バドミントン世界1位の野心と我慢。全日本連覇・山口茜の幅が広がった。

バドミントン世界1位の野心と我慢。全日本連覇・山口茜の幅が広がった。

 桃田賢斗の世界選手権男子シングルス優勝や、女子ダブルス勢の世界ランキングトップ3独占など、2018年のスポーツシーンを賑わせたバドミントンにおいて、忘れてはならない金字塔がある。

 2018年4月19日、男女を通じて日本のシングルス勢で初の世界ランキング1位選手となったのが、山口茜(再春館製薬所)だ。

 15歳だった12年に史上最年少で日本代表入りを果たして以来、つねに「楽しむ気持ち」をフロントローに据えながら前進し続けてきた彼女にとって、「世界1位」は意外とも言えるほど野心的な目標だった。

「世界ランク1位を体験したい」

 '17年12月にスーパーシリーズファイナルというビッグタイトルを獲得した直後、18年の目標を聞かれ、山口は言った。

「今、一番関心があるのは世界ランキング。1週間でもいいから世界ランキング1位を体験したいです」

 当時の山口の世界ランキングは2位で、1位を目標とすることは当然と言えた。ただ、経験ではなく体験と表現するあたりに彼女らしい無欲さもにじみ出ていた。関心があるのはなぜかという質問に対し、山口はこう説明した。

「世界ランキングを上げるにはコンスタントに上位に入っていかないと難しい。そういう意味では1回の大会で優勝するより難しいと思うので、挑戦してみたいという気持ちがあります」

 難関のターゲットを手中にしたのはそれから4カ月後。現最強選手である戴資穎(タイ・ツーイン)をかわして、2週間にわたって世界1位を経験した。だが、実際にその座についてみると、特別な発見はなかったという。

第1シングルスの難しさ。

「1位になってみたいと言ってきましたが、いざなってみると、積み重ねてきた数字で年齢のような感じかなと思いました。もちろんうれしかったのですが、何も変わらなかったというか」

 はにかむような、そして少し困ったような顔でそう言った。

 ビッグトーナメントが目白押しだった5月から8月にかけての時期、メンタルコントロールの方向性について、ある確信をもたらしたのが、団体戦だった。

 '18年の山口は団体戦の第1シングルスとして起用された。高校生の頃から「団体戦が好き」としばしば語っていた彼女だが、日の丸を背負って第1シングルスを務めるという重圧は想像以上だった。

 5月にタイで行なわれた国別対抗戦のユーバー杯。地元タイと決勝で対戦した日本は、山口がラチャノック・インタノンとの第1シングルス戦を制して勢いに乗って勝利し、1981年大会以来37年ぶり6度目の優勝を果たした。

 だが、山口自身には「大会の序盤は良いパフォーマンスをできていなかった」という感覚があった。敗れたのは台湾との準々決勝で当たった戴資穎との試合だけだったが、本人としてはそれ以外も満足のいく内容ではなかったのだ。

 第1シングルスの責任を背負い、勝利という結果をターゲットの最前線に据えることに、迷いを感じた時期だった。

アジア杯で1勝もできず。

 日本女子が金メダルに輝いた8月のジャカルタ・アジア大会の団体では、さらなる重圧に直面した。決勝までの全試合で山口は1勝もできなかったのだ。

「他の日本選手が強いので、トップシングルスだからというのはあまり考えていなかったのですが、しっかり流れはつくりたいと思っていたので、そういう意味では、うまくいかないときにどうしよう、となってしまった」

 金メダルにわく仲間の横で笑みを浮かべはしたものの、もやもやした思いがなかったわけがない。

我慢することをテーマに。

 メンタルの持っていき方が見えたのは団体戦後に行なわれたアジア大会女子シングルスだ。山口は団体戦のときとは打って変わった伸び伸びとしたプレーを見せて、銅メダルを獲得した。そして、すべての戦いを終えた後にこう言った。

「(シングルスでは)自分らしいプレーを出せたと思う半面、団体戦ではなぜこういうプレーをできなかったんだろうという気持ちもあります。これからまた同じような場面がたくさんあると思うので、この経験を無駄にしないようにやっていきたいです」

 少しずつ経験を身につけてきた山口が、さらに次の一歩を踏み出そうと新たなチャレンジを試みたのが、11月下旬から12月にかけて行なわれた全日本総合選手権である。

 展開の中で意表を突く攻めを見せることが得意な山口がテーマとして心掛けたのは「我慢」だった。

「最近特になんですけど、ナショナルコーチからもチームのコーチングスタッフからも言われるのが『もっと大きく展開してほしい』だったり、『自分から行き過ぎている』というアドバイスです」

奥原との決勝で実を結んだ。

 プレッシャーや緊張感の中でやってみないとものにならないという決意で、連覇の懸かった全日本総合選手権という舞台をあえてチャレンジの場とした。大舞台だからこそ試す価値があったのだ。そして、テーマに据えた「我慢」が実を結んだのが奥原希望との決勝戦だった。

「飛ばないコートだった」という第1ゲームは、攻めたいとはやる気持ちを抑えて長いラリーに持ち込んだ。すると、粘りが身上の奥原が先にミスをし、山口がポイントを重ねた。第2ゲームの終盤は集中力が乱れて連続失点して落としたが、集中し直した第3ゲームを取り返し、見事に連覇を飾った。

「これまで奥原さんに対しては、長いラリーに我慢できず、攻めたくなったところを利用されたり、ミスしてしまうことが多かったんですが、今回は大会のテーマである『我慢』ができたと思います」

結果にこだわらず戦った成果。

 第3ゲームでは奥原の決め球に対する防御でも成長の手応えを感じた。そこでは、全日本総合選手権で久々に出場したダブルスでのプレーが生きた。

「レシーブで相手のチャンス球もしっかり返すことができていたのは、今回ダブルスをやっていたお陰かもしれません」

 全日本総合選手権では、試合に臨む際のメンタルコントロールの面で、ユーバー杯やアジア大会といった団体戦での苦い経験を生かすこともできた。それは、結果にこだわらずに戦うということ。

「わたしの場合は結果を見るとうまくいかないことがある。こだわらない方が良い結果が出ていると思いました」

 着実な前進の陰にあるのは、勇気を出してのチャレンジと、チャレンジから得たものを自身にフィードバックする力。

「やり方次第で自分のプレーはまだまだ広がっていくなと感じました」

 変化と気づきをもう1つ。控えめで口数の多い方ではなかった山口から、多くの言葉を聞けるようになった'18年でもあった。

文=矢内由美子

photograph by Itaru Chiba/AFLO


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