モスバーガーのバイトで始まった超人ギータ伝説と王会長の「夢」。

モスバーガーのバイトで始まった超人ギータ伝説と王会長の「夢」。

 旧広島市民球場の最寄駅「原爆ドーム前」から路面電車で2駅隣の「十日市町」。そこから程近いモスバーガーで、柳田悠岐は、高校3年生の終わり頃にアルバイトをしていた。

「フツーに接客をして、作ってましたよ」

 決して遊ぶ金欲しさではない。「ジムに通うため」に柳田はせっせと働いたのだった。

 あの頃は、まだ「超人ギータ」ではなかった。広島商業高校で放った通算本塁打は11発。プロ野球でこれほどのスラッガーに変貌するとは誰も予想出来なかった。身長は186cmあったが、体重は60kg台後半。その名のごとく「柳」のように細かった。

「最後の夏はホームランも打ってたし(県大会で2発も準決勝で敗退)、肩や足にはもともと自信はありました。明確にプロを考えたわけではなかったけど、大学でしっかりやってから社会人野球なりプロを目指したいと思ってたんです。ただ、高校の時はたくさん練習はしましたけど、ウエートはやったことがなかった。体を大きくすればもっと出来るんじゃないかと思いまして。ちょっと本気でやってみようかなと」

秋山翔吾との天秤と王会長。

 金本知憲や新井貴浩が御用達のジムに門を叩くと、柳田の体は着実に、いや一気にサイズアップしていった。

「10キロくらい体重が増えて、もちろん筋量も増えて、広島経済大学に入学するときにはプレーの質が変わってました。そこから先輩とかに『プロを目指せよ』と言ってもらって、意識するようになりました」

 '10年の秋、ドラフト会議。ホークスは当初、補強ポイントだった左打ちの外野手では八戸大学(現八戸学院大学)の秋山翔吾を最上位にリストアップしていた。しかし、前日の会議の中で王貞治会長が声を上げた。

「柳田って体は大きいけど、どっちが飛ばすんだ?」

 大学4年当時、秋山の183cm・83kgに対して、柳田は187cm・89kgの体躯を誇っていた。

「ならば夢のある選手の方が」

 現在ホークスのアマスカウト・チーフを務める福山龍太郎は懐かしそうに笑う。

「2位の段階でどちらも残っているだろうという想定でした。もちろん柳田選手も高く評価していましたが、比較をした時に秋山選手の方が確率の高い打撃をする選手ではないかという評価でした。ただ王会長が問いかけてこられたので、それならば柳田です、と。

『ならば夢のある選手の方が良いじゃないか』となったのです。結果的に秋山選手も西武に入って大活躍。それは評価していたスカウトという立場で考えると、すごく喜ばしいです」

 どちらもプロ野球史に残る大打者へと成長を遂げたが、「夢のある選手」という意味では柳田はまさしく王会長の目利きどおりの大スター選手の階段を上ってきた。

 今年はついにホークスの4番打者に君臨した。出場130試合に本人は不満だっただろうが、打率.352で2度目の首位打者を獲得。本塁打36、そして打点は102で初めて大台を突破した。

 また、出塁率.431で最高出塁率のタイトルは4年連続での獲得となった。'85年に現行の計算方式となってからは落合博満('85年〜'88年、'86年までロッテで以降は中日)とトーマス・オマリー('92年〜'95年、'94年まで阪神で最終年はヤクルト)に次いで史上3人目の快挙だった。

バットが折れてのサヨナラHR。

 そして何といっても日本中を驚かせたのが、日本シリーズ第5戦のサヨナラホームランだった。延長10回裏、カープ中崎翔太は外角へのスライダーという難易度の高いボールを選択したが、それが裏目となり甘く入った。柳田がそれを逃すはずがなかった。

 快音ではない、鈍い音がした。

「当たった瞬間にバットが折れたのは分かった」

 しかし、白球はバズーカ砲で放たれたように右翼席へ強烈なライナーとなって飛んで行った。サヨナラホームランだ。さすがの怪力ギータにしても「バットを折ってのホームランは初めてだった」と目を丸くした。

 また、意外なことにこれが日本シリーズでは自身初の本塁打だった。柳田は毎年シーズン終盤になると怪我に泣かされた。'15年はデッドボールで骨挫傷、'17年は右脇腹を痛めた中で強行復帰しての出場だった。

 今シーズンも9月の西武戦で練習中のフリー打撃の打球が左の側頭部に直撃する大アクシデントがあり、かなり心配されたがレギュラーシーズン中に無事に復帰していた。

ああ見えて、実は生真面目。

 日本シリーズは故郷広島で決着した。プロ入りした後にも「カープファン」を公言した男には、「カープとやる日本シリーズは?」といった類の質問が当然のように数えきれないほど浴びせられた。

 しかし、柳田はそのような質問にはクールな答えを返す。ああ見えて、実は生真面目な内面の持ち主なのだ。

 日本シリーズは4勝1敗1分。真っ赤に染まったマツダスタジアムの真ん中で、工藤公康監督に続いて柳田の大きな体も少しだけ宙に舞った。

「夜空が綺麗で、心地よく、先輩方にも上げて頂いて、感謝の気持ちでいっぱいです」

 広島から福岡にやって来て8年。柳田にとって忘れられない日本シリーズになった。

ハーパー(吉田)の真似っす。

 ところで、件のサヨナラホームラン。柳田は「吉田正尚の真似っす」と笑っていた。バファローズの吉田と仲が良く、そのマッチョマンもまた今年8月にバットを真っ二つに折りながら本塁打を放つという規格外のことをやっていたのだ。

「京セラで会った時に話したんですよ。まさか、自分がね」

 ちなみに柳田がシーズン終盤から使用しているフェイスガード付のヘルメット。あれも「ハーパー(柳田は吉田をそう呼ぶ)がつけていたから」と参考にしたそうだ。

 厳しい内角攻めにあう柳田。怪我防止や安全対策は必要だ。

 でも……。

 出来れば来シーズンは、元に戻してもらえないだろうか。

 フェイスガードがあると、柳田がフルスイングで空振りをしてもヘルメットが飛んでいかないのだ。柳田は球界で唯一、空振りでスタンドを沸かせるバッターなのだ。空振りでもゼニをとれる男だと思っている。

 すごくワガママなお願いなのは承知の上。御検討、是非ともお願いします。

文=田尻耕太郎

photograph by Hideki Sugiyama


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