運動会での「かけっこ上達法」、ヒントは電車の車輪とAKBの曲?

運動会での「かけっこ上達法」、ヒントは電車の車輪とAKBの曲?

 10月10日は体育の日……じゃなくなってもう20年近いが、秋はやっぱり運動会シーズンである。運動会の花形競技と言えば昔も今も、かけっこ。

 やっぱりわが子にトップでゴールテープを切ってほしいと思うのも親心。もしくは夕飯の団らん中に「○○ちゃんはものすごく速いから……」と切なそうに言っていたら、何とか少しでも足が速くすることはできないか、なんて考えてしまうだろう。

 とはいえ世界で戦うスプリンターのように、パーソナルトレーナーをつけて走力を上げよう、なんてアプローチは難しい。家でできる範囲で、かけっこに勝てるようになる練習法や走り方を教えてあげられないものか。

 そこで目をつけたのはスポーツ科学。近年はトップアスリートが科学的アプローチを活用しているという話もよく聞く。ということで、物理で各種競技と向き合っている専門家に話を聞くことにした。向かった先は東洋大学理工学部の望月修教授の研究室だ。

 望月教授は1980年代後半にスキージャンプ日本代表チームの依頼で飛行姿勢の解析に取り組み、それ以降スポーツの研究にのめり込んだ。『オリンピックに勝つ物理学』、『おもしろい! スポーツの物理』といった著書もある、この分野の第一人者だ。

 そんな望月教授が挙げてくれたヒントは「電車」と「AKB48のヒット曲」。ちょっと意味がわからない。桐生祥秀らを輩出した陸上部の練習グラウンドが窓から見える研究室でかけっこ上達法を聞いてみた。

スキージャンプ日本代表を担当。

――望月教授はこれまで、物理学からスポーツにアプローチしてこられたとか。

「そうです。私がスキージャンプに関わり出した当時、ニッカネンという凄いフィンランド人ジャンパーがいて、どうすれば日本もあれだけの距離を飛べるのか、というのを物理的に解析し始めたんです。それから、研究対象の競技もどんどん増えていきました。もともとは虫など生物の効率の良い飛び方を研究してたんですけどね」

――意外な経歴です(笑)。では、さっそくかけっこが速くなる物理学を……。

「あ、前置きしておきますけど、物理的アプローチですぐ速くなるってわけじゃないですよ。練習することで上達していくわけですし、日々のトレーニングが重要ですからね」

加速時は前傾姿勢をキープ。

――そ、そりゃそうですよね。

「ただ練習する時、ぼんやりと走るよりも数値的な目標や、具体的なヒントがあるとイメージしやすいのは誰でも一緒です。スポーツから離れますけど、ダイエットがまさにいい例です。“体重を2kg落としたい”と思った時、毎日体重計に乗るだけでも意識できます。それを物理的なアプローチで数字、つまり記録を向上させていけばいいんです」

――なるほど。ただ僕は学生時代から物理が苦手でして、スポーツで分かりやすく説明できるんでしょうか。

「大丈夫ですよ。簡単に説明した方が小学生にも伝わりますからね。まず、走るという動作は『加速、トップスピード、減速』の3つに分けられます。

 理論上は加速でいち早くトップスピードに入り、そのトップスピードが誰よりも速く、最後までまったく減速しなければ、五輪の100m走も運動会のかけっこも1位で駆け抜けられます」

――僕もそれくらいの理論なら、さすがにわかります。

「まず学校の算数で習った公式を思い出してみましょう。『速さ×時間=距離』という公式がありましたね。かけっこで考えると、必要なことは加速までの時間を少しでも短くするか、最高速度を上げるかのどちらかです。分かりやすい例は前者だと山縣亮太選手、後者だとウサイン・ボルト選手ですね」

――ああ、序盤に強い山懸選手、後半に入って伸びるボルト選手というイメージです。

「ここには質量、つまり体重差が反映されます。簡単に言うと、質量があればあるほど加速しづらいかわりにトップスピードは速くなります。山縣選手はスタートの反応速度を含めてトップスピードに入るまでが本当に速い。それは他のスプリンターと比べると、体重が少し軽いからという点もあります。

 ボルトの場合は体重がある(94kg)ので、少し出遅れたとしてもトップスピードに乗ってしまえば、ごぼう抜きしてしまう。報道を見ると、山縣選手もトップスピードを上げるために質量、つまり筋肉をつけているようですね」

つま先着地は「地面と73度」。

――ではボルト選手や山懸選手から、ぐーっとレベルを小学生まで持っていくと、どうなるんでしょう。

「まず加速とトップスピードについては、電車をイメージしてもらえれば分かりやすいと思います。電車が出発する時に加速しますね。その瞬間、乗車している私達は進行方向とは逆側に体が持っていかれる。これを慣性力と言って、かけっこの加速時にもかかるものです。

 これに負けないために、前傾姿勢で前に体重をかけることで、力をつり合わせます。かけっこは『よーいドン』の形ですが、本格的な陸上競技だとクラウチングスタートで、前傾から徐々に体を起こしていくフォームですよね」

――なるほど。

「そしてトップスピードです。電車に乗って安定したスピードで走っていると、加速時のような力って感じますか?」

――そういえば、何も感じません。

「そう。物理学の理論だと、トップスピードに入ればそれを維持するだけでいいんです。先ほど挙げたボルト選手ですが、彼はトップスピードになれば、余計な力を使う必要がないと感覚で分かっている。だから、あっちこっち向いて走っても大丈夫という(笑)」

――でもその維持って大変ですよね。どうすればいいんですか?

