マリノスの変化は確実に進んでいる。ポステコグルーが掲げる志の壮大さ。

マリノスの変化は確実に進んでいる。ポステコグルーが掲げる志の壮大さ。

「大きなチャレンジのため、私はそこ(横浜)へ行った。ものすごく楽しめたよ。来年(2019年)は成功を収められることを願っている」

 横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督がオーストラリア最大のギリシャ人コミュニティ向け新聞『ネオス・コスモス』のインタビューで、2018年シーズンの激動の約1年をそう振り返った。アテネ生まれの53歳のオーストラリア人指揮官は今、Jリーグでのデビューシーズンを終えて母国でひと時の骨休めをしている。

「フットボールに関して言えば、私の哲学を植え付けることで必死だった。とても不安定な歩みとなってしまったが、選手たちにとっては大転換だった。素晴らしいのは、彼らがこのやり方を心から楽しみ、真剣に取り組んでいるところだ。来季は継続性を身につけたい」

オーストラリアに革命を起こした男。

 2017年11月、ポステコグルー監督はロシアW杯大陸間プレーオフの末、オーストラリアに4大会連続5度目のW杯出場権をもたらした。だがそのわずか1週間後に、自身にとって2大会連続2度目の檜舞台に立つことを拒み、代表監督を辞任。去就に注目が集まるなか、翌12月にマリノスでエリク・モンバエルツ前監督の後任を務めることが発表された。

 このとき、会見での渋い表情が印象的だった指揮官の心中を想像してみた。計り知れない苦境を切り抜け、なんとか掴んだ世界の晴れ舞台での指揮権を自ら放棄した移民の子の胸のうちを。

 オーストラリアはフットボールの地図上では辺境にあたる。同国ではサッカールーズ(サッカー代表)よりもワラビーズ(ラグビー代表。W杯2度制覇)の方が、歴史も実力も人気も圧倒的だ。

 ポステコグルー監督はそんな国のフィジカル重視のサッカーに「革命」を起こそうとし、ショートパス主体の攻撃的なスタイルを標榜して、2度のW杯出場権とアジアカップ初制覇をもたらした。

日本なら、自分の指導が生きる。

 しかし当然、「革命」が静かに進むことはなかった。とくに彼の任務の終盤には結果が伴わず、ゆえにロシアW杯予選でもプレーオフに回ることになり、批判も受けた。個人的にも2017年8月の日本戦を観た時、サッカールーズには彼の手法よりも、高い身体能力を生かすやり方のほうが適しているように見えた。オーストラリアの一部のメディアがずっと主張していたように。

 彼の国でその勇敢なスタイルが全面的に受け入れられることは、最後までなかった。だからもしかしたら、彼は育った国のフットボールを取り巻く環境に失望したのかもしれない。そして最低限の任務を果たした直後に、「後悔はない」という言葉とともに代表監督の座を辞し、横浜からの依頼を引き受けた。

 技術を尊ぶ日本なら、自分の指導が生きるかもしれない。そんな希望もあったのではないだろうか。

マリノスの伝統も守備的だった。

 奇しくも、マリノスの伝統のスタイルも彼の手法とは相容れないものだ。そんなクラブでも自身のフィロソフィーを貫き、よく言えば清々しく、逆に言えば玉砕覚悟にも見える超攻撃的なサッカーを展開した。

 1年目の最終成績は12勝5分17敗の12位。得点は優勝した川崎フロンターレにひとつ足りない56(2位)だが、失点も名古屋グランパスとV・ファーレン長崎に次ぐ56(16位)だ。リズムに乗った時は爆発するが、発展途上の組織が崩壊することもある、ハイリスク・ハイリターンのフットボール。客観的な評価はその辺りに落ち着くだろう。

 練度が高まってきたかと思えば、研究されて大敗する。8−2の圧勝の直後に2−5の完敗なんてこともあった。そして日本にもオーストラリアと同様に、彼の戦術の粗を指摘し、真っ向から否定する人もいる。

選手は現在のスタイルを喜んでいる。

 ただし本人が明かすように、選手たちは彼の指導を喜び、楽しんでいる。「(今のマリノスでは)ボールを受けた後にターンをしなければ怒られるので」と天野純は嬉しそうに言い、「このサッカーによって、すごく注目してもらった」と山中亮輔は正直な実感を打ち明ける。

 この2人の主力は、27歳と25歳で代表初キャップを刻んだ。また大津祐樹は中盤の新たな役回りで輝き、ローン先から戻ってきた仲川輝人は一気にブレイクし、GK飯倉大樹はモダンな守護神として足元のスキルを磨いた。そして何より、観ている者たちをワクワク(時にハラハラ)させた。

 同じシティ・フットボール・グループのひとつということもあり、今のマリノスのスタイルにはマンチェスター・シティの影響が見て取れる。本家のペップ・グアルディオラ監督が志向するのは、相手を完全にねじ伏せようとする攻撃的なフットボールであり、サイドバックの偽ボランチ化なども、高い位置に多くのポイントを作るために採用しているものだ。

 それが現在のマリノスの戦力に見合ったものかはわからないし、完成までには多大な時間と労力を要する。いや、完成するかどうかも不明だ。

リーグタイトルは2004年が最後。

 ただしクラブの歴史を考慮すれば、横浜はそんな高い志を掲げるべき時を迎えているのかもしれない。1972年創部の日本サッカー界を代表する名門のひとつながら、リーグタイトルは2004年が最後。トロフィー奪還と未来の繁栄を目指す上で、モダンで明確なスタイルの確立は正しい一歩と言える。

 近年、サンフレッチェ広島と浦和レッズがミハイロ・ペトロヴィッチ政権後にリーグ優勝やアジア制覇を、川崎フロンターレが風間八宏政権後にリーグ連覇を成し遂げているように、ポゼッションの浸透したチームがマイナーチェンジを施して成功をつかんだ例がある。ポステコグルーの遺産は、先々にも生きてくるはずだ。

ペップも1年目は無冠だった。

 ギリシャ系オーストラリア人指揮官の1年目は、成功とは言えないが、失敗でもない。リーグ戦では残留争いに巻き込まれたが、ルヴァンカップでは17年ぶりの優勝まであと一歩に近づいた。グアルディオラもシティでの1年目は、自身の監督キャリアで初となる無冠で終わっている。そして2年目の昨季、オフに自らの戦術に合う選手を補強した後、史上稀に見る圧巻の強さでプレミアリーグを首位で駆け抜けた。

 つまり、来季は勝負の年になる。ポステコグルー監督が2年目に望む戦力を補強でき、その上で優れた指導力を発揮すれば、名門は真の復活の足がかりを掴むのではないか。その行く末には、マリノス・サポーターが見たこともないくらい壮大なチームがあるかもしれない。練習の指導を担当するコーチのピーター・クラモフスキーが「日本を揺るがすのはこれからだ」と言っていたように。

 まずはこのオフシーズン、どんな布石が打たれるのか。そこから注目したい。

文=井川洋一

photograph by J.LEAGUE


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