トルシエがベトナムの育成世代指導。沸騰する東南アジアのサッカー熱。

トルシエがベトナムの育成世代指導。沸騰する東南アジアのサッカー熱。

 元サッカー日本代表監督のフィリップ・トルシエは今、ハノイにいる。

 プライベートな組織ながら、ベトナムのナショナルトレーニングセンターともいえるPVFアカデミーでテクニカル・ディレクターに就任して、すでにふた月が過ぎていた。

 世界最先端の設備と国際色豊かなスタッフ、行き届いたサポート体制……。トルシエはベトナムで、いったい何をしようとしているのか。またベトナムの野望はどこにあるのか、どれだけ本気なのか……。

 トルシエに聞いた。

ベトナムの富豪が作ったサッカー施設。

――私たちは今、ハノイ郊外のPVFアカデミーという施設にいます。あなたは、なぜここで活動することになったのでしょうか?

「それは私がオファーを受けたプロジェクトが興味深かったからだ。大規模なプライベートアカデミーの技術部門の統括で、所有者はベトナム最大の富豪(ファム・ニャット・ブオン)だ。彼は様々な企業を傘下に収めた『ビン・グループ』の会長であり、サッカーにも大きな情熱を注いでいる」

「またベトナムという国も、ここ10年来目覚ましい進歩を遂げている。多くのアカデミーが設立され、幾つかはアーセナルやジャンマルク・ギウー(アフリカ最高峰の育成組織を運営する元フランス代表選手)など、海外のクラブや個人組織とも提携している。

 さらにPVFアカデミーはベトナム協会とも緊密に連携している。“将来のナショナルトレーニングセンター”という位置づけで、ベトナム代表にとっての“クレールフォンテーン(フランス代表のナショナルトレーニングセンター)”のような感じだ。

 彼らは私に様々なポストを創設する機会を与えてくれた。

 技術や医療、フィジカルコンディショニング、ビデオ分析などの部門で、私は13人の一線級の専門家を広く海外から集めた。代表にも大きな貢献を成しうるスタッフたちだ。

 私はこの大規模な組織のチーフであり、協会とも密な関係を保っている。来週はU-17代表を組織するし、10月にはスズキカップ(東南アジア選手権)のためにA代表がここに集まる。

 協会に専門スタッフを提供しながらテクニカルプログラムの作成にも参加している私の立場は、ナショナルプロジェクトのアドバイザーと言える」

Jヴィレッジに優るとも劣らない施設。

――Jヴィレッジに優るとも劣らないこの施設を見ていると、これから発展していこうとする熱気がひしひしと感じられます。

「サッカーへの本物の情熱がここにはある。街中にもサッカーに対する熱気と本物のサポーターが溢れている。イングランドの影響を受けた確かなサッカー文化で、プレミアリーグは絶大な人気を誇り、選手たちは広く名前を知られている」

――躍進の条件は整っているのですね。

「ただ、2022年ワールドカップ出場は、目標として少し高いように思われる。しかし2024年のパリ五輪や出場国が48カ国に拡大される2026年ワールドカップについては、ベトナムにも大きな可能性がある。ワールドカップでベトナム国歌を聞く日もそう遠くはないだろう。

 ロシアワールドカップのパナマがそうであったように、それはベトナム国民の夢でもある。ベトナムには野心を実現する手段がある。そのための投資を行っているし、国全体の強い意志を私は感じている」

――PVFについてもう少し具体的に説明してください。

「“Promotion fund of Vietnamese football talents”の略で、所有しているのはビン・グループだ。彼らはこの施設の建設のために4000万ドル(約45億円)を投下した。年間の運営費は1100万ドル(約13億円)だ。またライアン・ギグスとポール・スコールズとも契約した。ふたりはプロモーションのために年に2〜3回訪れることになっている」

――宿泊している子供の数はおよそ200人でいいのですか?

「10歳から18歳まで、それぞれの年代で20人ちょっとが活動している。加えて13人の外国人を含むおよそ40人の専門スタッフが働いている」

――今の最優先課題は何でしょうか?

「環境を整えることだ。子供たちはここに宿泊し、ここから学校に通う。大事なのは優先順位をつけることで、たとえば10〜14歳の子供は学校や教育を優先すべきだ。もちろんサッカーも大事だが、教育や人格形成をそれによって損なってはならない。サッカーに関しては目標を限定すべきだ。

 逆に15〜17歳は、プロになることを前提として選考される世代だ。

 サッカー面で重要な時期で、人間教育よりもテクニカルなプログラムに特化される。様々な大会に参加し、チームとして活動する。代表との結びつきも強くなる。とりわけ15歳の子供たちは、2024年五輪と2026年ワールドカップの主力になる世代だ。

 加えて私自身のメソッドがある。グローバルかつ指導的なメソッドだ。プレーに多くのディシプリンを求め、私のこれまでの経験に基づいた哲学は、とりわけ戦術面において特徴がある。コミュニケーションやフラットなディフェンス、プレッシング……。それらのディテールをベースにした哲学を、すべてのカテゴリーに浸透させたい」

