていたことは2つだ。

「打ち終わりに(打ち終わったときに)顔を残すことと、打ち終わりに踏み出した足が開かないことです。踏み込む足はインステップぐらいでいい」

 前日は、博文さんとラインでやりとりをしたという。

「おまえらしくやれ、と言われた。打てないと思って打席に立ったら絶対打てないので、打てると思って入りました」

 博文さんは現役時代、レギュラー定着はならなかったが、ヤクルトのユーティリティープレーヤーとして11年間、貴重な役割を果たした。そんな父親の打撃フォームも参考にしているという。

「打ち始めのバットの位置は似ていると思います」

 控えながらも博文さんが球団から長い間、必要とされたのは、誰よりも元気があって、試合中、常に声を出し続けていたからでもある。その「血」は度会も受け継いでいる。

 取材中も最初から最後まで約20分間、ずっと笑顔だった。

「話すの、楽しいんで」

父がプロ選手は重荷かと思ったら。

 試合後は、父親にラインするのが日課だ。

「お疲れ様、応援ありがとう……から始まって、あとは野球の話になると思います」

 元プロ野球選手の父を持つエリートというと、どこかに「重い物」を背負っているのではないかと想像してしまうものだが、度会にはそういったものとはまったく無縁だった。

「父親には感謝の気持ちしかありません」

 技術もハートも「スーパー」である。

文=中村計

photograph by Kyodo News


関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索