「記事の中から現場の匂いが……」報道を巡る新聞記者の怒りに触れて。

「記事の中から現場の匂いが……」報道を巡る新聞記者の怒りに触れて。

 オフになると、いろいろな人たちの集まりがある。

 時節柄、忘年会も多いし、懇親会、講演会、勉強会に何かのお祝いの会。

 こういう仕事だと日ごろ1人でポツンと働いていることが多いので、集まりとなると、ついいそいそと出かけて行ってしまう。

 行ってみれば、たいていは知らなかったことを知る機会になったり、知らなかった人を知る機会になったり、何かの勉強になったり、触発されたり、良くも悪くもある種の“ショック”を受けてみたり。

 行ってよかったな……と思うことがずっと多いので、それも出かけていく大きな理由になっている。

 今はインターネットでなんでも知ることができて、なんでも見ることができると考えている人が多いのだろうが、出かけていかなくちゃ、“ほんとのところ”は何もわからないと思っている。

「記事の中から現場の匂いがしない」

 野球の人たちの集まりがあった夜、私はある新聞記者の方から、こんなことを言われた。

「ライターさんなんて、気楽な商売ですよね」

 乾杯から10分と経っていない頃だから、そんなにお酒も入っていなかったはずだ。目つきも、まだしっかりしていた。

「だって、そうじゃないですか」

 こっちへ向き直ったから、“本気”の話だ。

「ライターの書いた記事、ネットで見ますけど……」

 ライターさんから“さん”が取れていた。

「自分たち記者が書いた新聞記事を、あっちからこっちから寄せ集めてきて、それをつなぎ合わせただけでしょ。記事の中から現場の匂いなんか、ぜんぜんしてこないじゃないですか」

 何も言えなかった。

 他のライターさんの記事はあまり読まないので、そうですねぇ……とも言えず、それでも第一線の記者さんがこれだけ決然と面と向かって言うのだから、それが“実態”なのだろう。

こんなことやってたら、いつか……。

 僕の記事もそう読めますか? と問うてみる勇気もなく、自分には身に覚えのないことでも、世の中というものは何かと「一事が万事」である。1人いれば、みんながそうだと解釈されてもしょうがないのかもしれない。

「それだけは、やっちゃいけないでしょう。それじゃ、単なる“伝聞”じゃないですか」

 講釈師、見てきたようなウソを言い。

 昔の川柳が頭に浮かんだ。

「ライターってハタから見ると、取材して、記事書いて、発信して……表面上、自分たちと同じような仕事してるわけですよね。だから自分たち新聞記者も、同じだと思ってる人がいるんですよ」

 その記者さんは、ある人から同じように気楽な稼業だねと言われ、いたくショックを受け、傷ついたという。

「こんなことやってたら、いつか世の中から“ライター”って仕事、なくなりますよ。職業として見損なわれますよ。マジメにやってたら、結構たいへんな仕事じゃないですか」

 わかってくれているようで、ちょっと安心する。

「生活できないって廃業したのも、何人か知ってるし……世間からリスペクトされるような仕事、やりましょうよ!」

試験も資格もない職業。

 私たち“ライター”という職業は、確かにある種の「いいかげん」な存在なのかもしれない。

 誰の審査を受けることもなく、いわんや国家試験も資格試験もなく、その分野の見識があろうがなかろうが、社会に記事を発信する能力と気迫があろうがなかろうが、名刺を刷って「ライターでござい!」と名乗りを上げれば、そこでもう「ライター」が1人、誕生してしまう。

 もちろん、その後に活躍の場があるか否かで淘汰もされていくのだが、金銭的な余裕さえあれば、何年かはその世界にとどまることもできる。

 そのようなあやふやな基盤しか持っていないから、以前まだ多くの人が公衆の場でタバコをくゆらせていた頃には、「100円ライター」とか「使い捨てライター」などと呼ばれて、ずいぶんと泣きそうになったこともある。

見てないものは語れない、というルール。

 私は、そんな時代に今の仕事を立ち上げたから、野球の世界でいう「なにくそ魂」みたいな意地だけで、ここまでやってきたような気がする。

 こう見えて根はズボラな怠け者なので、自分の中に、そっちの方向へ流れないような「約束事」をいくつか作って過ごしてきた。

 その中の“主柱”の1つが、

「見てないものは語れない」

というヤツである。

「見てない」とは、ナマで見ていないという意味である。

 ナマで見ていないものは書いてはいけない……というより私の場合は、書いても自分が満たされないのでつまらないから、書く気にならない。そういう心持ちが、いちばん近いところだろう。

 もちろん、膨大なデータの中から貴重な“事象”を発掘したり、その人特有の視点から、わが意を得たり! というような文章を世に送り出すライターさんたちがいることも、また事実であろう。

 20年近く前に、「流しのブルペンキャッチャー」なんてことを始めたのも、その投手が投じるボールの威力と、その投手の心情の“ほんとのところ”をナマで知りたかったからだ。

活字になると、人は信じてしまう。

「活字」は怖いのだ。

 活字にして紙の上に載せれば、人はとりあえずそれを信じてしまうからだ。

 実際は“瀕死”の戦況も、逆の内容で活字にして紙の上に載せれば、勝ちいくさになってしまう。そんな時代が、現実にこの国にもあった。

「情報」とは“事実”でなくてはならないと思っている。

 その大前提は、この足でその現場に出かけて行って、この目をカッと見開いて現実を見定め、ほんとのところはどうなんだ。それを伝えるということ。

 そういった行為にほかならないのではないか。

「そうは言っても、金もかかりますしね……」

 そんなこぼし方をしていた方がいた。

 私も含めて、すべてのライターの本音であり、もしかしたら“急所”なのかもしれない。

「気楽な商売ですね」と言われて。

 組織に所属する記者さんとは違い、どこかからの依頼取材でないかぎり、ライターの行動経費は自分持ちである。

 借金して動けばいいじゃないか……。確か、そんなことを言ったように思う。

 自分自身の苦しい“昔”がよみがえった。

「ライターさんは気楽な商売ですね」

 不思議に、カチンと来なかった。先に、もしかしたらそうなのかもしれないなぁ……と思ってしまったからだ。

 まさか、そう言ってくれてありがとうとは言えなかったが、今はなんだかちょっと感謝している。

 その人とは、長いつき合いになりそうだ。

 オフの集まりは、“これ”があるからやめられない。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama


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