「カープの歴史に名を残すチーム」マエケンが語る3連覇とプレーオフ。

「カープの歴史に名を残すチーム」マエケンが語る3連覇とプレーオフ。

 アリゾナ・ダイヤモンドバックスの本拠地チェイス・フィールドのビジターチーム用トレーニングルームは、とても小さい。昨今、流行りの極太のロープを使ったトレーニングや重いメディシン・ボールを使った体幹トレーニングをやるスペースはなく、そこを訪れた選手たちは仕方なく、メディアや施設関係者が通る廊下に出てトレーニングをすることになる。

 9月26日の午後も同じだった。左腕クレイトン・カーショウがロープを波打たせる。壁に上腕を付けて小刻みに動かしながら、インナーマッスルを鍛えている。サイヤング賞を通算3度、ナ・リーグ最優秀選手賞を獲得している現役屈指の投手が、メディアに見られるのを覚悟で廊下に繰り出して練習している姿は、少し同情に値する。

 そのすぐ横で「バシンッ! バシンッ!」と音をさせてメディシン・ボールを壁に投げつけているのが、前田健太だった。袖のないシャツを着ている。むき出しになった二の腕がパンプアップされて逞しい。いや、違う。数カ月ぶりに取材したせいか、身体全体がどこか、大きくなったように見える。

メジャーリーガーっぽい質感に。

「太っただけじゃないですかね」

 と言いながら、前田は笑った。どこか真面目な感じもある。

「基本的に体重とかはあまり変わらないんですけど、一時期ちょっと、腹が出てきてヤバいかな? と思った時期もありましたから」

 そう言えば、キャンプの時、彼は「毎年、トレーニングで身体は大きくなっていると思うし、それに比例して球も速くなってると思う」と言っていた。

 確かに広島時代のほっそりとした印象はなくなり、見た目の質感がかなりメジャーリーガーっぽくなった。去年、チーム事情でリリーフに転向したことも影響しているようだが、今年は先発でも試合序盤から時速94マイル(約151キロ)の速球をどんどん投げ込んでいる。

「カープの歴史に名を残すチーム」

 その前田にとって古巣になる広島カープがセ・リーグ3連覇を果たしたのは、日本時間の25日のことだった。

「いや、本当にすごいと思う」

 最初に「いや」と言ったのは、こちらが畏まって「毎年、同じ質問をして申し訳ないのですが…」と切り出したからだろう。古巣の仲間を思ってか、その視線はとても優しかった。

「僕がいた頃も、菊池とか丸とかいい選手は揃っていたけど、そういう選手が成長して、今はもっと若手とベテランのバランスが取れていると思う」

 そこで前田は、とても懐かしい名前を口にした。

「若い頃、よく北別府さんとかがいた時代は凄かったって聞いてましたけど、今のチームも同じような感じなんだと思います。間違いなく、これからのカープの歴史に名を残すチームでしょうね」

アリゾナで北別府と聞くとは。

 北別府さん……北別府学(現私立英数学館高校野球部の非常勤コーチ)。

 前田の取材をしたのは9月下旬のアリゾナ州フェニックスである。晩夏でも日中の気温が軽く35度を超えてしまう砂漠の町で、まさか、その名を聞くことになるとは思いもしなかった。

 北別府氏は、1982年と1986年の2度に渡って沢村賞を獲得したカープの名投手だ。1986年にはリーグ最多18勝を挙げて、その内の17試合に完投(4完封)するなどして、セ・リーグの最優秀選手賞も同時受賞している。

 当時のカープも確かに強かった。

 1975年に「赤ヘル」ブームでセ・リーグ初優勝。1979年から日本シリーズ連覇を達成したカープは、北別府氏がデビューした1976年から引退する1994年までの間に通算5度のリーグ優勝を果たし、その内、3度も日本一になっている(1979年、1980年、1984年)。

マエケンにとっては伝説の選手。

 余談になるが、同氏が全盛期に差し掛かった1980年代半ばは、今年のパ・リーグ優勝争いをリードした西武ライオンズの全盛期でもあった。

 とくに1986年の日本シリーズは、初戦を引き分けた後、広島が3連勝しながらも、西武が4連勝した印象深いシリーズだ。後に福岡ソフトバンクの監督として日本一になった秋山幸二氏が清原和博氏らとクリーンアップを組んでおり、同点本塁打を放ってバック宙を披露したのもこのシリーズだ(第8戦)。

 前田が生まれたのは、その「黄金期の西武」が日本シリーズ3連覇を達成した1988年のことである。「北別府さん」は彼にとってはまさに、伝説の野球選手だろう。

 球団史上初のセ・リーグ3連覇は間違いなく、偉業である。

 カープは今季の優勝で、中日と並ぶ2位タイのセ・リーグ優勝回数9を記録した(最多は巨人の36回)。その偉業が、クライマックスシリーズ(以下CS)という歪なプレーオフ形式によって色褪せなければいいのにな、と心から思う。

優しい目線が、少し厳しくなった。

 なぜなら今の日本プロ野球のプレーオフ形式では、せっかくペナントレースを制して「リーグ王者」となっても、プレーオフを勝ち抜いて「CS王者」とならないことには日本シリーズに進めないからだ。

 外部から見るとどうにも理屈に合わないことだが、そういう仕組みになっているのだから、仕方がない。

「プレーオフはまた、ちょっと戦い方が違ってくる」

 そう言ったのは、他ならぬ前田だ。古巣を思う優しい視線が、少し厳しくなった。

 それはきっと、彼自身がプレーオフの激闘を、メジャー移籍以来、毎年経験しているからだろう。

「プレーオフを勝ち上がっていくのは本当に難しい。リリーフの使い方とか、戦術的なことも変わってくるし、ラッキーボーイみたいな選手が出てくるかどうかも大きい」

ドジャースで今度こそ世界一を。

 昨季のプレーオフ、前田はある意味そういう存在だった。貴重な救援投手として9試合に登板して2勝0敗、防御率0.84(10.2回を投げて10三振)と活躍し、ドジャースにとって1988年以来となるリーグ優勝に貢献した。

 今年は159試合目で地区首位を奪われながら161試合目でロッキーズと同率首位に並び、163試合目のタイブレーカーに勝ってナ・リーグ西地区6連覇中の王者として、東地区王者のブレーブスと地区シリーズを戦う。

「ドラフトだけでここまで強いチームを作ったのは本当に凄いこと。CSでも頑張って欲しい」

 昨季、あと1勝で届かなかったワールドシリーズ優勝=メジャーリーグ王者。ドジャースと前田は今年、どこまで近づけるだろうか――。

文=ナガオ勝司

photograph by Nanae Suzuki


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