「おかえり! 高橋大輔!」4年ぶりの滑りは幸福感に包まれて。

「おかえり! 高橋大輔!」4年ぶりの滑りは幸福感に包まれて。

「きつかったー!」

 試合後の取材を終え、引き上げながら叫んだひとことは、心の底からの思いだったに違いない。

 10月8日、近畿選手権を終えた高橋大輔のその言葉は、しかし、文字に起こした印象とは異なるニュアンスが含まれていた。

 今年7月、4年ぶりに現役に戻ることを発表。これが復帰戦だった。

 前日のショートプログラム『The Sheltering Sky』では、冒頭のトリプルアクセルを始め3つのジャンプすべてを着氷させるなどして、77.28、首位に立つ。

 迎えたフリー『Pale Green Ghosts』は、様相が違った。

「これが試合という緊張感」

 冒頭のトリプルフリップ−トリプルトウループのコンビネーションジャンプは成功させたものの、続くトリプルアクセルで転倒。その後もジャンプは思うように決まらなかった。

 フリーは118.54、総合得点は195.82。

 結果、総合3位で復帰しての第1戦を終えた。

「最低ですね。今まで、練習でも、ここまでぼろぼろなのはなかったので。今シーズン、現役復帰してからこんなにぼろくそな演技は練習を含めて初めてでした」

 開口一番に語った高橋は、こう続けた。

「これが試合という緊張感だと思うし、ショートとフリーと、2日続けてやる難しさだと思います」

夏は足の怪我で練習できず……。

 高橋はショートを滑り終えると、そのまま引き上げようとして呼び止められた。

「スコアが出るのを忘れていて、『そういえば点数、出るんだ』と思いました」

 ショートのあとにはこうも語った。

「6分間練習というのも久々だし、あとこんなに明るい中で、こういう見られ方をするのも久々で。想像以上に自分が緊張していてびっくりしました」

 フィギュアに限らず様々な競技の選手がしばしば口にするのは、実戦から遠ざかることで試合感覚を失う不安だ。練習の内容がよくても、その感覚のなさが力を発揮するのを妨げる。そして試合感覚には、スタミナも含まれる。

 スコアの件も言葉も、高橋にまだ試合感覚が戻っていないことを示していた。なにしろ、4年ぶりなのだ。

 しかも夏場には、左足内転筋肉離れを負い、計画通りに練習を重ねられなかった。

 つまり、万全とは言えない中での試合を強いられたのが近畿選手権だった。

 一方で、この2日間に見せたのは、一度引退する前と変わらぬ姿だった。

「魅入られてしまいました」

 優勝した友野一希は言った。

「人をひきつける力がすごいと思いました。彼1人で、大会の雰囲気が、がらっと変わります。自分もそういう選手になりたいと思います」(ショート後)

「まだまだ1人のスケーターとしては全然かなわないと思います」(フリー後)

 2位の中村優もショート後に、こう語った。

「6分間練習は全日本選手権みたいでした。(滑走順が)高橋選手の前でよかったです」

 やはり高橋の前に滑ったフリーでは、リンクサイドで高橋の演技を見守り、演技を終えた高橋をうれしそうに出迎えた。

「試合でモチベーションをどう持っていくのか気になっていたので……魅入られてしまいました」

会場の空気を変えてしまう男。

 変わらないのは、会場の空気を変え、リンクを自分のものとする力だった。

 そして、慎重に、丁寧に、でも決して失われないスピード感とともに見せるステップ、音を捉えてそこから広げていく表現――ショートも、そしてジャンプのミスが目立ったフリーでも、高橋ならではの滑りは健在だった。

 何よりも、高橋本人の言葉や表情が、明るさを感じさせた。

「1つの試合をこなすというのは、精神力や体力といったいろいろな要素をたくさん使うと、あらためて感じました。そこでうまくいったり、いかなかったり、それも1つひとついい経験になります。目標があって、そこをクリアしていくことができるのは、幸せだなと思います。充実した時間を過ごせているなと思います」

 取材後の、「きつかった」のひとこともまた、どこか楽しさを含んでいるかのようなトーンだった。

「このままじゃ、やばいので(笑)」

 次の大会は西日本選手権。ここでの成績で、全日本選手権出場の可否が決まる。

「この2日間を通して、僕自身、課題もたくさん見えてきて、本当に、悔しいというところより、これが今の自分の実力なんだとすごく実感しました。ここからあとは上げていくだけだなということも強く思いました」

 さらにこうも語る。

「このままじゃ、ほんとうにやばいので(笑)。もうなんか、とりあえずやるしかないかなというところです」

 その言葉に、ふと、2012年4月、高橋が語った言葉を思い出す。

「先を見れば人間、突き進んでいけるんだということを感じることができた」

高橋大輔が、ほんとうに戻ってきた!

 この2日間、場内からはたくさんの歓声が聞こえた。それはやむことがないかのようだった。

 復帰を祝福する声援の中、選手や関係者たちが座るエリアから聞こえた言葉も印象的だった。

「おかえり!」

 ほんとうに戻ってきた。

 そう実感させる滑りで近畿選手権を終えた高橋は、ここからも平坦な道でないことは自覚し、でも競技の世界で戦える幸せとともに、前を見据えている。

文=松原孝臣

photograph by Asami Enomoto


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