「最強」の青学が箱根で負けた理由。東洋、東海が全てをかけた4区勝負。

「最強」の青学が箱根で負けた理由。東洋、東海が全てをかけた4区勝負。

 青山学院大は、最強だった。

 しかし、負けた。

 久しぶりに箱根駅伝の厳しさを垣間見た思いがする。

「敗軍の将」となった原晋監督は悔しさをにじませながら、話した。

「地力はあるんです。そうじゃないと、復路であんなに追い上げることは出来ませんから。でも、私の采配ミスで負けました」

 焦点は青学大の4区のブレーキである。

 しかし、原監督の采配を「悪手」に転じさせたのは東洋大の酒井俊幸監督だった。東洋大は限られた“資源”を往路に惜しみなく投入し、青学大をパニックに陥れることに成功した。

 酒井監督は、どんな駅伝でも必ず一度は“見せ場”を作る。レース序盤に主導権を握り、「先行者利益」を確立してから逃げ切りを図る。

 今回は1区・西山和弥(2年)、2区・山本修二(4年)、3区・吉川洋次(2年)、4区・相澤晃(3年)と、主力の4人を往路に惜しみなくつぎ込んだのは、往路優勝を是が非でも勝ち取るという意志の表れであり、往路だけに特化した「片道切符」でもあった。

 しかし、この捨て身の戦略が青学大を潰した。

相澤に「名前負け」した可能性。

 青学大の関係者の推測では、4区の岩見秀哉(2年)は追ってくるのが相澤でなければ、実力を発揮できていたかもしれないという。相澤は高校時代から全国的に名を馳せ、前回の箱根では2区で区間3位、今季の全日本では最長区間である8区で区間賞を取っている。西山と並ぶ、東洋大の「顔」だ。

 岩見は相澤に対し、「名前負け」した可能性がある。

 追いつかれ、抜かれ、対応できず離されていくと、東海大の館澤亨次(3年)にまで抜かれてしまった。東海大と並走できていればまた違った展開が待っていただろうが、原監督にも打つ手はなかった。

 そして原監督が自信を持っていた山上りの5区では、竹石尚人(3年)が区間13位と追い上げることが出来ず、先頭の東洋大が芦ノ湖にゴールしてから5分半もの大差がついていた。

 東洋大の捨て身の作戦が功を奏し、東海大もその分け前にあずかる格好になったのである。

往路で札を使い切った東洋に対して……。

 ところが、東洋大は往路で札を使い切ってしまったがために、復路で青学大、東海大に対抗できる戦力を取っておくことが出来なかった。酒井監督はいう。

「1枚、足りませんでした。本来であれば、昨年7区を区間3位で走った渡辺奏太(3年)を同じ区間で起用できれば、キャプテンの小笹椋(4年)を9区か10区で使うことも出来たはずで、そうなればもっと違った展開が待っていたはずなんですが」

 そこで浮上してきたのが、東海大だった。

 今季、東海大が着実に力をつけて箱根仕様にモデルチェンジしているサインを、私は見落としていた。

 連覇を狙った出雲駅伝で敗れたことで、評価を下げた。しかし、ここに伏線があったように思える。

11月にじっくり仕込んだ“箱根仕様”。

 今季、両角速監督はトラックシーズンが終わってからは走り込みを重視。10月の時点では長い距離へと転換している途上であり、出雲での決め手に欠けていた。

 出雲で敗れたのだから、全日本はさらに苦戦するだろうと思われたが、ここで良化の気配を見せた。2区・關颯人(3年)で先頭に立つと、7区の中盤まで先頭に立ち、青学大に次いで2位に入った。

 取材する側とすれば、東海大の全日本の内容をより吟味するべきだったが、鮮やかな逆転劇を演じた青学大に目を奪われてしまった。

 例年であれば、11月の期間に東海大の選手たちは各種記録会に出場し、10000mのスピードアップを図る。しかし、今季は不気味なほど静かで、この時期にたっぷりと走り込みを行い、箱根仕様の足回りを作り込んだ。

