ソフトバンクはなぜ勝ったのか。「強さ」と「恐怖」の相関関係。

ソフトバンクはなぜ勝ったのか。「強さ」と「恐怖」の相関関係。

 今年の日本シリーズが始まる前、私の頭の中にあったのはソフトバンクホークスの大竹耕太郎という投手のことだった。いや、正確には彼の涙だった。

 クライマックスシリーズ・ファイナルの舞台となったメットライフドームで打ち込まれた23歳のリリーフ左腕は、試合中のベンチで泣いたのだ。

 重要な試合で打ち込まれた投手を見るのは初めてではない。ただ、涙を流す投手はあまり見たことがない。彼はなぜ泣いていたのだろう。

「自分の投げたい、投げ方ができなかった」

 彼が残したコメントを見る限り、悔し涙なのだろう。ただ、プロが涙を流す理由としては、まだ何か釈然としないものが残っていた。

莫大なお金を使ってるのだから……。

 日本シリーズでは広島でカープが先に1勝したものの、ホークスが福岡で逆襲に転じた。そして2勝1敗1分で迎えた第5戦のゲーム前、ソフトバンクの関係者と雑談をしていると、こんなことを言っていた。

「世間で言われるように、うちは確かにお金を使っていると思う。でも、お金を使うことの意味って、単に戦力を多く抱えたりするだけじゃなくて、これだけの環境を整えてもらったんだから、負けるわけにはいかないと現場に思わせることにもなると思う。つまり、現場から言い訳や逃げ道を排除することになる。うちの監督や選手は常にそういうものを背負ってやっているんじゃないかな」

 この言葉は妙に耳に残ったし、ホークスの強さについて、大竹の涙について、もやもやしたものを吹き飛ばしてくれたような気がした。

 その夜、シリーズの行方を左右する重要な試合で、工藤公康監督は鬼のような采配をした。

野球を超えた、根源的な「恐怖」。

 エース千賀滉大を5回途中で降ろし、内川聖一にバントを命じ、2日前に打たれたセットアッパー加治屋蓮を持ち場から外し、ストッパーの森唯斗を8回2死から投入した。

 まるで何かに追われているかのように、妥協なく勝つことにしがみついた。つい昨年日本一になった監督が、である。

 シリーズ中、関係者からこんな声も聞いた。

「内川と松田がスタメンから外れた時のベンチはめちゃくちゃ、ピリピリしているらしい……」

 なるほど、と思う。

 工藤監督を鬼にしたのも、レギュラーを確約されない立場になった内川や松田宣浩をピリピリさせたのも、「恐怖」ではないだろうか。

 それは、相手に負けるかもしれない、失敗するかもしれないというような生易しいものではなく、もっと人間にとって根源的な、「明日、自分はここにいられないかもしれない」「職を失うかもしれない」という類のものだ。

「恐怖」か「家族」か?

 大竹の涙に戻る。

 あれは悔し涙に違いないだろうとは思う。悔しくて、不甲斐なくて泣けた。ただ根底には、想像を絶する競争の中からプレーオフのマウンドにまで這い上がった育成選手にとって、たった1度の失敗でその座を失ってしまうかもしれないという恐怖があったのではないだろうか。

 もちろん、広島の市民球団にも生存競争はある。ただ、今シリーズにおいては「家族」を合言葉に戦うカープと、ホークスとでは、そういう部分において、あまりに対照的に見えた。

 その対比も、平成最後の日本シリーズをここまでおもしろくした一因ではないか、と考えている。

昨年の日本一の功労者は戦力外に。

 日本一になった翌日、ホークスから、ある発表があった。

 摂津正、五十嵐亮太、寺原隼人、吉村裕基、城所龍磨ら8選手に「戦力外通告」――。

 昨年の日本一への戦力だった男たちがもう、このチームにおいては居場所を失った。ここ8年で5度の日本一。ホークスの強さ、ここにあり。

 監督も選手も人間である。

 勝てば満たされる。

 だから続けて勝つのは難しい。

 勝者をさらなる勝利へと向かわせることができるもの、それは、やはり恐怖でしかないのかもしれない。これぞ、プロ野球というべきか。

文=鈴木忠平

photograph by Hideki Sugiyama


関連ニュースをもっと見る

関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索