久保康友を生き残らせた頭の使い方。松坂世代の「できない子」の視線。

久保康友を生き残らせた頭の使い方。松坂世代の「できない子」の視線。

 テキサス州シュガーランドは、合衆国第4位の人口約209万人の都市ヒューストンから車で30分程度の郊外にあるベッドタウンである。町には似たような作りの新しい複合住宅が幾つも点在しており、スキーターズ(蚊)という名の独立球団の本拠地コンステレーション・フィールドもその一角にあった。

 8月下旬のある午後、右翼後方のブルペンでチームカラーの青いTシャツに短パン姿の日本人が投げていた。足を上げて少し溜めを作る“日本流”の投げ方から、切れのある4シーム・ファストボールや速度差のあるチェンジアップを小気味よく投げ込む様は、見ていても気持ちいいぐらい。

 キャッチャーの構えているところに高い確率で次々に決まる。時々、持ち球の1つであるスライダーが外角へ外れるぐらいだ。

「キャッチボールとかほとんどしてない状態でアメリカに来て、バタバタしながらなんとか仕上げたけど、まだちょっと体が流れてしまう。あんな球、普通なら行かない」

 久保康友=「Yasu Kubo」は、日に焼けて精悍な表情でそう言った。

松坂世代「最後の大物」と呼ばれて。

「こっちの打者は誇りを持って自分のスイングをする。日本みたいに当てに来ることはまずない。だから三振が多い(現地9月10日 50.0回で47三振)と思うけど、対応力は日本人よりも高い。

 運動能力が優れているんで、日本人みたいに配球を読んだりしなくても細胞がパッと反応する。2回、3回と対戦していって、その反応が速ければ彼らの方がどんどん上がっていく。僕がそれ以上の球の見せ方、配球をしていれば僕の勝ち。その勝負だと思う」

 奈良県橿原市出身の38歳右腕は、プロ入りが遅かったために松坂世代「最後の大物」と呼ばれた。関西大学第一高校から松下電器(現パナソニック)を経て2005年、自由獲得枠で千葉ロッテに入団。

 4月に初先発して完封勝利を収めると、そこから7連勝するなどして10勝3敗、防御率3.40の成績でパ・リーグ新人王に輝いた。阪神時代の2010年には14勝5敗でリーグ最高の勝率.737を記録している。DeNAを自由契約になったのは昨秋のことだ。

 どうして彼は37歳の春になって突然、アメリカに来たのか――。

「日本のプロ野球って……」

「日本のプロ野球って、自分からやりたいって言って行くもんじゃなく、球団から欲しいって思われて行くものだから、自由契約になって1週間も経って何の話もなかったら、それはもう必要とされてないってこと。

 周りの人には『もう少し待たなアカン』みたいなこと言われましたし、最後まで粘ればどこか引っ掛かったかも知れないけど、それは『要るか。要らないか』のレベルであって、欲しいというレベルじゃない」

 潔い決断だったが、進路は「何も考えてなかった」と言う。

「オフの間に俊介さんと食事することがあって、その時に『アメリカってどうなんですか?』って聞いたら、あの生真面目な人が『何とでもなるよ〜』なんて言う。それで『あっ、アメリカにはこの人の性格をガラッと変える何かがあるんだな』って思ったのが最初です」

 久保が言う「俊介さん」と言うのは、千葉ロッテ時代の先輩で、彼が今プレーしている同じアトランティック・リーグのランカスターでも活躍した渡辺俊介(現・新日鐵住金かずさマジック投手兼任コーチ)のことだ。

「通訳とかいたら面白くないでしょう?」

 外国でのプレーを目指して動き出したものの、気がつけば最初に希望していたメキシカン・リーグではなく、スキーターズとは違うインディアナ州の独立リーグ球団でプレーしていた。

「キャッチボールもしていなかった」という「ぶっつけ本番」で投げ続けていると、7月に現在のチームへのトレードが決まった。単身赴任で、代理人もいなければ通訳もいないので、いろいろ大変だったろう、と思いきや、本人はさらりと「そういうのを求めていた」と言う。

「翻訳機を持ってきたんですけど、それで話しかけたら相手は『あ、こいつ、英語できるんか』って勘違いして、わーって話しかけてくるから分からない。でも、通訳とかいたら面白くないでしょう? 急に英語がうまくなるとは思わへんけど、せっかくアメリカに来てるんやし、アメリカ人の家にホームステイしたいと思ってるぐらいですしね」

