「高3の堂安律と比べて足りない」中村敬斗に響いた宮本監督の言葉。

「高3の堂安律と比べて足りない」中村敬斗に響いた宮本監督の言葉。

 パナソニックスタジアム吹田で行われた11月24日のV・ファーレン長崎戦。2万7806人の観客が集った場内には、残留争いを繰り広げていた当時の緊張感はなく、宮本恒靖監督とともにJ1残留というミッションを果たした戦士たちを温かく迎える雰囲気が漂っていた。

 今季のホーム最終戦で、ガンバ大阪サポーターが注目していたのは連勝記録の更新の有無。クラブ記録に並ぶ9連勝への期待感は高まる一方だった。

 J2降格という重圧から解放された選手たちの中で、18歳のルーキーは秘めた覚悟とともにピッチに立っていた。

「正直、今日の調子が良くなくて、前半で交代させられていたら今後の人生に響いているぐらいの試合でした」

 言葉の主は飛び級で今季、プロ契約をかわした中村敬斗である。

「ガンバの飛び級」という系譜。

 アカデミーが生んだ数々の逸材を飛び級でトップに昇格させて来たガンバ大阪ではあるが、アカデミー出身者以外では初めての快挙を果たしたのが中村だった。

 273日前、やはりパナソニックスタジアム吹田で行われた名古屋との開幕戦では、当時の指揮官、レヴィー ・クルピ前監督にそのシュートセンスを認められ、69分に早くもプロデビュー。持ち味であるパンチの効いたシュートで場内を沸かせた中村だったが、ここまでのハイライトといえばルヴァンカップのグループステージ浦和戦で叩き込んだドリブルシュートのみ。

 もちろん、高校3年生であることを思えば、決して悪くない足取りではあるのだが「ガンバの飛び級」は言わば、成功への約束手形のようなものである。

 稲本潤一や家長昭博、宇佐美貴史、そして日本代表でも売り出し中の堂安律……。偉大な才能たちと比べると中村の1年目は、必ずしも期待に応えるものではなかった。

「高3の律と敬斗を比べると」

 破竹の8連勝を飾っている好調なチーム状態の中で、18歳が出場機会を確保するのは至難の業。この試合で出場停止だった倉田秋に代わってチャンスを得た中村は、宮本監督からこんな言葉をかけられてピッチに送り出されていた。

「(堂安)律が高3の時に残した結果と今の敬斗を比べると足りないよ」

 堂安も高校3年当時はトップに絡む機会は少なかったが、J3では別格の存在感で計10得点。一方、中村はJ3で計4得点にとどまっている。

「普通に比べると僕が劣っている。それをストレートに言われて、スイッチが入りましたし、やる気が出ましたね」

 若き指揮官の檄に応えたのは1対1で迎えた後半早々の52分である。米倉恒貴のクロスを渡邉千真がダイレクトで合わせるも、長崎の守護神、徳重健太が好セーブ。しかしそのこぼれ球を中村は冷静に蹴り込み、待望のJ1初ゴールを叩き込む。

「1−1なら戦犯だが点を取れば」

 実のところ、43分に献上した同点弾はゴール前で相手クロスを豪快に空振りした中村のクリアミスに起因していたが、18歳はこう言ってのけた。

「空振りしてしまって、このまま1−1なら戦犯だなって思いましたけど、点を取ればチャラになると思っていた」

 その言葉通り、自らの決勝点で9連勝に貢献した中村だったが、その成長を物語るのは得点場面の勝負強さでは決して、ない。

 宮本ガンバでは倉田と小野瀬康介の両サイドハーフのハードワークが生命線だが、中村は自身にとって初めてとなるJ1でのフル出場で、その役割をタフにこなしきったのだ。

 総走行距離は両チームを通じて2位で、上を行くのは「スタミナモンスター」藤春廣輝のみ。12.1キロを走り切っただけでなく、スプリント回数もチーム4位。随所で持ち味である鋭いドリブルも見せながら、中村はタフに攻守で上下動してみせたのだ。

変化の予兆は8月にあった。

 滅多に若手を褒めない山口智コーチも「凄いなと思ったのは、あの試合でもあれだけ守備して、遜色なくやっていたこと。それに形はどうであれ、得点は得点ですからね。それは、流石やなと思いました」と手放しだ。

 中村敬斗という原石について、クルピ前監督は「チームで一番シュートが上手い」と評したが、実のところこの18歳が持ち合わせる最大のストロングポイントは、自らを客観視して、課題を見出す頭の良さである。

 変化の予兆が見て取れたのは8月18日に行われたJ3のザスパクサツ群馬戦である。宮本監督の就任後、トップチームではなくU-23で日々を過ごしていた中村だったが、實好礼忠監督の就任初戦で、先発すると見事に先制点を叩き出した。

 クルピ前監督に起用されていた当時とは異なり、明らかに体が絞れ、スピード感を見せ始めていた中村は、秘めた自信を口にしていた。

「クルピ監督の時にはJ1で微妙に試合に出ていたけど、それだとなかなか自分を追い込めない。J1でいいパフォーマンスを発揮できない時もかなり悩んだけど、本当に必要な練習が出来ていたかというと、そうではなかった。トップの人は高い強度で追い込まないので、それを考えるとU-23で今みたいに高い強度で練習しているのは僕にとってプラスになる」

實好監督と居残りで1対1練習。

 もちろん、トップから外された悔しさは1日として忘れることはなかったという。サッカー少年よろしく、自らの課題をノートに書き出したり、居残りで練習に取り組んだりした日々も、全て自らの意思によるものだ。

「居残りで最後までやっていると、先輩たちの車に乗れないので電車で帰ることになりますけどね」と寮までの道のりを1人で帰ることも珍しくなかったが、そんな中村を支えたのは若手の指導に定評ある實好監督だ。

「ノリ(礼忠)さん、やりましょう」

 トップとは異なり少人数で行われるU-23の練習後、中村はしばしば、實好監督と居残りで1対1に取り組んで来た。

堂安、井手口、宇佐美に続く。

「ノリさんから学んだことは本当に多いですね。毎日のように1対1をやってもらって、例えば『今日はキレがない』とか『このフェイントを使えるようにしよう』とかアドバイスをくれる。ノリさん自身もDFの選手だったので、いい影響ばかりですし、マジで感謝しています」

 長崎戦後、良き兄貴分への感謝を口にした中村だが、實好監督もまた、山口コーチ同様に18歳の姿勢を絶賛するのだ。

「取り組みの意識の高さは高すぎるぐらいで、素晴らしいですよ。何もサボらないし、色んなことを、僕が見習うぐらいです」

 もっとも、中村自身は陰の努力というような紋切り型の評価を好んではいないのだ。

「僕は単純にサッカーが好きなんですよ。居残りで、ボールを蹴るのも1対1をするのも、好きだからやっているだけ。まあ、シンプルにトップチームに絡みたいという気持ちはありましたけど」

 宇佐美や堂安らにもあった「サッカー小僧」の顔を持ち合わせる18歳。

「僕も海外を目指している。堂安選手とか、井手口選手、宇佐美選手がガンバから海外に行ったけど、皆、偉大な選手たち。僕も追いつきたいですね」

 スタートダッシュには失敗したが、来季ブレークする準備は心身ともに整っている。

文=下薗昌記

photograph by J.LEAGUE


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