攻める瀬戸大也、再起の萩野公介。アジア大会でWエースが問題解決中。

攻める瀬戸大也、再起の萩野公介。アジア大会でWエースが問題解決中。

 400m個人メドレーにおいて、日本人選手として初めて世界水泳選手権を2連覇した瀬戸大也(ANA/JSS毛呂山)。そしてロンドン五輪で高校生ながら同種目で銅メダルを獲得、4年後のリオデジャネイロ五輪では金メダルを獲得した萩野公介(ブリヂストン)。

 ともに世界一を経験し、日本国内のみならず、世界の注目を集めるふたり。インドネシア・ジャカルタでの第18回アジア競技大会では、萩野も瀬戸も、自分が抱えている問題を解決することに徹していた。

 瀬戸は昨年、世界水泳選手権で3位に敗れた。このレースでどこか自分らしさがないことに気づいた。平泳ぎの時点で3連覇は無理だと気づいた瀬戸は、すぐさま周囲の状況を把握し、銅メダルを取りにいくレースをしたのだ。

 結果を残し続けることの大切さを重視すれば、瀬戸の選択は間違っていないし、むしろ社会人スイマーとして最適な判断を下したと言える。だが、これまで“100かゼロか”の気持ちで臨んでいた瀬戸としては、納得いくものではなかった。

「自分はメダルがほしかったのか?」

 その問いの答えは、明白だった。瀬戸は誰よりも速く泳ぎ、世界の頂点に立ちたいのだ。それが望みだったにも関わらず、目の前のメダルを獲りに行った。その気持ちのもやもやは、なかなか晴れなかった。

瀬戸がパンパシでつかんだ手応え。

 しかし、今年8月9〜12日に行われたパンパシフィック水泳選手権の400m個人メドレーでは、全身からあふれ出る気迫を見せた。バタフライから積極的なレースを展開し、背泳ぎを終えた時点での200mラップタイムでは1分58秒63と、今までにない速さで前半を折り返した。

 勢いでそのまま押し切るかと思われたが、後半に疲れから失速。結果としては4分12秒60と、瀬戸としては平凡なタイムで3位となった。しかし瀬戸の表情は、世界水泳選手権での3位のときと違い、とても晴れやかだった。

「平泳ぎの後半から、ガクッと疲れが来てしまいました。でも負けることから学ぶこともありますし、こうやって前半から積極的にいかないと、自分らしい爆発力を作り出せないと感じています」

見失いかけた爆発力を取り戻す。

 過去の世界水泳選手権で400m個人メドレーを制したときも、前評判はさほど高くなかった。ただそれをはねのけるような勢いで前半から攻めていったからこそ、2度も世界の頂点に立ったのだ。

 そして迎えた8月22日、アジア大会5日目。400m個人メドレー決勝で、またも瀬戸は前半のバタフライと背泳ぎを終えて1分59秒10と積極的な展開を見せる。平泳ぎでもトップをキープした瀬戸は、最後の自由形でもスピードが衰えることなく4分8秒79のシーズンベストでフィニッシュ。瀬戸の自己ベストが4分7秒99であることを踏まえれば、かなりの好記録だった。

「パンパシで後半に失速してしまった反省点も、平泳ぎの泳ぎ方を工夫することで克服できました。自分の中で前半から攻めることは当たり前になってきたし、手応えもあります。また後半の泳ぎや持久力の強化など、これからのトレーニングの方向性も明確に見えてきていると思います。自己ベストが出せなかったのは残念ですけど、2大会連続、長期間にわたっての試合のなかで、最後にシーズンベストで終われたのは価値があると思います」

 前半から攻めるというチャレンジをすることで、一度は見失いかけた爆発力を取り戻すきっかけを手にしたのである。それだけではなく、自分がさらに上を目指すためのトレーニングの方向性まで見つけることができた。

 瀬戸はこのアジア競技大会で、2年後に向けた大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。

萩野はリオ五輪以来苦しんだ。

 一方、萩野はリオ五輪以来、なかなか思うようなシーズンを送れていない。五輪後に右ひじの再手術を行ったことで冬の泳ぎ込みが不足。その影響は昨年の世界水泳選手権での400m個人メドレー6位という結果に顕著に表れてしまった。

 もう一度、練習を積み直して再起を図りたかった今年は、年明け早々に体調不良で入院。約1カ月もの間、トレーニングを積むことができなかった。

 そんな状況でも、日本選手権を制して代表入りを果たすと、少しずつ萩野に変化が見え始める。

平井コーチが語る復調の跡。

 日本選手権では冬場に練習が積めていない焦りが見えていたが、徐々に落ち着きを取り戻していく。その答えは、名伯楽・平井伯昌コーチの言葉にあった。

「日本代表に入ってから体調も安定して、ようやく腰を据えて、じっくり練習に取り組めるようになりました。まだまだこれから。焦らず、じっくりと練習を積み重ねていけばいい」

 そもそも、水泳選手にとって冬場の泳ぎ込みの時期にトレーニングができないことは、自分の体力のベースをなくしてしまうことを意味する。

 つまり2017年シーズンは、萩野は常に付け焼き刃の状態でレースをこなしていたのだ。その状態でも世界と戦えること自体は、萩野の実力の高さとも言える。しかし、やはり200mでは戦えても、400mという距離になると夏には結果を残せなかった。

自分らしい泳ぎを取り戻して。

 今年も同じような状況だったが、春先から夏にかけてじっくりと練習に取り組んだ萩野は、徐々に力を取り戻してきた。

 冬場のトレーニング不足から、自己ベストからは遅れてしまったものの、パンパシでは200m個人メドレーで1分56秒66の3位、400mでは4分11秒13の2位。そしてアジア大会でも200m個人メドレーで1分56秒75の2位、400m個人メドレーでも4分10秒30で2位に入った。

 タイムから見ても、泳ぎぶりが安定しているのがよく分かる。これは萩野が落ち着いて練習に取り組めた成果でもあり、萩野らしさを取り戻した結果でもある。

「自分らしい良い泳ぎで泳ぎ切れました。周囲を気にすることなく、今の自分の実力を出し切れるレースをしようと考えていましたし、そういうレースができました。ただ持久力のベースの差が後半に表れていますから、そこはまたこれからじっくりと腰を据えて、ある程度の強度で距離を泳いだり、安定させて泳ぎ込むことですね」

修行僧のように自分を高めて。

 もともと、萩野は集中した際にはめっぽう強い。周囲の雑音など気にせず、我が道を行く。どちらかというと、瀬戸は誰かと競い合っていくことがモチベーションとする一方、萩野は自分と向き合い、修行僧のように自分を高めていくタイプだ。

 それがリオ五輪後、自分が納得いく練習ができていないことも相まって、周囲と自分を比べることが多くなり、マイナス思考にとらわれた。

 しかし、平井コーチから負けても良いから自分の泳ぎをし、今出せる100%を出し切ること、自分に集中することを説かれて、少しずつ萩野らしさを取り戻した。アジア大会でようやく、次に目指すべき道が見えたのだ。

 萩野と瀬戸、形は違えど方向性が明確になったのは間違いない。来年、彼らがどんな成長を遂げているのか。もう来年の夏が待ち遠しい。

文=田坂友暁

photograph by AFLO


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