サッカー界とテレビ業界まで変えた。実況席で見た'92年アジア杯初制覇。

サッカー界とテレビ業界まで変えた。実況席で見た'92年アジア杯初制覇。

 サッカーのアジアカップがアラブ首長国連邦(UAE)で開幕した。森保一監督率いる日本代表は9日のグループステージ初戦、トルクメニスタン戦から覇権奪還を目指すことになる。

 最多4回の優勝を誇る日本だが、初優勝を飾ったのは遡ること27年前、広島県で開催された1992年大会だった。まだJリーグは始まっていない。アマチュアからプロへの移行期にアジアの頂点を目指した道のりは、代表チームだけでなく、それを報じるメディアにとっても、まさに未知への挑戦だった。

 テレビ放送で言えば、近年は民放のテレビ朝日系列も加わっているが、当時、試合を中継したのはNHKのみ。'92年10月30日のグループステージ初戦、UAE戦の実況を担当した山本浩氏は、当時をこう振り返る。

「当時の私は'89年から福岡放送局で勤務していました。'90年イタリア・ワールドカップ(W杯)は現地に行って実況しているので、サッカー要員という認識はあったとはいえ、福岡では普段、地元のニュースを読んでいるわけです。

 日本代表の試合はテレビで見ている程度でしたが、'93年5月のJリーグ開幕を控えて、サッカーの実況経験者を東京に呼び戻そうという流れがあり、アジアカップを担当することになりました」

商社に通う大学の後輩を……。

 '85年10月のメキシコW杯最終予選の韓国戦など、日本代表の歴史に残る試合を実況しているイメージが強い山本氏も、'92年はサッカーから少し距離を置いていた時期だった。サッカー実況の経験豊富な先輩がそろって現場を離れ、自分がチーフの役割で臨まなければいけないことも重圧だったが、何より大変だったのは、日本の対戦国の情報収集だった。

「実況を担当するアナウンサーが情報を探すのですが、サッカー専門誌にも、ほとんど情報が載っていない時代です。そんなときに頼りになったのが、商社に勤務している大学の後輩でした。

 その後輩を通じてアジア各国に赴任していた人を探すと、サッカー好きな人がいるんですよ。現地で代表チームの試合中継を見たり、新聞や雑誌などで見た情報を参考にさせてもらいました。もっとも、それですら数年前の情報だったりしたんですけどね」

『砂漠のペレ』と名付けたり。

 視聴者に相手選手のイメージを膨らませてもらうために、『砂漠のペレ』などと名付けて伝える手法も用いたが、基本的に実況のスタイルは、目の前で起こっていることを話す、というシンプルなもの。解説者との二人三脚で、プレーの詳細を伝えていった。

 '92年は日本代表および日本サッカー界にとって、エポックメーキングな出来事が多くあった年だった。

 3月にオランダ人のハンス・オフト氏が、外国人として史上初めて日本代表監督に就任すると、8月に韓国、中国、北朝鮮と争ったダイナスティカップで優勝。1954年のアジアサッカー連盟(AFC)創設以降では初めてとなる国際大会での優勝だった。

 9月にはJリーグ初の公式戦、ヤマザキナビスコカップが開幕。'93年5月のJリーグ開幕を控え、日本サッカーが右肩上がりに成長していると実感できる出来事が続いた。

日本に対して疑心暗鬼だった。

 そんな中で迎えた地元開催のアジアカップ。永遠のライバル・韓国が予選で敗れて不参加だったこともあり、メディアの間では優勝を期待する声も高まっていたが、山本氏は必ずしもそうではなかった。

「日本代表が勝てるとは思っていなかったんですよ。ダイナスティカップで優勝したといっても、韓国との決勝はPK戦でした。メキシコW杯最終予選も、'87年10月のソウル・オリンピック予選も、最後は日本が負けている。暗い思い出ばかりを引きずっていた時代ですからね。

 もちろん口では別の言葉を発していても、心のどこかで、絶対に勝たなければいけないとも、絶対に勝てるとも思っていない。日本のサッカーファンも疑心暗鬼だったんじゃないでしょうか」

 オフト監督の指導法を快く思わない、旧知のサッカー関係者の声も聞いていた。そうした不安を煽るように、大会序盤の日本は調子が上がらない。UAEとの初戦は0−0の引き分け。北朝鮮との第2戦は前半に先制され、試合終盤に中山雅史の同点ゴールで何とか追い付いたものの、1−1で2試合連続の引き分けに終わった。

スタンドの風景も変わった。

 イランとの第3戦、日本は引き分け以下ならグループステージ敗退という状況だった。実況担当ではなかった山本氏は試合前、スタンドに足を運んでいる。

 熱狂的なファン・サポーターはゴール裏に集結するという習慣が、まだなかった時代。複数の場所で塊を作ってキックオフを待つ人々を見ながら、山本氏は新しい時代の始まりを感じていた。

