スポンサーのはずが今や大分サポ。トリニータと浅田飴の幸せな関係。

スポンサーのはずが今や大分サポ。トリニータと浅田飴の幸せな関係。

 永六輔が「せき、こえ、のどに……」と言っていたCM以来である。この1年間で“あの企業”の名前をこんなにも多く耳にしたのは。

 大分トリニータのファンやサポーター、Jリーグを熱心にチェックしている人だったら答えが分かるかもしれない。

 浅田飴だ。

 大分はかつて若き日の西川周作、森重真人、清武弘嗣、金崎夢生らを擁して2008年にナビスコカップ優勝を果たした。しかしその後経営難に陥ってJ2降格。そして2015年にはJ1経験クラブとしては初のJ3降格を経験した。

 それでもチームは片野坂知宏監督が就任してから、V字回復を果たす。1年でJ2復帰を果たすと、就任3年目の今季は大混戦となったJ2リーグで2位。2013年以来となるJ1復帰を決めた。

 そんな片野坂監督の情熱に魅せられ、2018年途中からトリニータのスポンサー企業となったのが浅田飴。そのきっかけはSNSだった。

SNSがきっかけでスポンサー。

 いきさつについて簡単に説明すると、片野坂監督はテクニカルエリアで声を振り絞って選手に指示を送るため、声がガラガラになってしまいがちだった。それを受けて8月中旬、ある大分サポーターがツイッターで“ぜひ浅田飴さんに監督ののどを守ってほしい”という趣旨のつぶやきをしたところ、浅田飴の公式ツイッターアカウントが反応してJリーグサポーターを中心に拡散した。

 その縁もあって同社の商品をトリニータ側に送ったところ、翌週の第30節・徳島ヴォルティス戦で片野坂監督が浅田飴薬用のど飴(指定医薬部外品)の缶を手に指示する写真がまた拡散したのだ。気づけば9月にはスポンサー契約を締結。その勢いに乗ってトリニータはJ1昇格……というSNSが発達した今ならではの“ほっこりエピソード”となった。

 そんな数奇な縁と、昇格が決まった喜びについて聞いてみたい。そう浅田飴に問い合わせたところ、二つ返事でOK。さっそく会社に向かった。

中の人は最初不安だった。

 取材に応じてくれたのはトップである堀内邦彦社長(写真)、広報担当の玉木卓さん、そして……

「あ、私が弊社の公式ツイッター担当なんですが、本名ではなく『中の人』と表現してもらえると嬉しいです」

 いきなりキャラづけしてきた、中の人である。正直戸惑ったが、ここは設定を受け入れてツイート直後の社内の様子について聞いた。

「『スポンサーになってくれれば』というツイートに、我々のことを知ってくれているんだと、ありがたさを感じました。ただその一方で、大分トリニータさんにもご迷惑がかかる案件なのでは、と最初は思っていました」

 中の人は当初、不安な気持ちもあったことを明かす。しかし素早い動き出しを見せたのはトリニータ側だった。

 翌日には会社に連絡があり「最初は怒られるんじゃないかと思っていたんですが、ぜひ一度会ってお話がしたいとのことでした」と、その後も両社の思いが一致し、話は進む。そしてスポンサー契約が決まったこともあり、第33節・カマタマーレ讃岐戦とその前日練習に足を運ぶこととなった。

監督の人柄、温かさ、握手。

 そこで3人が大きなインパクトを受けたことがある。

 片野坂監督の人柄やサポーターの温かさだ。

「練習にうかがったのですが、試合前日だったのでピリピリしたムードなのではないか、と気がかりではあったんですよ。それも我々のような"ぽっと出の者"が……と思っていたのですが、片野坂監督は向こうから『ああ、どうもどうも!』と来ていただいて、握手してくださいました」(堀内社長)

 サッカーでは握手をかわす場面が数多くある。

 例えばキックオフ前、両チームのキャプテンと主審が握手をかわしてからコイントスをする。タイムアップ直後もセンターサークル上で整列し、22人の選手と審判団が握手する……という感じだ。

 そんな文化があるからか、サッカーに携わる人々は普段から握手する。つまり、自然と体に染みついているのだ。

 それは堀内社長、中の人にとって全くの異文化だったのだ。

Jリーグ観戦がある週末。

 中の人が続ける。

「試合当日にも商品を配ったのですが、その際にサポーターの方々が拍手で迎えてくれたり、社長のもとに続々と握手を求めてくる様子が(携帯に)送られてきたんです。こんなにも好意的に迎え入れてくれるものなのかと驚きました」

