甲斐拓也を支える捕手用具の匠。大阪の下町メーカーの技術とは。

甲斐拓也を支える捕手用具の匠。大阪の下町メーカーの技術とは。

 広島を破った今年の日本シリーズで、最も評価を上げたソフトバンクの選手は甲斐拓也捕手だ。

 第1戦で代走の切り札・上本崇司の二盗を阻み、第2戦では鈴木誠也、第3戦では田中広輔、第4戦では安部友裕、第6戦で田中、安部とすべて盗塁を刺した。レギュラーシーズンではリーグトップの95盗塁を記録した広島の足を、完全に封じ込めた。わずか2安打の野手がシリーズMVPに選ばれたこと自体が異例だった。

「投手が牽制だったりクイックを一生懸命やってくれた結果。自分の力だけではできないことなので、感謝したいです。広島が機動力を使ってくるのは予想していたので、準備はしていたんですが正直、不安が強かったです」

 今季の盗塁阻止率.447は12球団トップ。パ・リーグファンには認知されていた甲斐キャノンは、見事に全国区になった。どこが優れているのか。2001年に.543など、リーグトップの盗塁阻止率を5度記録した谷繁元信氏は自身との意外な共通点を指摘した。

谷繁が語る自身との共通点。

「甲斐選手は捕手が身につけねばならない足のステップもしっかりできるんですが、体格がコンパクトというか、腕が短いのがいいんですよね。僕とそう変わらないでしょう? 二塁に素早く投げるには腕は短い方が絶対に得。もちろん肩じたいも強いとは思いますが、それだけでは刺せません。

 メジャーリーグを見てもそうだと思いませんか? 体格に恵まれた捕手は決してスローイングが素早くないはずです。イバン・ロドリゲスは小柄で投げるのが早い。僕自身は1996年から1998年あたりまでが最も充実していたと思っています。技術が身につき、そこから少しずつ体の力が落ちていく。今の甲斐選手はそういう時期なんではないでしょうか」

 谷繁氏のサイズは176cm、81kg。甲斐は170cm、80kgだからコンパクトさという点では甲斐の方が上かもしれない。多くのスポーツで長い方が有利なはずのリーチだが、捕手においては短さが武器になる。天から授かった才能といえるかもしれない。

多くの捕手が信頼するメーカー。

 走者がスタートを切り、先の塁に到達するまでは3.2〜3.3秒かかるといわれる。対する投手はクイックモーションの及第点が1.3秒。捕ってから捕手が投げ、二塁に到達するまでが1.9秒。それを甲斐は速いときは1.7秒台を計測する。捕球ミスや送球がそれたりしなければ、盗塁成功は望めない。

 短いリーチというアドバンテージはあるにせよ、早く、正確なスローイングをするためには的確なキャッチングが求められる。

 捕手にとって最も大切な商売道具をサポートしているのが「ハタケヤマ」というメーカーだ。野球用品全般を製作しているが、プロ野球界から圧倒的な支持を得ているのが捕手用具だ。NPBの現役選手の半数近くは同社製のミットを使用していると言われ、ブルペン捕手など球団スタッフならさらに増える。近年は韓国球界に進出し、10球団の正捕手のうち8球団が愛用している。

甲斐のミットはなぜ“浅い”?

 現役時代の谷繁氏もミットに関してはハタケヤマ一筋。リーチの短さで似通っている谷繁氏と甲斐だが、同社の畠山佳久社長によると、ミットの特徴は対照的だという。

「甲斐選手のミットは浅いんです。うちが作ってきた中では(西武の)炭谷選手と並ぶほどですね。逆に谷繁さんのは群を抜くほど深かったんですよ。佐々木さんのフォークを何とか捕り逃がすことのないようにと試行錯誤しているうちに、誰よりも深いミットになりました。深いということは投げるときに(右手で)取り出すのも難しいのですが、谷繁さんは右手でつかむというよりも『ポンッ』とミットから出す技術がありました」

