保育士志望の大学生が金メダリスト。佐藤綾乃が振り返る奇跡の4年間。

保育士志望の大学生が金メダリスト。佐藤綾乃が振り返る奇跡の4年間。

 大学入学後の急成長が、人生を大きく変えた。

 2018年平昌五輪のスピードスケート女子チームパシュートで日本チームの一員として世界の頂点に立った佐藤綾乃(高崎健康福祉大)は、当時、21歳73日の大学3年生。21歳244日で'98年長野五輪フリースタイル女子モーグルを制した里谷多英の記録を塗り替え、日本女子の冬季五輪史上最年少金メダリストになった。

「これまで自分に自信を持つことがあまりなかった私だけど、チームパシュートを通して、自分の力を信じることができるようになりました」

 表彰台の一番高いところへ、高木美帆、高木菜那、菊池彩花とともに上がった佐藤は、感無量の面持ちだった。

 最年少金メダルのシンデレラ。しかし、大学入学当初はスケート一筋というわけではなかった。

そもそも保育士の勉強しようと。

「そもそも保育士の勉強をするために健大に入学したんです」

 おっとりした口調で佐藤は続けた。

「入学したての時は、どちらかというとスケートよりも保育士になるための勉強を頑張りたいという思いの方が強かった。もちろん、スケートも頑張りたいという思いはあったのですが、当時は日本の中のトップ選手との差はかなりあって、五輪は遠く、私には無理だ、厳しい、と感じていました」

 考えに変化が起き始めたのは、大学2年になる直前の春休みに、ナショナルチームに誘われたのがきっかけだ。1年生のときは大学のスケート部での活動。ところが、ナショナルチームに入ってからは「すべてが変わりました」(佐藤)。

 日本女子チームパシュートは高木美帆、高木菜那、菊池彩花、押切美沙紀の4人が大会ごとに構成を変えながら滑り、W杯で金メダルを獲得するなど世界トップの実力を持っていた。4人全員が五輪経験者という彼女たちに新たに加わったのが、当時まだ無名の佐藤だった。

平昌を意識したのは本番直前。

 ジュニア時代に見せていた、他の選手に合わせる滑りのうまさが評価されての大抜擢。だが、最初は練習についていくことができず、涙を流す日々だった。しかし、トップスケーターとともに滑る環境に身を置いたことで、意識から何からすべてが変わっていった。

 それでも、ナショナルチームに入ってから半年が過ぎた'16年10月にはまだ、五輪への強い気持ちを言葉にするまでには至っていなかった。

「オリンピックという目標はまだ大きすぎます。今は世界距離別に出たいという気持ちが大きくなってきたところです」

 そんな話しぶりから、本気で五輪を意識する言葉が出るようになったのは、平昌五輪シーズンの始まりだった'17年10月の全日本距離別選手権のとき。佐藤は初めて緊張に押しつぶされそうになるという感覚を味わったことを吐露した。

「自分はあまり緊張する人じゃないと思っていたのに……。少しハマらないだけで悪い方に考えてしまって、いつも以上にナーバスでした。去年は何もプレッシャーがなかったんですけどね」

デビットコーチからの進言。

 それでも目の前の練習メニューに必死に取り組み続けた結果、経験豊富なメンバーたちの中で徐々にポジションを高めていき、代表選考会を経て出場を決めた平昌五輪では重要な役どころを演じるまでになった。

 決勝レースでは、練習での佐藤の好調ぶりを見ていたヨハン・デビットコーチから、先頭を滑る距離をそれまでの1.5倍に増やすように指示された。公式戦で一度も取ったことのない作戦だったが、佐藤はコーチの期待に見事に応え、チームは金メダルを手にした。

 ポスト平昌五輪の今季は、大学4年生ということで就活も行なった。佐藤はJOCが実施しているトップアスリートの就職支援ナビゲーションシステム「アスナビ」を利用し、'19年4月にANAに就職することが決定した。

「スケートをやっている以上、保育士はできないので」と言いながら、「その道に進むことは、少なくともあと4年は考えられない。スケートが終わってからというように考えたいですね、もしやるとするならば……」と笑みを浮かべ、さらに言葉を継いだ。

スケートも、幼稚園実習も。

「平昌五輪に関しては、もちろん優勝したいという気持ちはあったのですが、まさかここまでいい結果が出るとは思っていませんでした。次は、チームパシュートに限らず個人種目でのメダルが目標。'19年からANAさんの所属になって、まずは4年間という一区切りで頑張ろうと思います。ただ、北京でメダルを獲りたいという思いの前に、1年1年、しっかり結果にこだわって取り組みたいです」

 このオフは幼稚園教諭の資格取得のため幼稚園での約3週間の実習に参加した。いつか、のために、学生のうちにやるべきことはすべてやった。

「楽しかったです。いろいろと難しいことはあったのですが、良く言えばスケートのことを忘れられる時間だった。息抜きができたというわけではないですが、勉強を一生懸命やることができたことで、スムーズにスケートの練習で進むことができているかなと思っています」

 今季も佐藤は好調を持続し、ワールドカップの女子チームパシュートやマススタートで活躍している。だが、リンクを離れたときに見せるほんわかムードはナショナルチームに加入したばかりの頃と何ら変わりない。

「スケートに対する意識も、多分、平昌五輪までの4年間と北京五輪までの4年間は全然違ってくると思います。そういったところも楽しみながら、この4年間は、まず1つ1つ頑張っていきたい」

 平昌五輪と北京五輪を経由し、笑顔のステキな金メダル保育士がいつか誕生するかもしれない。

文=矢内由美子

photograph by Asami Enomoto/JMPA


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