2000安打間近のロッテ福浦和也。16年目・金澤岳に伝わる“イズム”。

2000安打間近のロッテ福浦和也。16年目・金澤岳に伝わる“イズム”。

 9月9日にメットライフドームで行われた埼玉西武対千葉ロッテ戦。

 この日、千葉ロッテの6番・指名打者でスタメン出場した福浦和也は、自身3年半ぶりとなる本塁打を含む2安打を放って、通算2000本安打達成まで残り4本に迫った。

 次カードで予定されていた9月11、12日の北海道日本ハム対千葉ロッテ(札幌ドーム)が、9月6日に発生した北海道胆振東部地震の影響を受けて2日後に中止を決定。記録達成は早くても9月15日以降になるが、千葉ロッテは15日以降の8試合を本拠地・ZOZOマリンスタジアムで開催する予定となっている。

 プロ生活25年を過ごしてきた地元・千葉で、その瞬間を迎える可能性が高くなったのは福浦にとっても、応援を続けてきたファンにとっても幸せなことだろう。なんとか地元・千葉での記録達成となることを期待したい。

「福浦さんは1日たりとも……」

 そんな福浦に、影響を受けた後輩たちは数知れない。

 今年、プロ生活16年目を迎えた金澤岳もその1人だ。

「(福浦さんは)練習もするし、何に対しても常に前向きです。そういう姿勢を僕は若い時から見て来たので、色々と気づかされましたし、自然と身に付いた部分もあるかもしれないです。福浦さんは、試合前の準備を見ていても、毎日同じことを続けていますし、それでいて1日たりとも無駄にしない。そして手も抜かない。それをずっと近くで見て育ったから、(この世界で)何が大事かも感じる部分があったと思います」

 福浦はプレーでの輝かしい実績だけでなく、人格者としてもよく知られている。チーム内外を見渡しても、彼を悪く言う人を見たことがないし、彼の近くで過ごす人間であればあるほど、強い影響を受けている。そんな気がする。

里崎、田村らとポジション争い。

 チーム在籍が福浦に次いで現役2番目の長さになる金澤は、その模範生と言えるだろう。

 たとえば取材で金澤に声をかけると、いつも気持ちが良いほどの明るい笑顔で対応し、挨拶ひとつをとってもファームで過ごす選手の誰よりもはっきりした口調で交わす。こうした姿勢は福浦とダブる部分だ。

 若手時代は里崎智也、橋本将に続く第3の捕手としてベンチを温めた。中堅になって以降は、田村龍弘、吉田裕太、江村直也らの陰に隠れ、ファームで過ごす日々も多くなった。

 それでも愚痴を吐くこともなければ、腐るわけでもなかった。

 金澤は言う。

「今、若い選手がチャンスをもらっているように、自分も若い時にチャンスをもらっているわけですよ。それを掴み切れなかったから、今の立場にいると思うんでね。それは結果を出せなかった、期待に応えられなかったというだけで、試合に出られないから……という考えには一切ならないですよ。

 若手が多くチャンスをもらえるのは当たり前のことだし、この後、自分にチャンスが来るのかどうかは分からないですけども、今までやってきたことと、自分の力を信じて。やるしかないのかなって、そう考えていますよ」

 内心では悔しい想いも数多くしてきただろう。しかし、それを外には決して見せない。根っからのポジティブ思考。“福浦イズム”と言ったら少し大袈裟かもしれないが、彼はそうしたものを感じさせる選手の1人である。

春先の代走で出場し、負傷離脱。

 今年の春先にこんなことがあった。

 キャンプ、イースタン教育リーグと好調を続けてきた金澤に、オープン戦も残り少なくなった3月20日に一軍昇格の声がかかった。

 しかし、その日行われた埼玉西武とのオープン戦で、6回表に福浦の代走として出場した金澤は、走塁時に左足に強い痛みが生じ、すぐさま交代となった。

 検査結果は左大腿二頭筋筋損傷。全治4〜5週間の診断だった。

 この日の所沢市の最高気温は11度、回を追うごとに寒さが増していった気温は、最終的に5度近くまで下がり、まるで真冬に戻ったようだった。当然、途中出場の選手にとっては準備が難しかった。

 金澤は今年で34歳。年齢的にも、そう何回もやって来ない貴重なチャンスだった。それをわずか数分、いや数秒で奪われる形となった怪我。さすがに彼のメンタルが心配になった。

1日でも早く復帰したいから。

 数日後、ロッテ浦和球場で彼を見かけると、いつものように人一倍の元気を張り上げて、気持ちの良い挨拶を交わす金澤の姿があった。病院には毎日のように通い、怪我の回復も予定より早かったようだ。

 金澤はこう振り返る。

「怪我のことはもうしょうがないですよね。しょうがないと自分でも思うしかなかったです。もちろんすぐには割り切れなかったし、めちゃくちゃ悔しかったですよ。(井口)監督からもせっかくオープン戦の最後にチャンスをもらったのに、そこで怪我をしてしまったわけですから……それは本当に悔しかったです。

 でもね、そこで落ち込んだり、腐ってしまっても何も始まらないし、得るものなんて何もないわけじゃないですか。ちょっとは落ち込んだりもしましたけど、すぐに気持ちを切り替えて、前向きに治療に専念しましたよ。『1日でも早く野球に復帰したい』。ただ、そのことだけを考えて。僕にはもうそれしかなかったですから」

「なんて強い人なんだろう」

 このとき心底、彼を尊敬する気持ちになるとともに、彼が16年間、プロ野球選手を続けて来た理由の一端が分かる気がした。

文=永田遼太郎

photograph by Kyodo News


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