 試合だけに使ったとしても、通常は1シーズンたてばミットの寿命は尽きる。ところが甲斐のミットはもう3シーズンを終えたという。「さすがに来年は無理でしょう」と畠山社長は笑ったが、それだけ甲斐が気に入っている証しであり、耐久性に優れている証明でもある。走者が走れば少しでも早く右手に握り替える必要がある。そのためには、浅いにこしたことはない。

 つまり「甲斐モデル」が一般向きであって、大魔神・佐々木主浩の代名詞であるフォークを意識して生まれた「谷繁モデル」は特殊型といえるだろう。

 もっともソフトバンクのエースと言えば「お化けフォーク」の千賀滉大。捕球困難な球種であるのは同じだが、ミットにさえ収まればボールを右手でつかみ出す方が投げやすいというのが、甲斐が求める感覚のようだ。

ワンバウンドを止める技術。

 6連続盗塁刺は日本シリーズ新記録。甲斐キャノンという言葉とともに、捕球と送球に注目が集まった。しかし、甲斐は「抑球力」とも言うべきワンバウンドの球を止める技術も優れている。盗塁阻止率や守備率のようにはっきりと数字には表れないが、チームの暴投数が目安にはなる。

 今季レギュラーシーズンでのソフトバンクの暴投は29。これは12球団で広島の26、オリックスの27に次いで少ない。千賀のお化けフォークだけでなく、縦に鋭く落ちるスライダーなどは低めに投げて空振りを奪う。

 高めに浮くくらいならワンバウンドを投げるのが投手の仕事であり、それを止めるのが捕手の使命だ。

 実際、日本シリーズでも何度も甲斐が身を挺してワンバウンドを止めるシーンが見られたが、体に当てても3メートルも転がれば走者は次の塁に進んでしまう。ところが甲斐が体をかぶせた球は、すぐに拾える距離に落ちていたように見えた(今シリーズでの暴投はゼロ)。

ビブソープという合成皮脂。

「プロテクターにも自信があるんです。衝撃吸収素材を使うのは当たり前ですが、その上から合成皮革をかぶせているのがうちのオリジナルです。カーテンにボールを投げると、真下にぽとりと落ちますよね? 元々は相川さんの発案なんですが、それを採用してみたところ、確かに効果はあるんです」

 畠山社長が胸を張るプロテクター、他社製との違いは一目瞭然だった。その特徴は「ビブソープ」という部分にある。各社とも捕手の体への負担を抑え、ボールが遠くへはねないように衝撃吸収素材を前面に装着しているが、ハタケヤマ製はその上にトンネルのように半円の合成皮革をかぶせている。

 それが「ビブソープ」であり、同社が特許を取得している。素材に秘密はないのだが、他社製は衝撃吸収素材がむき出しなのに対して、ハタケヤマ製は覆っている「ビブソープ」がカーテンの役割を果たす。何気ないこの発想が、衝撃吸収力をさらに高めているようだ。顧客の1人で、巨人のバッテリーコーチに就任した相川亮二のアイデアが生かされた。

まるで『陸王』のような話。

 筆者がこの話を聞いて思い浮かべたのが、池井戸潤の小説で、ドラマ化もされた『陸王』である。

 足袋メーカーが社運をかけて取り組んだランニングシューズの開発。ライバルの巨大企業に対抗するために、どうしても欠かせなかったのが「シルクレイ」という特殊素材だった。その特許を取得している人物こそが物語の重要な鍵を握っていた……。

 大阪の下町にある小さな野球用品メーカーが、確かな技術で顧客の信頼を勝ち取り、今度は顧客からの「声」を生かし、大手にはない新たな技術を生み出した。

 それがこの秋、日本一を決める大舞台で甲斐の大活躍を支えたのだ。

文=小西斗真

photograph by Hideki Sugiyama


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