東京Vとロティーナの窮地を救った、井上潮音は勇敢で巧くてクレバー。

東京Vとロティーナの窮地を救った、井上潮音は勇敢で巧くてクレバー。

 11月25日、J1参入プレーオフ1回戦、東京ヴェルディ(6位)は大宮アルディージャ(5位)のホーム、NACK5スタジアム大宮に乗り込んだ。

 年間順位の上位にアドバンテージが与えられるレギュレーション。このゲームの引き分けは、大宮の勝利を意味していた。

 開始から東京Vが優勢に試合を進める。ところが59分、チームのへそに位置し、攻守の要となる内田達也が2枚目の警告を受け、退場となるアクシデント。数的不利となり、にわかに暗雲が漂う。

 ロティーナ監督は中盤に厚みを持たせる布陣に変更し、キーマンの抜けた穴をカバーしようと試みる。そこで、内田の担っていた仕事の大部分を割り振ったのが井上潮音だった。

見かけほどヤワでない。

 プロ3年目の21歳。日本サッカーの総力を挙げて強化が進められる、2020年の東京五輪世代のひとりである。かねてより、ロティーナ監督は井上のプレーを高く評価し、チームづくりの骨子としてきた。

 細かくポジションを変えながらボールを自在に動かし、シンプルなプレーの連続でゲームの流れをつくり出す才人だ。167cmと小柄で、運動能力そのものは特筆すべき事柄はない。ただし、鍛え抜かれた体幹と同様に、見かけほどヤワではないのがこの選手の面白さと言える。

 昨年のプレーオフ、東京Vはアビスパ福岡と対戦し、0−1で敗れた。僅差ながら、内容的にはまるで歯が立たなかった印象の敗戦である。井上に出場機会はなく、ベンチに座ったままそれを見届けるしかなかった。

 大宮戦を目前に控え、井上は次のように語っている。

「前回のプレーオフでは、まったくチームの役に立てなかった。ただただ、悔しかったです。また、あのときはチームとしても初のプレーオフ出場をつかみ取って大喜びし、そこから先のJ1までは現実味を持って捉えられていなかったように感じます。その点、今年は違いますよ。誰ひとりとして現状に満足してない。自分たちはもっとやれると意気込んでいます」

都並の興味深い井上評。

 逆風下、周囲からの信託を受け、重責を背負う立ち位置は望むところだったはずだ。

 東京Vのアカデミーで育った井上を知り、先日、関東リーグ1部のブリオベッカ浦安の監督に就任した都並敏史は言った。

「昔から上手な選手ではあったね。反面、戦う気持ちが前に出てくる選手ではなかったから、自分が監督だったら試合で使わなかったかもしれない。ジュニアユースで潮音に10番を与え、積極的に鍛えていったのは森(栄次)さんだよ。別の指導者であれば、埋もれていった可能性はある」

 森は昨年まで日テレ・ベレーザの監督を務め、現在は東京VのU-12、U-15アドバイザリーコーチを務める。

「目を惹いたのは、トラップであり、ボールタッチに特有の柔らかさがあったこと。キープする際の懐の深さ、相手との間合いをはかり、すっと前に出る運び出し方もよかった」

飛びぬけた部分を評価して。

 むろん、欠点がなかったわけではない。

「頑張ろうとする気持ちはあったと思います。けれども、それが表には出てこない、感情表現が苦手なタイプ。ディフェンス面も難ありで、ろくすっぽやらなかったですね。もちろん、将来的にプロとしてやっていくうえで、足りない部分はある程度埋めていかないとダメなんですが、飛び抜けた部分を評価して伸ばしていくのがヴェルディの育成の取り柄ですから」

 現役時代、読売クラブでプレーした森は、守備の人として知られる。対戦相手にハードタックルを見舞い、えげつなく削りまくったそうだ。しかし、それ以前の森はボールコントロールで勝負する、テクニシャンを自負していた。その補助線を引くと、違った断層が見えてくる。

 与那城ジョージ、ラモス瑠偉、戸塚哲也といった並み居るクラッキを前に、森はアタッカーとしての限界を知ったのだ。不本意ではあっただろうが、守備に力点を置く以外にチームで必要とされ、生き抜くすべがなかった。

 頼りない面もありながら攻撃に特長を持つ井上に、転向せざるを得なかったかつての自分を重ねたのかもしれない。

10人で戦う中でも冷静に。

 翻って、大宮戦。難局に際して勇猛果敢に立ち向かい、時には相手選手との小競り合いで一歩も引かなかった井上の姿勢を、都並や森はどう見るだろうか。

 ちょっとやそっとでは動じない、持ち前の冷静さも生きた。ポジションを重視するロティーナ監督の指導を2年間受けた成果だろう。その場所にいるべきときにいて、ボールに寄せるべきときに寄せる。相手を見ながら適切にプレーを選び取り、チームのバランスを保った。

 71分、セットプレーのチャンスを得た東京Vは、佐藤優平の絶妙なキックに平智広が頭で合わせ、先制点をもぎ取る。この1点を守り切り、プレーオフ2回戦進出を決めた。

 試合後、10人で戦い抜いた選手たちをロティーナ監督は労い、井上には稚気を露わに背後から助走をつけて抱きついた。レギュラーシーズンはなかなか調子が上がらず、23試合の出場にとどまった秘蔵っ子が存分な働きを見せ、逆境をはね返したのが格別に心を浮き立たせたと見える。

「監督に喜んでもらう試合を」

 井上は言った。

「僕もうれしかったですね。あんなふうにされたのは初めてだったので。昇格まであと2試合、また監督に喜んでもらえるゲームをやりたい。今日の前半、自分たちのペースで運べたのは、ウチくん(内田)が周りを動かしてコントロールしてくれたおかげ。次の試合、あの人がいない分を補い、全員でどのようにチャレンジしていくか。いい準備をして、この勢いを続けていきたいです」

 次は、12月2日の横浜FC戦。若い選手の成長促進において、シビアなゲームの経験に勝るものはない。11年ぶりのJ1を目指す東京Vとともに、飛躍を期待される井上にとって重要な一戦になる。

文=海江田哲朗

photograph by Getty Images


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