引退した里山の忘れられない一言。「本当は前に出る相撲を取りたい」

引退した里山の忘れられない一言。「本当は前に出る相撲を取りたい」

「本当は阿武咲みたいな、前に出る相撲を取りたいんです」

 そう語った力士の名は、里山浩作。九州場所で引退し、佐ノ山を襲名したあの里山である。

 昨年十両から陥落後、1年あまり幕下で再起をかけて闘い抜き、20枚目から10枚目で一進一退を繰り返し、9枚目で迎えた今場所、最後の取組で若手のホープである琴鎌谷との激戦を制しての勝ち越し。十両復帰に向けて期待の膨らむ勝利だったこともあって、引退の衝撃は大きかった。

 だが、37歳の里山にとっては、ここが引き際だった。

 幕内在位は6場所、十両在位は実に41場所。120kg前後で小兵の里山が約8年関取を務めたことは、幕内の平均体重よりも40kg近く軽いことを考えると特筆すべきことだったように思う。

 里山が十両に在位していた頃は、小兵力士が絶滅寸前だった。大型化によって立合いの当たりがより激しく、より速くなった。そのため、スピードでかく乱したり足技のような技術で翻弄したりすることが難しくなった。かつて小兵が得意とした決まり手が激減しているのにはこういう理由があるのだ。

相手に潜り込む、珍しいスタイル。

 里山は2004年、小兵力士にとっては逆境と言っていい時代に日本大学からプロ入りした。入門から2年で十両に昇進し、そこから2年は関取として活躍することができていた。だがそこから幕下に陥落し、実に4年間を幕下で過ごすことになった。

 幕下の相撲を見ていて感じるのが、幕下にいる期間が伸びると、体つきも相撲内容も幕下力士のものになってしまうということだ。すぐに十両に戻れなければ、幕下に定着してしまう。JリーグでもJ2に転落してすぐに戻らなければJ2に定着してしまうように、大相撲でも似たようなことが起きるのである。

 里山も幕下に落ちてからすぐは上位にいたが、陥落から1年が経過すると30枚目から10枚目の力士になってしまった。

 その頃、私は里山という力士を知った。

 見たことも無い相撲を取る力士だったからだ。

 その時知った里山のスタイル。それは相手の腹より下に潜りながら崩すという、独創的なものだった。腹の下に力士が居れば、相手力士の前への推進力は失われる。そして、下半身が不安定になる。

 そのまま前に進んでもよいし、足のバランスを崩しに掛かってもよい。だがそれを皆出来ないのは、この体勢から攻めるのにはそれに特化した技術が必要だからである。

アスリートでありエンターテイナーであり。

 そして阿武咲のようになりたいという告白に驚く私に、里山はこう続けた。

「今の相撲は、本当は怒られる相撲だと思います。でもこの相撲で勝てるし、お客さんも喜んでくれる。取りたい相撲とは違います。でも自分は今の相撲を取るんです」

 別の人からは、こんな話も教えてもらった。

「奄美出身者は、島相撲と言われます。幕下の慶天海なんかもそうですよね。子供のころは愚直に頭で当たって前に出ることしか指導されないことが多いそうです。変な相撲を取るとむちゃくちゃ怒られるんですよ」

 全ては自分が活路を見出すため。そして観客を喜ばせるために、今のスタイルで取り続けているということは驚きであり、ショックだった。

 そこには葛藤もあることだろう。恐らく批判する方もいたのだと思う。その末にたどり着いた相撲で里山は闘い続けた。そして里山は関取生活の殆どを十両で過ごしながら、これだけ引退を惜しまれる力士に成長した。

 自分がいて、相手がいて、観客がいる。ただ勝つだけでなく、多くの方にどう見られるかを考えて、全てのバランスの中で選択を迫られるということにあらためて驚き、私は感服した。力士はアスリートであり、エンターテイナーでもあるのだ。

 里山がまだ幕下だった頃、私は幕下の虜になっていた。

 ガリガリの力士がいたと思えば肥満体の延長線上の力士もいた。荒削りで雑なのだが見たことも無い相撲を取る外国人力士もいた。

 そして里山のような17時の大相撲では見られないようなスタイルを確立した力士もいた。そんな年収100万円の彼らが、年収1000万円の十両になるために戦う。こんな世界があるのかと驚かされ、魅了された。

人生をかけた大一番。

 そんな中、忘れることが出来ない一番を目撃した。

 2012年初場所の、吐合と里山の一番である。

 吐合(はきあい)は元学生横綱で、2005年に幕下15枚目格付け出しデビューをするも、両膝に大けがを負い、番付外に転落して再起をかけるも幕下からなかなか上がれない力士だった。

 この場所の吐合は怪我から立ち直り、東龍や千代鳳といった実力者を軒並み破って6連勝。あと1番勝てば幕下優勝と初の十両を手にするというチャンスを、8年目にして掴んでいた。

 そして里山も、幕下筆頭で3連敗から3連勝で息を吹き返し、同じくこの一番を勝てば約4年間の幕下での低迷に別れを告げて十両に浮上できるという一番だった。29歳の吐合と、30歳の里山。お互いにラストチャンスかもしれない者同士の、文字通り一生をかけた大一番だったのだ。

力士の葛藤を理解できる親方として。

 あれは、死闘だった。

 この言葉しか思い浮かぶ言葉はない。

 だが、この時の里山の相撲は普段とは異なっていた。突き押しといなしのコンビネーションで起こして崩す吐合に対して、里山は真正面から撃ち合ったのである。そしてそれは、里山が本当は取りたいと話していたスタイルだった。

 1分半を超える熱戦は、里山に軍配が上がった。

 その一番で敗れた吐合は、その後十両に昇進することなく2015年に引退した。そして里山はその後、36歳になるまで関取の座を守った。ボロボロになるまで潜り続け、大銀杏を乱しながら戦い続けた。一生をかけた者同士の一番は、こうも明暗が別れてしまうのか。

 里山は引退会見でこう語った。

「最後まで自分の相撲のスタイルを貫けたと思う。」

 吐合との一戦を見たからこそ、そして、何よりも本当は阿武咲のようになりたいという想いを抱きながら葛藤してきた力士だからこそ、この言葉の重みを私は多くの方に知ってほしい。

 そして、指導者になった里山がどのような力士を育てるのか。取りたい相撲と勝てる相撲の間で葛藤する力士の苦悩も、観客の目線も、全て理解できる親方が何を弟子たちに伝えていくのか。それが楽しみでならない。

文=西尾克洋

photograph by Kyodo News


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