 そして、箱根では配置がハマった。

 特筆すべきは、両角監督が2区に湯沢舜(4年)を起用したことだ。出雲、全日本ともに最長の最終区を任され、両角監督が信頼していることがうかがえたが、箱根も同様にアンカーを任されると思われていた。しかし両角監督は、

「2区は4年間、地道に練習を積み重ねてきた湯沢で行く」

と決断した。

東海大も4区に勝負をかけていた。

「花の2区」は東海大にとって鬼門だった。前回は阪口竜平(区間7位)、前々回は關(区間13位)を起用し、いずれもレースに衝撃を与える走りが出来なかった。

 今回、湯沢は見事に5位という好位置でタスキをつないだ。これが重要だった。

 東海大も東洋大と同様、4区に勝負をかけていたからだ。

 山上りが始まるまでに貯金を作るべく、両角監督は駅伝に強い館澤を配置していた。1500mで世界陸上出場を目指す中距離走者だが、今季は出雲の2区で区間2位、全日本の3区で区間賞とトップクラスの力を発揮していた。

 館澤はズルズルと後退してきた青学大をするりと抜き去り、東洋大を追撃する態勢を整えた。

 さらに、東海大は山対策が万全だった。山上りで青学大の竹石に引き離されては、総合優勝の可能性は低くなる。そこで白羽の矢が立ったのが、西田壮志(2年)である。西田は青学大の竹石を3分34秒も上回る1時間11分18秒の区間2位。青学大に対し、4分16秒の大差をつけていた。

箱根の区間特性に対する「正解」。

 そして一夜明け、6区で中島怜利(3年)が青学大の小野田勇次(4年)に9秒しか差をつめられず、青学大の優勝の芽を静かにつぶした。

 そして7区に、2区経験者の阪口を配置。8区にスピードもあり、練習でも強さを発揮する小松陽平(3年)を置く。小松は東洋大の鈴木宗孝(1年)の背後にぴたりとつき、遊行寺近辺で一気に差し切った。

 両角監督は東海大で8シーズン目を迎え、箱根の区間特性に対する「正解」にようやくたどり着いたのだと思う。

 4区、5区、6区で勝負に出て、復路は青学大に勝るとも劣らない布陣を築くことに成功していた。

 お見事、としか言いようがない。

原監督「4区を甘く見ていました」

 東海大、東洋大の配置を見てくると、今回の箱根の勝負区間は4区だったのだ。

 そして青学大の原監督は、この4区を軽視してしまった。

「4区を甘く見ていました。東海大、東洋大がなにがなんでも4区までに貯金を作り、山上りで逃げ切ろうとする、ライバル校の情熱を想像することが出来ませんでした」

 勝負の綾である。

 今回、東海大によって「打倒・青学」がコンプリートされたわけだが、東洋大のアシストがあったことは指摘しておきたい。

 往路にすべてを投入し、青学大を潰しに来た東洋大と、堅牢な選手層を構築し、適材適所をようやく発見した東海大の「合作」と見ることが出来る。

 青学包囲網は予想以上に効果的だった。

「そろそろ、帰ろうか」という自然体。

 今大会の結果を受け、「箱根駅伝三國志」の幕が開いたと私は見る。

 長らく青学大の治世が続いていたが、これから数年は、東海大、青学大、東洋大の3校が中心となり、大会ごとに優勝校が入れ替わる激しい争いが繰り広げられることになるだろう。

 予想だにしなかった結末を迎えた今年の箱根駅伝。閉会式が終わって、印象的なシーンに出会った。

 取材対応を終えた青学大の原晋監督が、監督を待っていた選手たちに言った。

「そろそろ、帰ろうか」

 原監督のそのひと言があまりにも自然体で、高校の部活っぽくて良かった。

 そしてまだ青学大が優勝する以前、メディアの注目が少なかった時のことが思い出された。

 青学大が強くなろうと、必死で、前向きだった時代のことを。

 そんなことを思い出して、なんだか懐かしかった。

文=生島淳

photograph by Yuki Suenaga


関連ニュースをもっと見る

関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索