全日本バレー女子主将・岩坂名奈。リーダーになった元“いい子ちゃん”。

全日本バレー女子主将・岩坂名奈。リーダーになった元“いい子ちゃん”。

 2018年最後の公式戦となった、天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権を久光製薬が2年ぶりに制し、チームメイトは「キャプテン、キャプテン」と胴上げの中央に来るよう促す。

 無理、無理無理、絶対無理。

 最初は顔の前で手を振り、捕まらぬように逃げ回る。最後は顔の前で大きくバツをつくる姿に、会場からも笑いが起こる。

 謙遜でも照れでもない。

 自分はそんな立場じゃない。今はまだ、及ばない。

 それが、今季からキャプテンを務める岩坂名奈の本心だった。

 メダル獲得が使命だった8月のアジア大会は4位。2012年のロンドンオリンピック以来の表彰台を目指した世界選手権も6位。日本代表の主将として迎えた2シーズン目となる2018年、岩坂は何ひとつ結果を残すことができなかった。

 それでも「やるべきことはやった」と胸を張れればまだよかったが、出場機会も限られ、出る機会があってもチームを勝利に導くような活躍ができたわけでもない。

ミックスゾーンで流した涙。

 試合直後のミックスゾーンで「声をかけないでくれ」とばかりに、大きな体を小さくかがめて走り抜ける姿を見るたび、置かれた立場が複雑で葛藤があるであろうことは理解できたが、それでも主将なのだからここで逃げるべきではないだろう、と思ったのも事実だ。

 アメリカとの5位決定戦に敗れた後、ミックスゾーンで立ち止まった岩坂が泣いた。

「代表って、常に結果が求められるところで、ましてや日本開催。前よりもっといい成績を求められることもわかっていました。でも結果を残すことができず、自分のプレーも中途半端。もちろん試合に出たいし、日本が勝つために自分もコートの中にいたいけれど、技術不足も痛感しました。

 大会期間中も心が折れそうで、『私がここにいる意味はあるのかな』って何度も思ったし。口では『覚悟を決めました』と言ってきたんですけど、ふたを開けると全然もろかった。甘さもあったし、楽なほう、楽なほうへ逃げていたなぁ、って。もっと何かできたんじゃないか。そう思ったら、情けないし、何より、悔しかったです」

得意なブロックでも差が。

 同じミドルブロッカーの荒木絵里香、奥村麻依と比べて、自分に足りないものは明らかだった。スパイクでは打てるコースの幅、威力、バリエーション、すべてが劣っていたし、これまでは「得意なプレー」として胸を張れたブロックでも、相手の攻撃を仕留めるブロックポイント、次の攻撃につなげるタッチの数も歴然としていた。

 全日本でディフェンス面を統括し、久光製薬でもコーチを務める豊暉原峻はこう言う。

「重心の移動、ステップの前に体が浮いてしまうと、ジャンプや手を出すのも遅れてしまう。まずは動きにフォーカスしていけばいいのですが、よくない時ほど結果を求めてとにかく『手を出さなきゃ』と焦ってしまうんです。でも、リードブロックに対しても積極的にチャレンジしているし、判断する力を突き詰めれば上に到達するのは早い。あの高さは絶対武器になるのは間違いありません」

 高校時代から周囲よりも頭1つ大きくて、ブロックの際はその場で跳べばよかった。久光製薬に入ってからもデータを元に、事前に「このローテはここへ跳ぶ」と指示される。考えることなく、決まったルールに従って動くだけでよかった。

 だが世界を視野に入れれば、そのままでは勝負できない。セッターを見て、アタッカーの動きも見て、トスの上がった場所に素早く反応するリードブロックは、まさにその名の通り“読む”力が求められる。国内では随一の高さも、それだけでは武器にならない。

もっとダイナミックさを。

 攻撃面も同様だ。同じ場所から同じコースに打つだけでは簡単に対応され、ラリー中もアタックラインの後ろまでしっかり下がって助走する海外のミドルブロッカーと比べて、ネットに近い位置から攻撃を仕掛ける岩坂のスパイクには威力がない。

