イチローの調整と復帰への本気。岩隈からの一打、実戦映像を凝視。

イチローの調整と復帰への本気。岩隈からの一打、実戦映像を凝視。

 シーズン最終戦後、マリナーズのイチロー会長付き特別補佐が「ずっと変わっていない」と現役続行の意思を表明すると、翌10月1日に行われた恒例のシーズン総括会見でディポトGMはその見解を示した。

「(アリゾナのキャンプ地)ピオリアでイチローが打席に立つ姿を見るだろう。その段階で状態を見極めることになるが、来年東京で彼が躍動する姿を見たとしても驚きはない」

 ディポトGMは来年3月20、21日に東京で開催される開幕カードでイチローが選手復帰を果たすことを示唆。会見終了後に壇上から降りると日本報道陣に囲まれ、先の見解を掘り下げた。

「40人枠は融通が利く。FAで行き先が決定しない選手も出てくれば、契約上、動かせる選手やその他の選手(年俸調停権のある選手やトレードの俎上に載る選手など)もいる。気にするのは彼の体の状態だけだ」

 地元記者の1人に聞くと、マイナー契約の招待選手でイチローをキャンプに招聘するという見立てをしたが、ディポトGMが来季の契約について具体的に触れることはなかった。

日本開催でベンチ枠28人登録へ。

 ただ、1つ明確にしたのは、イチローを来春のキャンプで今年5月に外れた大リーグ出場の前提となる40人枠に戻し、健康状態に問題がなければ、日本開催で適用されるベンチ枠28人に登録するということだった。

 では、通常の25人枠に戻る、米国帰国後はどうなるのか――。

「分からない……」

 同GMはこう話すにとどめた。

 今季、イチローはキャンプ途中の3月にマリナーズと契約。足を痛め、一時離脱を余儀なくされたが、開幕戦から出場し地元ファンを沸かせた。しかし打撃の調子は下降線をたどる。そして故障者の復帰に伴い、5月2日の試合を最後に25人の出場選手枠から外れ、会長付き特別補佐に就任した。

調整そのものはどうだったのか。

 試合中はベンチに入れない立場となったが、ユニフォームを着てこれまで通り試合前の練習に参加。試合開始間際には各選手に声をかけ、いくつものダンスで緊張を和らげる儀式を施し、時には打撃投手も買って出るなど、入団会見で発した「力になれるなら何でもやりたい」を滞りなく履行した。

 9月30日の最終戦後に言った「できることは全部やった」は、来季以降の現役続行に含みを持たせた言葉ではなかったか。

 では、調整そのものはどうだったか。

 球宴を直前に控えた7月15日、イチローは高地コロラドでの前半戦最後の試合後、プレーしなくなった約2カ月半をこう振り返っている。

「想定していたことを超えることはないですね。自分ができることは限られていますから。だからもっと何かができるということはないし、そんな特別なことはないですよ」

室内練習場でのトレーニング。

 全体練習の打撃で漆黒のバットを手にするまでは、外野での球拾いでフィールドを縦横無尽に駆け回り、守備練習に充てる日々を淡々と重ねた。

 厳冬の日本で孤独なトレーニングを続け、契約を待ち続けた心境を「泰然」と表したイチローだけに、現況を見据えて取り組んだフロント入り後の調整にも焦慮する気配はまったくなかった。

 試合中のイチローはもっぱら室内練習場で過ごした。本拠地の場合、一塁ベンチ裏の階段を下り左へ曲がれば扉の向こうにグリーンのネットで覆われたケージがある。そこではトス打撃、打撃マシンが繰り出す球を打ち込み、また、途中出場を想定して準備を行う控え野手を相手に投げるというのがルーティーンになった。片隅に常設された初動負荷のマシンを使ったトレーニングも欠かすことはない。

 関係者以外の立ち入りが禁じられている室内練習場は取材者にとってはまさに常闇であり、イチローにとっては聖域である。試合終了までの数時間を過ごすその空間で、一工夫した練習に取り組んでいるのではないか。ふと浮かぶ想念をぶつけたのは8月24日、灼熱のアリゾナだった。