 サポーターから大歓迎され「スポンサーになることの意義を改めて感じました」(玉木さん)と実感した3人。それ以降、彼らの週末はトリニータの観戦をメーンに据える過ごし方になったという。

 特に大変貌を遂げたのは、中の人だ。もともと野球好きで、サッカーにほとんど興味がなかった。それも「W杯ですら1試合も見ない人」(玉木さん)というレベルだったのが、驚くほどトリニータ、そしてJリーグにのめり込んでいった。

「DAZNにもすぐ加入して、毎週末楽しみで仕方なかったです。J2のリーグ戦が終わってしまってからは『うわあ……なんか物足りないなあ、この週末』みたいな。あ、でもトリニータサポーターの方はもちろんなんですが、各クラブを愛する人々と交流ができたことも嬉しかったですね。昇格が決まるとJ1のサポーターさんが『昇格おめでとう!』とリプライしてくれましたしね。

 あとJ3の鹿児島ユナイテッドのサポーターさんから『鹿児島の試合も見てください!』と来たので、しっかり見ましたよ。鹿児島サポーターの皆さんが浅田飴を持っていたのはびっくりしましたが(笑)。こんなふうにJリーグをチェックするのは、もはや日課です」(中の人)

スポンサーになっての大歓迎。

 他クラブのサポーターとの交流について、玉木さんはこのように話す。

「今回はこうやってトリニータさんとご縁があったわけですけど、いち企業がいちチームのスポンサーになることに対して、他クラブのサポーターの方がどういう反応をするのか、ちょっと怖い部分もあったんですよ。

 ただ実際にスポンサーとしてかかわってみると、本当に好意的で『ようこそJリーグへ、一緒にサッカーを盛り上げていきましょうよ』というスタンスでサッカーの世界に迎え入れていただけた。これは本当にJリーグが素敵なところですよね」

昇格後の会見に思い出し泣き。

 こんな風に社を挙げて応援していく中で、トリニータは運命の最終節を迎えた。モンテディオ山形戦、3人は大分サポーター約80人とともに都内で行われた観戦会に参加。「とにかくハラハラでした」(堀内社長)という緊迫の90分間は1−1のドローで終わったものの、J1昇格をつかみとった。

 歓喜に沸く中、特に印象深かったのは片野坂監督の会見だったという。

「試合が終わって片野坂監督のインタビューがあったんですが、監督の顔を見ていたら号泣していましたね。本当に良かったなぁという思いが込み上げてしまって」(玉木さん)

「私もあれは、思い返しても泣きそうになりますね」(中の人)

「なんて表現すればいいんでしょうかね……」(堀内社長)

 3人の表情を見て、驚いた。

 片野坂監督の会見を思い出して、本気で眼に熱いものを溜めているのだ。

「とても他人じゃないような」

「すみません、この話をするとどうしても……」

 J1昇格を記念した取材だというのに、まさかのしんみりムード。多少バツが悪そうにしている筆者を気遣ってか、堀内社長がこう続けた。

「本当に身近に感じるんですよね。全然知らない人間だったはずなのに。大分で試合を観戦した時、私達は取材の様子を遠くで見ていたんですよ。そしたら監督が私のことを見つけて、取材後にもわざわざ『どうもどうも』って来ていただいて。そんなことがあると、すごい身近に感じてしまいますよね。とても他人じゃないような感じです」

片野坂監督へのリクエスト。

 3人の話とサッカーにのめり込んでいく様子を聞いていて、分かったことがある。

 スポンサーではあるけど、もはやサポーターの域なのだ。

 会社にとって縁もゆかりもなかったはずの、サッカーとJリーグ。スポンサーという形を入り口に、浅田飴に勤める人々のハートはくぎ付けになっていた。

 幸福な関係にあるトリニータと浅田飴。最後に、中の人から片野坂監督に「1つだけ、伝えたいことがあるんです」というリクエストがあった。

「片野坂監督、インタビューのときに浅田飴のことを思い出して頂いているのか『すみません、嗄れちゃって……』とおっしゃったことがあるんですが、我々全然そんなこと気にしていないんです。これからも、声が嗄れても全然お気になさらず情熱あふれる指導を見せてほしいですね」

文=茂野聡士

photograph by J.LEAGUE


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