イチローに憧れた少年がMVP候補。ブルワーズ進撃の中心イエリッチ。

イチローに憧れた少年がMVP候補。ブルワーズ進撃の中心イエリッチ。

 穏やかな西海岸の夏の午後。刈られたばかりの芝の上で少年たちが歓声を上げながらベースボールに夢中になっている。

 やがて、1人の少年が打席に立とうとする。体を微妙にくねらせながら、なんだか自信満々だ。打席に入る直前、グリップを頭の後ろに残しながら大きく弧を描くように、ゆっくりとスイングする。クッ、クッ、クッと膝を閉じて脚の屈伸運動を行う。打席に入って軸足の位置を決め、背筋を伸ばしながら右腕をグルッと回して投手に向け、バットを立てる。

 イチロー? いや、違う。少年時代のクリスチャン・イエリッチだ。

「子供の頃は、あの独特の打ち方を真似して遊んだものさ」

 ミルウォーキー・ブルワーズのイエリッチ外野手は、そう言って笑う。イチローがメジャー・デビューした2001年、彼はまだ9歳だった。

「いつの日か殿堂入りが確実な選手とプレーするってのは、それだけでもう充分に貴重な経験なんだよ。子供の頃は(デレク・)ジーターに憧れていたんだけど、イチローも同じぐらいリスペクトしていた。そういう選手と一緒にプレーできる日が来るなんて思ってもみなかったことで、マーリンズ時代は本当に特別な時間だった」

3000安打達成の時に同僚だった。

 イエリッチは2010年、高卒新人としてドラフト1巡目(23位)指名でマーリンズに入団。マイナーの階段を駆け上がって2013年、21歳の時にメジャーに昇格した。

 彼がイチローのチームメイトになったのは2015年、23歳の時だった。もちろん、イチローが2016年、敵地コロラドでのロッキーズ戦でメジャー通算3000安打を達成した時にも同じユニフォームを着ていた。

 記録達成の直後、守備に就くためにベンチから外野に向かう2人の後姿の写真はファンの間でよく知られており、イエリッチ自身がそれをインスタグラムに投稿し、こうコメントしている。

「自分が3000安打を達成したイチローと一緒に外野に向かうことになるなんて思いもしないことだった。今年、起こった素晴らしい出来事の1つだし、(記録達成を)この目で見ることができて嬉しく思う」

イチローに憧れた少年がMVP候補。

 そんな「イチローに憧れた少年」が、もしかしたら今年のナ・リーグ最優秀選手賞(MVP)になるかも知れない。

 イエリッチは今季ここまで(9月2日現在)、キャリア最高成績でナ・リーグ2位の打率.311、出塁率.379、長打率.556、27本塁打、83打点、そして16盗塁という好成績。特に後半戦は打率.356、16本塁打、40打点(前半戦は打率.292、11本塁打、43打点)と調子を上げている。首位シカゴ・カブスを追走し、ワイルドカード争いを繰り広げるブルワーズの推進力となっているのだ。

 ナ・リーグのMVP候補は東地区首位を走るアトランタ・ブレーブスのフレディー・フリーマン一塁手(打率.306、20本塁打、82打点)や、中地区首位を堅持するカブスのハビヤー・バイエス内野手(打率.299、30本塁打、100打点)が有力とされているがMVP投票では伝統的にチーム成績、つまり貢献度が加味される。

 もしブルワーズがカブスを退けてナ・リーグ中地区を逆転優勝でもしようものなら、投票者の印象も大きく変わる。それこそイエリッチや同僚のロレンゾ・ケイン外野手(打率.310、10本塁打、35打点、26盗塁)も有力候補になるのは間違いない。

投票するのは僕の仕事じゃないし。

「そういう(MVP)議論とか、投票とかをするのは、僕の仕事じゃないからなぁ」

 とイエリッチ。前夜(9月3日のカブス戦)、「サヨナラ三塁ゴロ」という珍しい結果で首位カブスに4対3でサヨナラ勝ちした殊勲者は、困ったような表情でそう話した。

「今まで敵地としてこの球場(本拠地ミラーパーク)に来るとなぜか、なかなかホームランが打てなかったんだけど、今年、マイアミに遠征した時、『ここって、こんなに広かったのか!』って分かったんだ。

 真面目な話、球場が違えば打席でのアプローチも多少、変わって来るし、(オフのトレードで)このチームに来たのは正解だったと思う」

WBCで3番を任され優勝に貢献。

 イエリッチは元々、能力の高い選手だった。

 2017年のWBC米国代表のジム・リーランド監督は、ナ・リーグ二冠王のノーラン・アレナド内野手や、本塁打王ジャンカルロ・スタントン外野手ら並み入るオールスター揃いのチームで、当時25歳のイエリッチを「米国代表の3番」として起用し続けた。

「彼(リーランド監督)から教えられたことも、大きな財産になっている。彼は一生懸命にプレーして国の代表として恥じないプレーをすることが大きな意味を持つんだって、いつもモチベーションを上げてくれたんだ」

 とイエリッチ。彼はチーム最多の4二塁打を記録するなどして打率.310、出塁率.375、長打率.448と活躍し、米国の同大会初優勝に貢献した。

 あれから1年以上が過ぎ、イエリッチがかつて憧れたジーターの経営方針によって離散したマーリンズの外野手は全員が、ペナントレースの重要な役割を果たしている。

 イエリッチを筆頭に、ア・リーグのワイルドカード争いをリードするヤンキースのスタントン、ナ・リーグのワイルドカード争いでブルワーズを追走するカージナルスのマルセル・オスナと互いに切磋琢磨しているように見える。

「マーリンズにはそれぐらい才能のある選手たちが集まっていたから、バラバラになってしまったのは残念だけれど、もう過去のことなんだ。僕はこのチームに来てハッピーだし、僕らは毎日、今いる場所よりも上を目指して戦い続けている」

「9月の野球」でこそ貢献したい。

 メジャーリーグには「September Baseball=9月の野球」という言葉がある。

 ペナントレース終盤の緊張感あふれる試合のことを意味するが、それを本当の意味で味わえる選手はそう多くない。イエリッチは今、その幸福な時間の中で自分の才能を思う存分発揮している最中であり、走攻守すべてで彼のプレーがチームの成績に直結する=もっとも価値のある選手になっている。

「自分にコントロールできないことを考えたって仕方がない。僕が今できるのは、一生懸命プレーして、チームの勝利に貢献することだけなんだ」

 9月の野球が終わる頃、イチローに憧れた少年がMVPの最有力候補になっているかも知れない――。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO


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