岩隈相手に21球の駆け引き。

 平野佳寿が所属するダイヤモンドバックスとの交流戦初戦前に「走者を置いた場面の想定や、ボールカウントを設定しての打撃練習も行っているのでは」と問いかけると、イチローは敏感に反応した。

「何のためにですか?」

 その一言に受け太刀となったところへ、目を見開き畳みかけてきた。

「この前の岩隈とだってそうですよ」

 8月21日、昨秋に受けた右肩手術からの復帰を目指していた岩隈久志(9月終わりに退団)は、実戦に向けた調整を進める中で、打者相手の投球へとギアを上げた。待ち望んだ練習で相手になったのがイチローだった。3打席の対戦となったその1打席目で、セーフコ・フィールドの右中間フェンスをワンバウンドで越える鋭い打球を放っている。

 リハビリ調整ということを差し引いても、捕手と呼吸を合わせ、カーブ、スライダー、フォークを織り交ぜた岩隈との21球の駆け引きを味わえたことは大きな収穫として見ても大過ないと思われたが、イチローは「実戦感覚は実戦でしか補えない」と断じた。

 先のスリリングなやり取りにはその考拠が忍んでいたのである。

「特別なことはないの額面通り」

 イチローは最後に「7月に僕が言った『特別なことはない』の額面通りですよ」と、結ぼれを解きほぐすように締めた。

“額面通り”――。強靭な目的意識を貫くことの誠実な韜晦(とうかい)には正直、しびれた。

 今季のプレーを断念してフロントの肩書をもらった5月3日の会見で、イチローは印象的な言葉を残している。

「僕は野球の研究者でいたい。プレーしていなかったとしても、毎日鍛錬を重ねることでどうなれるのかを見てみたいという興味が大きい」

“鍛錬”とは全てを捨象し、来るボールを打ち続ける純粋な練習そのものを指していたことになる。イチローは「これまで培ってきた感覚を大切にしています」と言う。

 日米通算4367本の安打を導いた、幾つもの引き出しを整理する作業が聖域で行われていたのだ。換言すれば、密閉された空間での調整を、本来の感覚を研磨するための砥石としたのである。アドレナリンを分泌できない日々の練習では、ただひたすらに一球を仕留める振りをイメージしながら打ち込んだ。

 翻って「実戦を想定した練習」に何ら疑義を抱かずに取り組めるのが並みの打者であるとするなら、イチローは「知の構え」から一線を画していると言えるだろう。

実戦の映像を微動だにせず見る。

 独自の感覚を保つ方策の1つに、イチローは「実戦の映像を見ること」を挙げている。

 6月半ばのこと。イチローは本拠地のクラブハウスでロッカーの椅子に腰を掛け、愛用するiPadに釘付けになっていた。挨拶をするために近寄ってはみたものの、背を向けたまま微動だにせず、後ずさりするしかなかった。

 その際に垣間見えた画面に映っていたのは、アスレチックスの試合の中継映像だった。

 来年3月、東京ドームで開催される開幕戦の相手をイチローは早くからイメージの中へと取り込む作業にも取りかかっていたのだ。

 ディポトGMはシーズン総括会見で今後のチームの方向性にも触れている。

「数年先をにらみ、今季躍進したハニガー(27)、ディアス(22)、ゴンザレス(26)ら、30歳までの選手を軸とするプレーオフ常連のチーム作りを目指す。究極の目標は世界一だ」

 今月22日に45歳を迎えるイチローには、引き裂かなければ生き残れないチームの未来図が突き付けられているという現実もある。

 寒さの中でほころび始める花が芳香を放つ来年3月、揺籃の地で日々の鍛錬を基にした研究は、どんな成果をもたらすのか。また、メジャー19章をどう描破するのか。

 異能の打者、イチローの2019年は間違いなく味読に値するシーズンとなる。

文=木崎英夫

photograph by AFLO


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