瀬戸大也、もう1人の自分との和解。「全部2番で、何やってんの?」

瀬戸大也、もう1人の自分との和解。「全部2番で、何やってんの?」

 瀬戸大也には、心強い味方がいる。

 家族も、コーチも、仲間も、応援してくれる人々も、ライバルも。そしてもう1人、自分をずっと見続けている、頼もしい存在がいる。

 もう1人の自分。

「客観的で、それでいて意外にマジメな自分。マイナスになりそうなところで、後ろから助言してくれるような感じなんです。違う自分がいることによって、もっともっと強くなれるような気がしています」

 その後ろから助言する声が強く聞こえた出来事があった。

 今年4月、東京・辰巳国際水泳場で行われた競泳日本選手権。アジア大会の代表選考会を兼ねたレースで、200m個人メドレー、400m個人メドレー、200mバタフライいずれも2位に終わった。

 2位で代表の座に滑り込んで満足している自分がいた。そこに気づくと、満足していない“もう1人”が声を挙げたのだった。

「全部2番で、何やってんの? それで世界に出て戦えるの? 本当に満足しちゃってんの?」

 そうだよな、これじゃ、いけないよな。

 瀬戸はその声を聞き入れ、心のなかで気持ちを一致させた。

いつのまにかメダルで満足。

「優勝もいけるコンディションだったのに、何か素で満足しちゃっていて。2年前にリオ五輪で銅メダルを取って僕のことを知ってくれる人も増えて、声を掛けられたりすることも多くなりました。毎年、コンスタントにある程度の結果も出ていて、東京五輪が始まってもいないのに、そこそこ満足している自分がいて……。

 以前のように、挑戦していく気持ちが薄れているんじゃないかって、リオが終わって悔しくて“4年後は金”と言ったのにいつのまにかリオのメダルで満足しちゃっているんじゃないかって思ったんです。もう1段も2段も上に行かないと、東京で金は獲れない。選考会の2番を悔しがれよ。自分が自分にそう言っていました」

「水泳を始めたころからの夢」

 2番を悔しがった。とことん悔しがった。

 自問自答する時間が増えていくなかで、「中途半端になるぐらいだったらやめちゃったほうがいいんじゃないか?」と問い掛けてくるもう1人の自分もいた。

 どうして金メダルが欲しいのか。

 理由は単純明快。「水泳を始めたころからの夢」だったから。五輪でメダルを獲ることが夢ではない。表彰台の一番高いところに立つその1点が、夢なのである。

 彼は自分の弱さを知っている。言わば、面倒くさがり。

「楽なほうに流れがち」

「練習中にこんなもんでいいかなと思ったりする」

 だからこそ、ここぞのところで意外にマジメな自分を呼び込む。

 こんなもんでいいかなと思った時点で「ここをしっかりやり切ろう」にした。楽なほうに目を向けそうになった時点で、厳しいほうに目を向けるようにした。

 練習前にストレッチを入念にこなし、ウォーミングアップから突き詰める。練習後のクールダウンもしっかりとやる。足腰の強化が苦手で「どうやったら前向きにやれるかと考えて」トライアスロンにも挑戦してみた。ランで両足をけいれんするアクシデントに見舞われながらも完走した。

バタフライと背泳ぎでリードを奪う。

 面倒くさがりの自分を、真面目な自分が背中を押す。

 梅原孝之コーチのもとで、爆発力を生むトレーニングにも力が入る。前半のバタフライと背泳ぎで、いかにアドバンテージが取れるかどうか。東京五輪で金メダルを獲るために、とことんこだわることにした。

 8月に東京・辰巳で開催されたパンパシ水泳、400m個人メドレーではチェイス・カリシュ(米国)、ライバル萩野公介との対決で、バタフライ、背泳ぎで先行逃げ切りを図ろうとしたものの、平泳ぎ、自由形の後半戦で爆発力を持続できずに3位で終わった。だが、掲げたテーマを実践できたという手応えのほうが強かった。

家族よりも、自分のためだと再確認。

 トライすればエラーが出る。

 パンパシの結果を受けて練習では後半戦、平泳ぎの泳法などにメスを入れたという。そして8月のアジア大会(インドネシア・ジャカルタ)では同種目で萩野を抑えて、金メダルに輝いた。前半戦から1度もリードを許すことなく“1秒51差”をつけての快勝だった。爆発力は最後の最後まで持続した。男子200mバタフライとの2冠を達成。自分の取り組みが、正しい方向にあることを証明した。11日に中国・杭州で開幕する世界短水路選手権でも金メダルにこだわっていくという。

 もう1人の自分と向き合い続けたことで、もはや迷いはなくなった。

 瀬戸は昨年5月に飛び込み選手の優佳さんと結婚し、今年6月に第1子となる長女が誕生した。妻から栄養面でのサポートを受け、長女の誕生でさらにモチベーションも上がった。ただ「家族のため」とは言わない。金メダルはあくまで「自分との約束」だからだ。

 彼は言う。

「家族のために金メダルを獲りたいですかってよく聞かれます。もちろんそれもありますけど、結局は自分が欲しいから水泳をやっている。“家族のため”と答えると、周りの雰囲気に流されて言っているように僕自身が受け止めてしまう。だから、もう1度はっきりさせたんです。“自分のため”なんだ、と」

「その日一番速いヤツが勝つだけ」

 陽気な瀬戸大也と、真面目な瀬戸大也。

 プレッシャーを感じることなく、大舞台になればなるほど燃えるのは「陽気」が後押しする。

「僕的にプレッシャーという言葉はないですね。応援してもらっている、期待してもらっていると思うと、逆にワクワクします。でも興奮してブルッと緊張することはあります。パンパシはお客さんが凄くて、“これ東京五輪になったらもの凄い雰囲気なんだろうな”と。ちょっと張り切りすぎて突っ込みすぎましたけど(笑)。だからプレッシャーはどんな大会においてもない。試合は全力でやるだけ。その日一番速いヤツが勝つだけなんで」

 プレッシャーを寄せつけない陽気と、自分を常に客観視する真面目と。

 どちらもあってこその瀬戸大也。

 どちらもがにらみ合って、金メダルを呼び込む爆発力が醸成される。

 世界短水路、400m個人メドレーでは4連覇が懸かる。

 迷いなき瀬戸大也が、爆発する――。

文=二宮寿朗

photograph by AFLO


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