成長するため、あえて立ち止まる。巨人・菅野智之、真のエースへの道。

成長するため、あえて立ち止まる。巨人・菅野智之、真のエースへの道。

 毎年恒例、Number Web版“プロ野球・ゆく年くる年”企画は、全12球団の反省と期待を綴った短期集中連載シリーズです。今年もそれぞれの愛すべきチームについて、しっかりと2018年、そして2019年への思いを発表したいと思います。
 第8回は、原辰徳新監督に常勝軍団復活の期待がかかる読売ジャイアンツです!

 立ち止まることを知って、前に進むことができたシーズンだったのかもしれない。

 2018年の菅野智之は防御率2.14で3年連続最優秀防御率をはじめ、15勝で2年連続2度目の最多勝利、200奪三振で2年ぶり2度目の最多奪三振と投手3冠王に輝き、2度目の沢村賞も受賞した。

 まさに投手としての絶頂期を迎えたシーズンだったわけだが、この輝かしい実績の裏には、最初の大きな躓きがあったことも大きかったのではないだろうか。

 いきなり滅多打ちを食らったのは3月30日、阪神を相手にした東京ドームでの開幕戦だった。

 この試合の菅野は阪神打線を初回こそ三者凡退に退けたが、2回には福留孝介外野手に左翼ポール直撃の本塁打を浴びると、3回にも大山悠輔内野手に2ランを被弾。結局7回を投げて12安打5失点の負け投手となった。

 しかもこの躓きは次の試合でも続いた。

 4月6日の神宮でのヤクルト戦だ。

乱調の理由は、強い向上心!?

 初回に青木宣親外野手の二塁打で先制を許すと、味方の失策も絡んで2失点。2回には山田哲人内野手の中越三塁打で追加点を奪われると、5回にもソロ本塁打を浴びた。この試合も6回を投げて7安打5失点。2試合トータルで19安打を浴びて10失点と大荒れのスタートを切ったのである。

 この信じられないような開幕直後の乱調の理由は、エースとしての向上心にあった。

 前年のオフからこの年のキャンプで菅野は新球となる高速シンカーの習得に挑戦した。結果的にはそれが裏目に出たわけである。

「速いシンカーで球速差を出したい」

 菅野はそれまでも、シュート系のボールとしてはツーシームの握りを少し変えたワンシームを投げてきた。

「でもワンシームは変化球じゃない。まっすぐと同じ(球速)なので、速いシンカーで球速差を出したい」

 2016年のオフには2017年3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシックを睨んでチェンジアップに挑戦したように、毎年、オフにはより高みを目指して新球の習得を課題にするようになっていたのである。

 ただ実は、これはトップレベルの投手が陥りがちな落とし穴だ、と語っていたのは巨人の藤田元司元監督だった。

 藤田さんが監督時代のエースだった桑田真澄投手も、若い頃から進化を求めてシュートやSFF(スプリット・フィンガー・ファストボール)など次々と新しい球種を習得したがる投手だった。

 だが、藤田さんはそんな桑田の挑戦に敢えて首を振ってこう語っていた。

「新しいボールを覚えることは決して悪いことじゃないし、桑田ならそれほど苦労しないでも覚えることができるかもしれない。でも、桑田くらいのレベルの投手になれば、逆にいま持っているボールだけで十分に相手のバッターを抑えられるんだよ」

新しい球種を得て、逆に失うものもある。

 実際に桑田はキレのあるストレートとカーブを主体に、その頃にはフォークやスライダーも操っていた。それだけのレベルの高い球種を持っていれば、相手打者を牛耳るためのカードとしては十二分だというわけだ。

 それでも一流だからこそ、向上心が強く、そこでさらに進化を求めてしまう。そこに落とし穴があると藤田さんは言うのだ。

「投手っていうのは不安で、次から次に新しいものを習得しないと気が済まないけど、逆にそれによって失うものもある」

「持っているボールの質に磨きをかけること」

 シュートを曲げようと思えば、肘が下がるし、それがいままでの勝負球に及ぼす影響も少なからずある。フォークだって多投すれば握力が落ちて真っ直ぐのキレが落ちる。何より新しいボールを覚えることで、それまで持っていた他のボールの繊細な感覚に、ズレが生まれるきっかけになることがあるのだ。

「桑田くらいのレベルに達した投手が新しいボールを覚えなければならないのは、晩年にさしかかって力が落ちてきたときなんだ。

 そのときのためにいまは、持っているボールの質に磨きをかけることが一番のテーマ。それをやることが、実はこの時期の本当の進化ということになるんだよ」

 これが藤田さんの結論だった。

 もちろん現状で相手打者を抑えるのに四苦八苦している投手にとっては、新球習得はオフの重要なテーマである。しかし、高いレベルの投手にとって新球の習得とは、逆に一流だからこそ陥るパラドックスを生むきっかけになってしまうということなのだ。

 2018年の開幕の菅野もまた、そのパラドックスの餌食となっていたのである。

 ただ、菅野がスマートなのは、その落とし穴に気づき、そしてせっかく覚えたシンカーを捨てる決断がすぐにできたことだった。

「長い人生で必ずこういう時は来ると」

 4月13日の3度目の登板は東京ドームの広島戦だった。

「長い人生で必ずこういう時は来ると思っていた。自分の力で打開しようと、強く思ってマウンドに立ちました」

 こう語った菅野は、この試合で1球もシンカーを投げなかった。その代わりにシンカーを覚える過程で抜き方をつかんだフォークを駆使して、赤ヘル打線を封じ込んだ。

 8回6安打10奪三振で1失点。

 2018年の初勝利はそういう葛藤を乗り越えた末に手にしたものだった。そうしてその先にあった栄光は、もはや多くを語る必要はないだろう。

 2018年は10完投で8完封。8完封は1978年の近鉄・鈴木啓示以来、巨人では1963年の伊藤芳明以来で、9月から10月にかけてはシーズン終盤に中5日、中5日の過密登板の中で3試合連続完封の離れ業も演じている。

 絶対エース――まさにこの言葉がふさわしい傑出した投手となり、年俸がゴジラ越えの6億5000万円まで跳ね上がったのも納得の評価だった。

“菅野時代”がまだ続くことを確信。

 そしてその菅野が2019年のシーズンに目指すのは、敢えて立ち止まることだった。

 年末年始にかけて恒例のハワイ自主トレに向かう成田空港で、菅野はこのオフのテーマをこう語っている。

「もうこれ以上変化球を増やせない。1つひとつのボールの精度を高めて、バッターへの対応を練る時間にもなると思うので、しっかり野球と向き合いたい」

 新しい道を進むことばかりが進化ではない。

 いままで歩んできた道をしっかりともう一度、踏み固めて広げていく。藤田さんが語っていた一流の進化の道を、2019年の菅野は歩もうとしている。

 そして闇雲に前に進むのではなくここで立ち止まれたことで、“菅野時代”はまだまだ続くことになるのだろう。

文=鷲田康

photograph by Kyodo News


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