世界中の競馬ファンが熱狂する、メルボルンカップの悲喜こもごも。

世界中の競馬ファンが熱狂する、メルボルンカップの悲喜こもごも。

 11月の第1火曜日の午後3時。オーストラリアでは特別な意味を持つ時間だ。

 この日、同国のヴィクトリア州は祝日である。その名も「メルボルンカップデー」という祝日なのである。メルボルンカップは別名“The race that stops the nation”とも呼ばれる。

“国を止めるレース”。スタートが切られると、オーストラリア中の学校や仕事場の皆が勉強や仕事の手を休め、レースを観戦するという意味だ。

 レース前日にはメルボルン市内の目抜き通りで出走馬関係者や過去の優勝馬までが参列するパレードが大々的に行われるこのレース。今年は11月6日、いつも通りの午後3時にゲートが開いた。

 24頭立てのハンデ戦にオーストラリアの馬ばかりでなくヨーロッパや日本からの出走馬もあり難解な一戦。結果は近年のこのレースの傾向を反映するようにヨーロッパ勢が圧倒。1〜3着をイギリスからの遠征馬が独占。4着にかろうじて地元オーストラリアの馬が入ったものの、その馬もヨーロッパからの移籍馬。ついでに言えば5着もヨーロッパの馬で、日本馬チェスナットコートは道中の不利もあって14着に沈んだ。

あるイギリス人調教師の物語。

 このようにもはやオーストラリアを飛び越し世界中のファンや競馬関係者が注目するビッグレースとなった感のあるレースだけあって、勝者にも敗者にも悲喜こもごもの物語があった。

 例えばレッドヴァードンという馬を送り込むつもりで現地入りしたイギリスのエド・ダンロップ調教師。彼はスノーフェアリーで日本のエリザベス女王杯を連覇(2010、2011年)している事から日本のファンにもお馴染みだろう。メルボルンカップにはレッドカドー(2013年、春の天皇賞で3着)を再三送り込み、2011、2013、2014年と2着。とくに2011年は勝ったドゥーナデンから僅かハナ差の2着とあと一歩のところで南半球最大のレースを取り逃がした。

 しかし、2015年に出走した際は最後の直線で故障を発症。残念ながらその時の怪我を要因として命を落としていた。

 そんな思い入れのある馬との思い出深いレースに、今年は同じ馬主のレッドヴァードンを挑戦させるつもりでいたのだ。

最後の望みをかけての出走。

 ところがレース4日前、事態は急転する。この日の朝、最終追い切りを終えた後、獣医に診断された同馬にドクターストップがかかってしまったのだ。

「残念だけど仕方ない」

 そう語るダンロップ調教師は、レッドカドーが、レッドヴァードンが最悪の事態にならぬよう手を打ってくれたと考えた事だろう。

 24頭の出走馬はレーティングと出走権を懸けたレースなどで決められるが、今年ギリギリのところで出走権を手にしたのがイギリスからの遠征馬アプリンスオブアランだった。

 同馬は地元ヨーロッパでは重賞勝ちがなく、現地に乗り込んだ後、レーティングを上げようと1レースに出走。しかしそこで3着に負けたため、崖っぷちに立たされた。

 最後の望みをかけて出走したのは、メルボルンカップ3日前の土曜日に行われるレクサスS。中2日で本番を迎えるというのは日本的には考えられないが、このレクサスSは勝ち馬にメルボルンカップの出走権が与えられる立派なトライアルレース。事実、毎年ここの勝ち馬はメルボルンカップに出走するのだ。

 ただし、アプリンスオブアランの場合、地元オーストラリアの馬ではない。実際、管理するチャーリー・フェローズ調教師は「もしレクサスSを勝てたとしても、中2日での競馬はやった事がないのでどうなるか分からない」と口にしていた。

3頭全てが怪我してしまう不運。

 しかし、その“もし”が起きた。アプリンスオブアランはレクサスSを勝利し、メルボルンカップの出走権を手に入れたのだ。

 これが厩舎開業5年目での嬉しい重賞初制覇となったフェローズ調教師は興奮気味に言った。

「この勝利は私にとってダービー勝ちのようなもの。この後のメルボルンカップはボーナスだと思って楽しみます」

 こうして中2日で大一番に駒を進めたアプリンスオブアランは、なんと直線で1度は先頭に立つ競馬。最後はかわされてしまったが、見せ場充分の3着に好走したのだ。

「勝ったかと思えただけに残念だけど、よく走ってくれました。上出来です」

 フェローズ調教師はそう言って愛馬の労をねぎらった。無欲の挑戦が好結果に結びついたという事だろう。

 勝利したのはこれもまたイギリスからの遠征馬クロスカウンター。同馬を管理するチャーリー・アップルビー調教師は、本来このメルボルンカップに3頭を出走させるつもりで現地へ送り込んだ。

 しかし、不幸な事に3頭全てが怪我をしてしまう。しかもそのうち1頭は予後不良となる最悪の事態。当時の厩舎の雰囲気が暗かったであろうことは想像に難くない。

クロスカウンターの栄冠。

 しかし、そんな中から唯一クロスカウンターだけが戦列に復帰を果たした。

「外傷を負った左前脚はすっかり完治。追い切りも予定通りに出来、良い状態でレースに臨めます」

 そう語ったのはアップルビー厩舎の遠征主任として3頭の遠征(実際には他のレースに出走する馬が別に3頭いたので計6頭)に常に寄り添っていたクリストファー・コネット氏だ。

 調教中は毎朝、4肢にバンデージを巻かれた同馬だが、競馬では怪我が癒えた事を表明するようにすっきりと何も巻かずに出走。24頭立ての最後方24番手から進みながら末脚を炸裂。見事に栄冠を勝ち取ってみせた。

「困難を乗り越えれば、私達はまた強くなれると、苦しい時に語りました」

 アップルビー調教師はレース後にそう語った。正に彼等がまた一段と強くなれたであろう勝利だったわけだ。

「勝ったらTバックを……」

 最後にマジックサークルという馬の話を記そう。

 イギリスからの遠征馬であるこの馬の馬主、ドクター・M・クーカシュ氏はその言動や行動から名物馬主の1人として知られている。

 今回のメルボルンカップでも、事前のインタビューで次のように答えた。

「勝ったらTバックを履いて表彰式に出ます」

 実は、前々走のチェスターカップの際にも同じ発言をしていた。しかし、実際には同レースを勝った後、当然そんないで立ちでは表彰式に出ていない。この点を聞かれた彼は、真顔で言った。

「イギリスはセキュリティーが厳しかった。今回は本当にやる!!」

 更に、そんな事をしたら夫人に離婚を申し渡されるのでは? と問われた時にはこう答えた。

「そうなるだろうね。でも、メルボルンカップを勝つのと新しいワイフを探すのでは、ワイフを探す方が簡単だよ。だからメルボルンカップを勝ちたいし、勝った際には本当にやるよ!!」

 結局、マジックサークルは16着に敗れた事で、表彰式での珍場面はお預けとなったが、こんな冗談の中にも、いかにメルボルンカップが憧憬の的となり得るレースであるかが分かる事だろう。

 州の祝日となり、世界中から集った馬に、多くのファンと関係者が熱狂する。こんなレースが日本にもあればなぁ……と思わずにはいられない。それがメルボルンカップというレースなのだ。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu


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