軟式で控え、高校でも二番手以下。

 8月に38歳になったばかりの久保は阪神時代、コーチから「投げる哲学者」と呼ばれたことがあるらしい。なるほど、その話は理路整然としていて、関西弁の軽妙さも伴って独特だ。

「考えんのは好きですよ」と久保は相好を崩し、頭を指差した。

「でも、それはここがそんなに良くないから、今まで考えなきゃこの世界で生き残れなかっただけの話なんです。なんせ僕、ずっと軟式の控えだったわけですから」

 小学校、中学校と軟式野球で「自分よりうまいやつがいた」と控えに甘んじた。関西大学第一高校に入学して硬式野球部に入ってもすぐには芽が出ず、「エースになったのは三年生が抜けてから。それも同級生がヘルニアとか腰痛とかで投げられなかったから」と自嘲気味に話す。

松坂世代の「できない子」の視線。

 そこで1つの疑問が頭に浮かぶ。彼にはそもそも、群雄割拠の「松坂世代」の一員という意識があるのだろうか。

「あります、あります。同世代はできるやつが多いんで、皆、プライド高くて松坂世代って言われたくないってヤツがほとんどでしたよね。俺は俺や、あいつ(松坂)とは違うしって。僕はそういうのを傍から見てて、『こいつらスゲーな、これが本物やな』って思ってました」

 あります、と2度言ったものの、まるで「外野」の視線である。

「できない子の視線じゃないですかね?」と久保は言う。

「プロに入った時、『なんで俺はあいつに勝たれへんねん?』とか悩んでる選手がいたけど、『そんなん、俺は小学校3年生ぐらいで思ってたよ』と。小学生ならそこで諦めるのか、いろいろ工夫するのか、それとも野球以外のスポーツをするのかって選択をする。

 なのにプロ野球選手が20歳ぐらいで小学生みたいな悩み抱えていて、今までどんだけ、こいつ幸せな野球人生を送ってきたんやろなぁって」

 彼にとっては「考える人」にならなければ、野球界で生き残れなかったのだ。

怪我するほど頑張ったことがない。

「ずっと控えでいると、できなくて当たり前なんで、じゃあ、エースにどうやったら勝てるのかな? なんであいつ凄いんかな? って考えることが普通の習慣になる。自分の周りに凄いやつが常にいるんで、こいつをどうやって倒すのかな? って思うことが習慣になるんですよ」

 彼は現役時代、チームメイトや対戦相手を「じーっと眺めていた」と言う。観察だ。

「配球がどうとか言う以前に、メカニックス(投球フォーム)のこととか考えるわけです。そこがダメだと1球投げただけでも怪我するし、ちゃんとしてれば1日に500球以上投げたって怪我しない。

 実は僕、怪我って1回もしたことない。そもそも怪我するほど頑張ったことがない。なんか変な感じがするなと思ったら、すぐ止めていた。そこを皆、無理して怪我するから。あともうちょっとでレギュラーになれるとかで頑張った時に怪我してしまって、結局それが原因で辞めちゃう人を僕は今まで何十人と見てきてる」

 結局のところ、と久保は言う。

「他の誰にでも勝てる人が唯一、勝てないのが自分の怪我なんです。そこら辺はプロ入ってすぐに分かりました。あ、これは怪我だけせんかったら、なんとかやれるんちゃうかなって」

「レールを敷いてしまうと面白くないでしょう」

 そういうザックリした考え方はおそらく、アメリカに来てからも役に立っている。

「朝、早くに飛行機で遠征して2時間ぐらい寝ただけで先発したりとか、バスで15時間ぐらいかけて移動して試合したりとか、そんなんばっかり。日本みたいにがっちり計画立ててやっても、それ通りにいかない。

 だから何が起こってもいいように準備しておくのが一番いい。こっちの人って急になんか予定が変わっても、ああそう? みたいな感じだし、それが当たり前になってきた」

 スキーターズでは11試合(先発10試合)に投げて4勝2敗、防御率5.04という成績で、投手コーチなどは「来年も来てくれるなら契約したい」と言う。久保はこれからの自分について何を思い浮かべているのか。

「そんなん、思い浮かべてレール敷きたいですか? レール敷くなら日本にもあるから、そのレールに乗ればいいけど、敷いてしまうと面白くないでしょう」

 行き当たりばったりのようで、実は考え抜いての行動。熟慮しての行動のようで、実は成り行き任せ。

 松坂世代「最後の大物」は、人生を楽しみながらBaseballの世界に身を置いている。

文=ナガオ勝司

photograph by Kyodo News


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