「それまでは限られた人々が手拍子をしたり、小旗を振っていた程度。実業団スポーツの応援の延長ですよね。でも、みんながチアホーンを鳴らしたり、選手個別の応援歌を歌ったりしていました。これまでのスタンドの風景とは明らかに違っていましたね」

 イラン戦は、終了5分前にカズ(三浦知良)の劇的なゴールが決まり、1−0で勝ってグループステージを突破。続く準決勝の中国戦も点の取り合いの末に3−2で勝ち、山本氏が実況を担当する決勝に駒を進めた。

高木は不器用と思っていたが。

 相手はサウジアラビア。前半用と後半用、2つの布陣図にデータを書き込んだ資料を用意して、山本氏は生中継の実況を始めた。

「アジアの覇者を決める戦い。まもなく試合開始のホイッスルが鳴ろうとしています」

 決勝まで来ても、山本氏は不安を拭えないでいた。

「サウジアラビアは3連覇を狙っていました。大会に入って試合を見ていたし、関係者の誰に聞いても『サウジは強い』と言う。それに、やっぱりどこかで『勝てないんじゃないか』と思っていましたね」

 だが日本は落ち着いた試合運びを見せ、36分に先制点を奪う。カズの左からのセンタリングを、高木琢也が胸トラップから左足ボレーで蹴り込むファインゴールだった。

「失礼ながら、高木は不器用な選手だと思っていたので(笑)、あんなゴールを決めるとは驚きました。でも、私の古いサッカー観を蹴飛ばしてくれるゴールでしたね」

 その後は追加点こそ奪えなかったものの、反撃をしのいで1−0で逃げ切り。山本氏は生まれて初めて、日本の『勝利』を実況した。

「ここで優勝のホイッスル! 日本、アジアカップチャンピオン! 1−0、サウジアラビア3連覇の野望を打ち砕きました!」

こんなに喜んでいいのかよ。

 ただ実況しながら、別の感情も浮かんできていた。

「優勝したことは我が事のようにうれしかったですよ。でも『自分が疑っていたのに、こんなに喜んでいていいのかよ』という思いもありました」

 この優勝を機に日本はアジアの強豪の仲間入りを果たし、2000年、2004年、2011年大会でも優勝。初優勝から20年足らずで、歴代最多の優勝回数を誇るまでになった。

 一方で山本氏は、'92年の初優勝がメディアにも大きな影響を与えたとみる。

「優勝したことは日本代表にとって大きかったですが、サッカーのテレビ放送そのものにも大きな出来事だったと思います。それまで日本代表の試合を放送しても、たいてい負けていたわけです。でも、あの優勝で多くの人が、サッカー放送で喜びを見いだした。NHKも大きな成果がありましたが、民放各局も、翌年開幕のJリーグの放送に力を入れるきっかけになっただろうと思います」

『アバン』という映像の流行。

 影響が表れたものの1つが、テレビ業界で『アバン』と呼ばれるものだ。ドラマやアニメで番組冒頭に流す、前回までのあらすじなどをまとめたオープニング映像のことだが、日本代表の試合中継でもアジアカップ初優勝を機に、そのときのシーンを『アバン』に盛り込むようになった。

 それまで負けで終わっていた日本代表がタイトルを勝ち取ったことで、中継の冒頭に喜びのシーンを使い、試合への期待感を高めることができるようになったのだ。

 あれから27年。初優勝メンバーの森保一監督が指揮を執る日本代表は、5回目のアジアカップ優勝を目指している。NHKを退職し、法政大学スポーツ健康学部教授として教鞭を執る山本氏は、実況という立場を離れて見るアジアカップに、こんな期待を寄せる。

「森保監督はメディアの立場から見ると、記者会見は決して面白くないですよね(笑)。当を得たことは話してくれるけど、面白い裏話をしてくれるわけじゃない。でもだからこそ、私たちだけでなく、戦う相手もつまらなくて、難攻不落じゃないかと思うんです。

 現役時代のプレーが、そうでしたよね。目立つプレーはしなくても、相手にしてみれば、彼がいるエリアは攻めにくいし、スペースがない。味方としては、これほど心強い存在はいないわけです。

 今回のアジアカップは初めての公式戦で、これまでの親善試合とは違います。采配そのものは当たっても、不運なプレーから失点することがあるかもしれない。そのときに、ひょうひょうと、彼らしい采配ができるのか。そこに注目しながら見ていきたいと思っています」

文=石倉利英

photograph by Kazuaki Nishiyama


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