「最終的な目標は'26年のW杯出場」

――長期的なプロジェクトなわけですね。

「2024年五輪や2026年ワールドカップを視野に入れれば当然そうなる。それに対して短期的な課題は、まだ取りかかってはいないが、数カ月後にアジア選手権を控えた16歳から19歳の世代の育成だ。さらに中期的な課題として、2020年五輪と2022年ワールドカップがあるが、A代表については朴恒緒監督が素晴らしい仕事をしている。だから彼に任せるべきで、私は全力のサポートを惜しまない。彼のチームが10月にここで合宿をする際に、最高の仕事ができるように最善の環境を準備したい。

 また、10月5日から始まる日本での大会向けてU-17代表の選考がある。ベトナム人スタッフとともに、このチームのフィジカル面の準備をするのが私の仕事だ(Jビレッジで開催された『JENESYS 2018 日メコンU-17サッカー交流大会』のこと。本記事配信時点で、この大会は既に終了。日本の3チームを含む全8チームが参加した大会の結果は、上位2チームが日本チーム、3位がタイ代表、4位がベトナム代表となった)。

 そうした小さなミッションからプロジェクトを徐々にスタートしていく。しかし最終的な目標は、2026年ワールドカップ出場であり、そのための長期プロジェクトが最も重要だ」

――ベトナム人のクオリティをどう評価していますか?

「驚いたのは彼らが創造的であることだ。中国人選手に比べればずっとクリエイティブに思う。ポテンシャルも中国人選手より高いのではないか」

――どのレベルでそう言えるのでしょうか?

「個のレベルで上回っている。サッカー文化も豊かで、ベトナム人の方がサッカーをよく知っている。また表現力も豊かで、日本人と比較しても優れていると思る。よりオープンで自分をよく表現するしコミュニケーション能力も高く、それがプレーに反映されている。

 日本で私はコミュニケーションの問題に直面した。その点ではベトナム人に大きなアドバンテージがある。

 足りないのは国際経験と国際的な認知度だ。

 海外でプレーするベトナム人はほぼ皆無で、だからこそアンバサダーは必要だ。20年前の日本で中田英寿が海外に出ていったように。それがスタートで、2002年ワールドカップの後にターニングポイントが訪れ、世界が日本を認知するようになった。

 同じターニングポイントはブルキナファソでも経験した。1998年のアフリカ・ネーションズカップが契機となり、多くの代表選手が海外移籍を果たして、自然な流れとしてブルキナは強国の仲間入りを果たした。

 ベトナムはブルキナと比較しうる。まず頭の中の意識変革が必要だ。コンプレックスを取り除くこと。そのためには小さな何かを変えていかねばならない。それが明日にも可能であるならば、すぐにいい結果を得ることができる。もしベトナム人選手が明日にでもJリーグや韓国、ヨーロッパでプレーすれば……。

 ベトナムはまだターニングポイントを迎えていないが、私は悲観してはいない。彼らにはそれを実現できる能力があると確信しているからだ」

「もっと日本人にベトナムでプレーして欲しい」

――そのために日本との協力関係は重要だと思っていますか?

「すでに協力関係はできている。PVFはガンバ大阪とパートナーシップを締結している。Jリーグからもオファーがあり、今年もPVFのチームが日本の大会に参加した。私が関与することで関係はこれからさらに強くなっていくだろう。ベトナム人は日本サッカーに多大な敬意を払っている。日本もまたベトナムサッカーを尊重している。

 ここハノイには、大規模な日本人社会があり、両国の関係は緊密だ。サッカー面でもそれは同じで、私は日本サッカーのレベルと価値をよく知っている。ベトナムにどれだけのものをもたらし得るかもだ。ベトナム人選手が一刻も早くJリーグでプレーして欲しいし、日本人選手が“Vリーグ1(ベトナムのプロサッカーリーグ)”でもっと多くプレーして欲しい。日本人がより多く加わることでリーグのレベルが上がるのは間違いないのだから」

――アジアサッカーのヒエラルキーも変わりつつありますか?

「今の時代、サッカーにおいて小国が大国に追いつくのは、その国内にその意欲と資金があれば比較的簡単だ。カタールやUAE、ウズベキスタン、タイなどがそうで、もちろんベトナムもそのひとつだ。グローバリズムの結果でもあり、情報やインフラ、交流の頻繁化によりサッカーは世界のあらゆる地域で進歩した。

 今日では日本にとって、ベトナム戦は簡単な試合ではなくなった。実際、中国でおこなわれたU-23アジア選手権でベトナムは決勝に進んだし、アジア大会では日本を破った。

 たしかに日本はU-21代表であったのに対し、ベトナムはオーバーエイジを含めたU-23代表だった。その点でベトナムに明らかなアドバンテージがあったが、それでも日本に勝ったことが重要で、8月に中国で行われたゴシアカップでも、PVFの選抜チームは日本のチーム――中央学院高校チームと東京ヴェルディユースに連勝した。それはベトナムの進歩を端的に示しており、アジアサッカーが変わりつつあることの証明でもある」

――よくわかりました。今後がとても楽しみです。メルシー、フィリップ。

文=田村修一

photograph by Shuichi Tamura


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