「簡単に言えば、地面との抵抗を生まないようにする、つまり地面との接地部分を少なくすればいいんです。電車の車輪は円形になっていますよね。線路との接地はごくわずかになっている。そのおかげで無駄な抵抗を生まずにトップスピードを維持できるんです」

――それって人間の足で言うと?

「つま先で着地することです。かかとから着地してしまうと『かかと→つま先』という順番で足が設置する分だけ抵抗が増えて、ブレーキになってしまう。一方、つま先だけの着地なら抵抗が増えないです。数字で言うと、つま先と地面の角度が『73度』になると、理論上はベストです。

 でもさすがにかけっこする小学生にそんなこと言っても『え?』って言われちゃうので『つま先で走ろう!』と習慣づけると、少しずつ変わってくると思います」

テンポのいい歌に合わせてみる。

――他にも足が速くなる秘訣ってありますか?

「足を運ぶ歩幅とリズムですね。小学校でよくある50m走で、加速を抜きにして考えてみましょう。Aくんの1歩の歩幅が1mだとすると、50mを進むために50歩必要です。その1歩を1秒間に何回踏み込めるかによって、到着する時間が変わります」

――例えば1秒に1回なら50秒、2回なら25秒……と。

「ですよね。『歩幅を広げて、1秒間に踏む歩数を増やす』ことができれば、時間は縮まるんです。40歩で50mを進む場合、50m÷40歩=1.25m(1歩ずつの歩幅)。これで1秒ごとの歩数を増やせれば、タイムはより早まります。ボルト選手は190cmを超す長身で、歩幅が長いのも上手に利用していましたよね」

――理論的には分かりやすいんですけど、みんな速く走りたいという気持ちが強すぎて、そこまで意識が回らなそうです。

「ここでお勧めしたいのが、テンポのいい歌に合わせて足を運ぶことです。小学生にはちょっと難しいかもしれませんが、音楽好きなお父さんお母さんなら『BPM』という単位を聞いたことがあるかと思います」

――確か1分間の拍数のことですよね、Beats Per Minute。

「はい。120BPMの曲だと1分間で120拍、つまり1秒間に2拍です。このリズムに合わせて歩幅1mとすると……50m走るのに25秒かかりますね。なので、手を叩いて1秒間に4拍のリズムにしてみます。そのペースで走らせてあげるとどうですか?」

――半分のタイムだから、12.5秒になる。このタイムは小学校低学年でも少し遅い感じはしますが。

「ですね。なので歩幅を広げつつ、アップテンポにしていきましょう。まず入門として、『右・左・右・左』の2歩ずつで練習させて、徐々に長い時間にして走らせればいいんです。ちなみにこの練習、とってもピッタリなのはAKB48のあの曲です……ラッキーフォーチュン、でしたっけ?」

自分の体内にリズムを刻む時計を。

――えーと……『恋するフォーチュンクッキー』ですか?

「そうそう! あの曲はBPMが140なんですね。これを先ほどと同じ1秒間で4回のペースで足を運べれば、120BPMの曲よりもスピードアップするわけです。

 実はある小学校で『恋するフォーチュンクッキー』をかけて走る練習をしたんですが、子供たちは大喜びで取り組んでいました。子供も先生もよく知っている歌だからノリやすいんでしょうね。私はうろ覚えでしたけど」

――なるほど(笑)、そう言えばテレビ中継を見ていると、レース前に音楽を聴きながらリズムをとっているスプリンターもいるような。

「その試みは、物理学として理にかなっているわけです。自分の体内にリズムを刻む時計を持っていればいいわけですね。とはいえ時計をずっと見ているわけにはいかないので、音楽を聴きながらだと、リズムが感覚的にわかる。自分の気に入ったアップテンポの曲に合わせて走っていけば体に浸透するはずですよ」

 ◇ ◇ ◇

 こう物理学の観点から語ってくれた望月教授。もちろん教授が最初に前置きした通り、足が速くなるには一定のトレーニングが必要だ。ただこういったアプローチを頭の隅っこに入れておくだけでも、来年以降の運動会でわが子が主役に急成長してくれるかもしれない。

文=茂野聡士

photograph by AFLO


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