「フィギュアスケートは総合芸術」氷上の哲学者・町田樹、最後の演技。

「フィギュアスケートは総合芸術」氷上の哲学者・町田樹、最後の演技。

 リンクに登場するたびに、拍手が場内を包んだ。

 10月6日、さいたまスーパーアリーナで行なわれた「ジャパンオープン」、続けて開催された「カーニバルオンアイス」のそれぞれでプログラムを披露。挨拶にも立った町田樹へ向けられた拍手は、そのスケート人生への労いと愛惜、新たな場所へと送り出す励ましが込められているようだった。

 この日、町田はスケーターを引退した。今後は研究者という立ち位置でフィギュアスケートにかかわっていくという。

「ファンの皆様、オーディエンスの皆様、今日このような多くのかたがたに見守られて引退公演をできる私は、世界一幸せなスケーターだと思っております。ほんとうにありがとうございます」

 ジャパンオープンでの引退セレモニーでは、晴れやかな笑顔で感謝を伝えた。その表情には少しの悔いもうかがえず、すべてをやりきっての引退であることを物語っているようだった。

これまでも、これからも戦い続ける。

「ジャパンオープンという競技会でしのぎを削ったスケーターをはじめ、世界では日夜、選手やプロスケーターが戦っています。血のにじむような努力をして戦っています。

 立場は異なりますけれども、私もこの愛するフィギュアスケートのために明日からさっそく精進をかわらず続け、私も戦い続けたいと思っております」

 戦い続けたい――この言葉はつまり、今日まで戦い続けてきたということをも意味していた。

 2014年末の全日本選手権で競技からの引退を発表した後、町田は早稲田大学で大学院生として研究に取り組むかたわら、プロフィギュアスケーターとして活動してきた。

 競技からの引退を表明してからもずっと、オリジナル性あふれるプログラムを作り、表現し続けていたのである。

「フィギュアスケートは総合芸術」

 2016年には、誰もがそのメロディーを知っているであろう松田聖子の大ヒット曲『あなたに逢いたくて』で、曲に合わせて滑るというより、歌詞と曲に応えるかのような独創的な演技を見せた。

 2017年は3部構成の『ドンキホーテ』を披露し、あっと言わせた。

 町田が最後の日に演じたのは、この日だけのプログラム。

 ジャパンオープンではシューベルトの「楽興の時 第3番」、エルガーの「愛のあいさつ」による2部構成の『そこに音楽がある限り』。

 カーニバルオンアイスでは『人間の条件』を、10分ほどもあっただろうか……それを見事に演じきった。

「フィギュアスケートは総合芸術」という信念を持つ町田は、その信念を確かめ、形として表すために氷上の内外で研鑽を重ねてきた。その中から生み出してきたプログラムは、そのすべてが戦い続けてきた証であった。

 次は何を見せてくれるのか、常にそんな期待を抱かせ続けた。

 だが、氷上を去ることを決めた。

両立できなければ引退を。

 研究者とスケーター、2つの活動を続けながら、「本業は大学院生」と考えていた。そして心に決めていることがあった。

「学業とプロスケーターとしての活動が両立できないのであれば、いつでもプロスケーターをやめる覚悟で毎年、毎作品を演じてきたつもりです」

 今春からは慶応義塾大学と法政大学で非常勤講師として教壇に立つことになり、さらに多忙をきわめることとなった。なので「キャリアを一本に絞るべきとき」と感じ、引退を決めた。生半可に掛け持ちをしないのも、町田らしかった。

愚直なまでのまっすぐな性格。

 競技に打ち込んでいるときから、愚直なまでのまっすぐさを感じさせる選手だった。取材時の質問には真摯に、考え抜いて答え、言葉を決しておろそかにすることはなかった。

 そんなまっすぐさを練習にもぶつけたから、2013-14シーズン、本人も「代表には遠い」という位置からソチ五輪出場を実現し、世界選手権銀メダルを手にするところまで自らを引き上げることができた。

 競技から退いたあとは、そのまっすぐさを、アイスショーの世界にぶつけてきた。数々のプログラムは、町田の姿勢の表れでもあった。

 それらの演技は、町田なりに1つの結論に到達することができた、根拠にもなった。

「この4年間で確信したことは……フィギュアスケートという表現様式は舞踊の1ジャンルとして、確実に成立しうるということです。なおかつ、フィギュアスケートでしかできない表現というものがある、ということなんです」

関係者すべての人に感謝を。

 例えば、高速で、なおかつポジションを変えることなく移動できるのは氷上ならではの世界だ。そういうフィギュアスケート独自の表現があることをしっかりと認識したので、引退を決断できたということだ。

 ジャパンオープンの引退セレモニーでは、プログラムの作曲家や演奏家の名前を紹介するとともに、音響、照明、衣装など、かかわるすべての人々への感謝も言葉にした。総合芸術ならば多くの人の手を借りる必要がある。それら多くの謝辞もまた、町田の揺るぎない信念が浮き彫りになっていたように思う。

 ただ、カーニバルオンアイスで『人間の条件』を演じた直後、町田は一瞬、複雑な表情を浮かべたようにも見えた。そこに葛藤はなかったか――。

 それでもこれが、ラストショーだ。

「フィギュアスケートを文化に」

 町田は、先に感謝を捧げた人々に加え、総合芸術のための大切な、ある意味最も大切なピースに触れた。

「このスーパーアリーナが満員になる、ほんとうに幸せなことだと思います。選手、プロスケーターをみなさんの力で支えて、応援してあげてください。

 フィギュアスケートをブームではなく、文化にみなさんの力で変えていってほしいと思います。

 これが私のフィギュアスケート実演家としての、最後の願いです」

 おのれの信念にどこまでも忠実で誠実だったからこそ、フィギュアスケートと真摯に向き合い、地道にその努力を積み上げてきた。そんな、他に類を見ない個性を放ってきたスケーターは、フィギュアスケートへの情熱と思いとともに、氷上での25年間を締めくくった。

 それは、新たな一歩を踏み出す日でもあった。

文=松原孝臣

photograph by Asami Enomoto


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