「45歳まで現役でバレーを続ける」清水邦広は全治12カ月にも前向き。

「45歳まで現役でバレーを続ける」清水邦広は全治12カ月にも前向き。

 試合開始40分前。松本市総合体育館のグッズ売り場に人だかりができていた。

 今季からトップカテゴリーに昇格したVC長野トライデンツのホームゲームだというのに、興奮気味にスマートフォンを手に、小走りの親子が口々に言うのは「長野」ではなく別の名前。

「清水さんがいるよ!」

 新生Vリーグと銘打つ今季、各チームがオリジナルのグッズ販売を会場でも積極的に展開する中、「パナソニックの応援よろしくお願いします」と写真撮影やサインに応じる頭1つ、いや2つ抜けた大男。親子の目当てで、人だかりの中心にいたのは清水邦広だった。

 10分ほど売り場に立つと、メインアリーナで試合に向けた準備をする選手たちを横目に、清水はサブアリーナへ。試合が始まってからも黙々とジャンプやダッシュで、汗を流す。

「最初は『こんな動きできるかな』って不安があったし、自分のイメージと比べてめちゃくちゃ遅い。そういうところに焦りもあったんですけど、でも地道にリハビリする中で少しずつ動きがはやくなったり、スムーズになって、1週間後の自分が1週間前の自分より確実に動きがよくなっているのを実感できるんです。だから今は、リハビリで少しずつ動きがよくなるのがモチベーションですね」

 リハビリの強度が上がれば痛みも生じ、腫れもする。だが、それも前に進んでいる証。

 あの日から9カ月が過ぎた今。やっと、心からそう思えるようになった。

最初こそ「もう先は見えない」。

 2月18日。昨季Vリーグファイナル6の試合中、清水はスパイクの着地時に体勢を崩し、右膝を負傷。そのまま起き上がることもできず、右膝前十字靭帯断裂と診断された。加えて内側側副靭帯損傷、半月板損傷、軟骨損傷や亜脱臼も併発。全治12カ月の重傷だった。

 すぐに手術を敢行し、入院中からリハビリを開始。順調な回復を見せていたが、退院して間もなく感染症で再入院。ようやく1つステージをクリアしたと思われた矢先の出来事だったことに加え、感染の原因がわからず、同様の症例はほとんどない。ケガをした直後と同じか、それ以上に落ち込んだ、と振り返る。

「さすがに、もう先は見えない、と。何で俺ばかりと思ったし、誰とも喋りたくない、誰とも会いたくない時期もありました」

3万羽にも及んだ折り鶴。

 入院中はケガをした右脚に負荷をかけないようリハビリに励むも、簡単にできる動きを1つこなすだけで汗をかき、息が上がる。何度も気が滅入りそうになったが、多くのファンから届く3万羽にも及んだ折り鶴やメッセージが「ここで諦めるわけにいかない」と気持ちを奮い立たせた。ようやく少し、前を向くことができたのは、暑い夏が終わる頃だ。

 パナソニックパンサーズの地元、枚方市でのイベントにホームゲームのアピールで参加した際、ふとしたきっかけから、メンタルコーチングの存在を知った。

 東海大時代や日本代表でもメンタルトレーニングは何度も受講したことがあったが、心を「鍛える」トレーニングに対して、コーチングは心を「整える」。最初は半信半疑ではあったが、リハビリの間を縫って受講すると、1つ1つの小さな言葉が清水の心にスッと響いた。

困難をラッキーだと思えばいい。

「自分の人生が80年だとしたら、今は一瞬だ、と。もちろん苦しい時期であるのは変わらないけれど、その困難や不幸を逆にラッキーだと思えばいい、と言われたんです。マンガの主人公でも最初から何もかもうまく行く人はいなくて、困難を克服して最後に成功するから人の心を動かす。

『だから今は、このケガが清水くんのこれからをお膳立てしてくれているから、前向きにリハビリに取り組めばいい』と言われた時、なるほど、と思って。今までの自分には全くない思考が面白いと素直に思えたし、それからはうまくいかないことがあっても、落ち込まずに、落ち着いてリハビリに取り組めるようになりました」

 もう1つ、清水にとって大きな転機になったのが10月に開催された福井国体だ。

 当初は地元出身選手として出場する予定だったのだが、リハビリ中でプレーすることは叶わない。一度は出場辞退を申し出たが、「ベンチにいてくれるだけでもいい」と懇願され、ユニフォームを着てベンチ入りした。