「高校の頃からずっと、ネットのところでただちょこちょこ、ちょこちょこしているだけでしたからね(笑)。それでいい時もあるかもしれないですけど、世界を相手には通用しない。もっとダイナミックさを出していかなきゃいけないですよね。

 今、移動攻撃にも取り組んでいるんですけど、手応えがあるかと言われたら、全然。まだまだです。だから今は、ルーク(フォルケ・アキンラデウォ)や(荒木)絵里香さんを見て、取り入れられることは全部やらなきゃ、と思っているし、もっと頑張って、もう少し経ったらブロックでもスパイクでも『手応えを感じられるようになりました』と言えるようになりたいです」

久光製薬の主将も引き受けた。

 世界選手権やワールドカップは14名ベンチ入りできるが、オリンピックは12名のみ。現在国内で行われているVリーグは優勝争いの場であることはもちろん、オリンピックに向けた熾烈なメンバー争いの場所でもある。

 たとえ今、全日本でキャプテンだからといって、そのままキャプテンであり続けられるわけではなく、メンバーに入れる保証もない。

 これまで以上に、岩坂にとっては結果が求められるシーズンであるからこそ、自身のスキル向上にチャレンジすることと並行して、甘さを断ち切るべく、久光製薬のキャプテンも引き受けた。

人を思いやれる優しい子。

 実は2017年も酒井新悟監督はキャプテン就任を打診したのだが、その時は「自分のことに集中したい」と固辞した。当時とは明らかに違う、と酒井監督は言う。

「『このチームを引っ張って勝たせたい、その中で自分も存在感を出して全日本で勝負したい』という覚悟を感じました。常に人のことを思いやれる優しい子なんですが、今はただの“いい子ちゃん”だけではないキャプテンシーが出てきました。

 時には集中して周りを寄せ付けない雰囲気を出しながら、試合になれば全日本で試合に出られなかった経験を活かして、周りを気遣い、チームをまとめる。置かれた立場を受け入れて、乗り越えようとしているし、自分の弱さを認められるようになったのも、成長の証だと思うんですよ」

 2018年12月23日、天皇杯・皇后杯の決勝。アキンラデウォはもちろん、荒木や渡邊彩ら、トヨタ車体のミドルブロッカーが攻守で存在感を発揮する一方、岩坂の攻撃に対する警戒は薄く、自分が不甲斐ないからとわかっていても、攻撃に入る際、自身の前にブロッカーが1人もいない状況に、心が折れそうになることもある。

 だがその状況を悲観的に捉えるだけでなく、前を向いて「自分が前の時は攻撃が回らないことがチームの課題」と言い切る姿は、全日本でミックスゾーンを走り抜けていた頃とは違う。変わらなければいけない。変わる、という強い意志があった。

逃げるのは簡単だから……。

「いくら久光はサイドの層が厚いとはいえ、これだけ負担も大きくしてしまうと、何やっているんだろう、って思う時もあります。ポンって押されたらそのまま折れちゃいそうな。でもそこで頑張らないと代表争いをする段階にも行けないし、一流には近づけない。

 絶対私はこの土俵に立つんだ、と思えるきっかけもチャンスも、たぶんそこらへんに転がっていると思うんです。でもそれは自分でつかむものだから、自分を変えていかないといけないし、逃げるのは簡単だから、逃げたくない。どれだけ分厚い壁があっても、逃げずに打ち破っていけるように。ここまで来たらもう、それしかできないですよね」

 デカイから。キャプテンだから。飽きるほど言われ続けて来たし、不器用な自分のことは、誰よりも自分が一番よくわかっている。

 カッコ悪くたっていい。この正念場を乗り越える結果を出すことができたら、その時は逃げることなく宙に舞う。どうだ、やったぞ、と胸を張って。

文=田中夕子

photograph by Sho Tamura/AFLO SPORT


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