 自身も「みんなでつくってきたチームだし、自分がいてもやることはないだろう」と思っていたが、同じユニフォームを着て同じ場にいる。そして目の前で試合を行う姿を見るだけで、驚くほどに気持ちが高揚した。

 気づけば、ベンチから何度も大きな声を出し、ガッツポーズをして、タイムアウトのたびに選手の輪の中心に立ち、気づいたことを伝える。終盤の勝負所でピンチサーバーとして投入される選手には「マジ頼む!」と何度も何度も肩を叩きながら声をかけた。

心からバレーを楽しんでいる。

 試合の場にユニフォームを着て臨んだのは、ケガをしたあの日以来初めて。今までは自分が当たり前に立っていた場所を外から見ると、新たな感情が芽生えた。

「心にめちゃくちゃ火がつきました。心底、俺もここに立ちたい、と。すごく純粋にバレーボールって楽しいな、と思ったし、何より、単純に、心からバレーボールを楽しんでいる自分がいました」

 2012年ロンドン五輪や2016年リオデジャネイロ五輪を目指し、全日本の中心でエースとして責任を背負いながら戦っていた頃は、「楽しい」と思う余裕などなかった。男子が負けて、女子が結果を出せば、同じ競技者として「おめでとう」と思うよりもまず悔しくて、女子バレーが銅メダルを獲得したロンドン五輪の試合はほとんど見なかった。

 いや、見なかった、ではなく、見られなかった、見たくなかった、と言うべきか。

銭湯で世界選で見るなんて。

 まさか自分が、連日ゴールデンタイムで生中継されていた女子の世界選手権を、銭湯のサウナの端に座り、タオルをかぶって汗を流しながら他の客と共に見るのが日課になるなど思いもしなかった。

「『日本すごいな』とか『今日は勝つんじゃないか』と白熱しながら、バレーに関心を持って見てくれていることが嬉しかったですね。だから僕も見入っちゃって、8点と16点のテクニカルタイムアウトとセット間に休憩して、結局試合開始から試合終了までサウナにいるから、出る時はいつもフラフラ(笑)。

 自分が戦っている時は、サーブミスで会場からため息が起こるのが嫌で、『わかってるよ、でもため息はやめてくれよ』って思っていたんです。だけど自分が見る側になると違いますね。チャンスボールでトスが悪くて打ち切れない時とか、思わず言っちゃうんですよ。『何やっとんねん、チャンスボールやぞ』とか(笑)。これだけ力を入れて見ていれば、ため息が出るのも仕方ないか、と実感しました」

スパイクも打てるように。

 Vリーグも新シーズンが開幕し、土日の試合に合わせた練習メニューをこなす選手と同様に、清水も月曜から日曜までウェイトトレーニングや複数の動きを組み合わせたアジリティトレーニング、ボールを使った練習を行なう。

 ケガをした右脚の筋力も左脚と比較して90%まで回復し、国体後からジャンプも許可された。30cmの台に両脚で飛び上がることから始めた練習も着々と高さが増し、今は助走をして2mのネットでスパイクも打てるようになった。

 順調に回復しているとはいえ、慎重を期すため当初のスケジュールよりも復帰予定が遅れ、「またか」と落胆することもある。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

「選手としてやる、と決めた以上はVリーグで優勝したいし、その先には東京オリンピック、代表があると信じているので、常に結果を出し続けていきたいですよね」

バレーをアピールしなきゃ。

 選手として東京五輪を目指す。揺らがぬ目標を抱く一方で、メンタルコーチングを通して、30代、40代、1人の人間、清水邦広として、これからの設計図も描いた。

「しょうもないことばっかりですよ。39歳で再婚して(笑)、インドアだけじゃなくビーチバレーも含めて45歳まで現役を続ける。子供ができたら一緒に夢を追って、72歳ぐらいで孫のバレーボールチームの監督をやれたら最高。ずっとバレーボールに携わっていたいから、まずは今、Vリーグを知ってもらわないといけない。バレーボール教室でもビラ配りでも何でもいい。たくさんの人にVリーグ、バレーボールをアピールしなきゃ、ですよね」

 困難も苦しみも、すべてこの瞬間のためだったんだ。そう心から思える日が来たら、コートでどんな表情を見せるのか。

「まだ見えてこないけど、楽しみですよね。いや、でも泣くかな」

 その瞬間が来たら大いに泣き、大いに笑おう。諦めなくてよかった、と。その日に向けて今はしっかり、ゆっくり、一歩ずつ。描く未来を叶えるために。

文=田中夕子

photograph by Yuko Tanaka


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